㉝ 願いを夜空と
真っ暗闇の中で影が動いた気がする。
ずっと過去視をしているみたいな錯覚から、急に視界が開けた。いくつもの輝きが見える。目隠しを外されたようにぼやけた視点が戻っていく。そこには静かで、きれいな冬の夜空が広がっていた。
星の光が舞台の照明みたいにきらきら輝いている。
……お父さんはまだ仕事してるかな? 今日は泊まりだと言ってたから、美術セットや大道具の準備か。ハシゴを使って高い所に設置したりするみたいだから、ケガしないかいつも心配だ。だいたいの生傷は自分で治しちゃうから余計に。
視線を下に向ける。
一筋の光が線になって伸びているのが分かった。ゆらゆらと頼りない糸は、やがてぷっつりと切れて消えた。
そこには私がいた。血まみれの顔。ぐったりとして力が抜けている。
……じゃあ今の私は、何だ? まだ過去視が続いているの?
心が不安に波立つ。悪い予感というか、いいイメージが浮かばない。
血の付いた身体を中心にして周りから闇が晴れていく。車と……壁に挟まれている。青白い手が乗せられているボンネット部分からみるに、少し大きめの車。次にヘッドライトが壁にめり込んで砕けていた。壁じゃないな。閉めた店のシャッターとその柱がひしゃげてる。その間に私が……。
近くにはタイヤに轢き潰れた絆創膏の箱があった。
血が点々と滴り続けている。そして。
「……」
「……、……!」
誰かが叫んでいるが、声がすごく遠い。
言葉も聞き取れないけど必死さが伝わって来た。
車の周りにコウちゃんとハル様がいる。
つかめる所を掴み、車を引っ張っている。反対側でケンタ様も力を込めている。少し空間ができると私の身体はシャッターに沿って崩れ落ち、地面に向かう途中でメグミ様に抱き留められた。ひざ枕のような格好で彼女のスカートは血で汚れていく。
サラ様はその場に座り込んでいる。呆然と、何が起きたのか分かっていないような表情。ミズキ様は車と私の身体を交互に見て、携帯で話をしている……たぶん救急車を呼んでるらしい。淡々としたいつもの顔。こんな状況下でもブレない。
「……」
その中でタカヤ様だけは、少し見上げるような形でこちらを向いていた。
後悔や諦めとも違う、私を助けようと動いているみんなと同じくらい、必死な形相を浮かべて空を睨んでいる。
ああ、つまり。
目の前に広がる光景は、過去でも未来でもなく今起きていることで。
私は……サラ様を助けることが出来たんだな。
タカヤ様。こうなることを知っていませんでしたか?
過去の記憶を少しでも引き継ぐ条件は……私のした行動と結果が関係しているような気がするんです。もしかしたらいつかの日常で、あなたも同じことをしたのでは? もう聞こうとしても聞けませんが。
避けられぬ運命の中で、ババ抜きのババを引くのは私でも支障ないらしい。これは大きな発見だ。ああなるのが誰でも構わないのなら【奇跡の七人】にババは引かせれらない。それが分かった。あと決まっているのは時間? 場所? 車……たれ耳のキャラグッズたちも毎回ひどい目にあってる気がする。いや、もうタカヤ様のように検証する必要もなくなったんじゃないか?
この瞬間からみんなが一人も死ななかった世界線に変わったのだから。あとは誰かが願わなければ、この現実を否定しなければ日常は巻き戻らない。全ては丸く収まり正しい世界に戻る。それなら……今まで私を救ってくれた恩は、返せますよね?
学校に行く気持ちがしぼみそうな時、奮い立たせくれたのは【奇跡の七人】の存在。一歩ずつ前に向かっている限り、楽しみがどこかに、贈り物のようないいことが踏み出した先に点々とある。私の人生にとって、みんなはそんな輝きに満ちた存在でした。
私だってほんの少しでも、贈り物のようないいことを残したい。不幸を退けた私の行動。それがみなさんの幸せに繋がるのなら、これに勝る喜びはありません。
「……」
みんなが私の名前を呼び続けている。諦めず、叫び、つぶやき、淡々と、軽口で、優しく、それぞれが声を掛け続けた。……ひしゃげた店のシャッターと柱。この歪み具合を見ただけで、身体への威力が想像できる。どうみたって死んでるのに。
申し訳ありません。どうかどこかでお心を切り替えてください。
嫌な気持ちは永遠に残ったりはしません。高校、大学や就職、結婚。これから先【奇跡の七人】の輝かしい人生は続いていくのですから。
忘れますよ。今日の事も。
でも。
やっぱり、こんなのは。
みなさんのことを知れば知るほど、一緒にいることの楽しさを覚えてしまった。膨大な過去という日常を繰り返した結果、私だけではもう足りない。どうしたって感情が足りなくなる。
やり直したい。戻りたい。取り返したい。認めない。こんなのはいやだ。
もし叶うなら。
私は……みんなと一緒にいたい。
ふいに視界がぼやける。
真っ暗闇の砂嵐が巻き起こり、頭の中で起きる過去視が、そっくりそのまま現実で起きているようだった。気付くまでもない異常な光景に、誰も気付かない。私にしか見えていないのか?
「ユッコ……っ!」
何かを伝えようとするタカヤ様の声。
しっかり目が合って……違う。
その視線は正確に言うなら、私の真後ろに向いていた。
そこにはキラキラした光があった。
星が連なって、輝きが次々に降って来る。雪より遅く、漂う綿毛みたいな頼りなさを感じたが……なんとなく知ってる。憶えている。
誰かの願いが光って、動いてる。すごい数だ。百や千じゃ足りない。今まで繰り返した回数? 水の中に砂粒を撒いたような……。輝く粒子が、私を削り取った。街並みも、地面も、銀剥がしをがりがり爪で
黒い砂嵐と星々が混じり合い、冬の夜空に包まれているみたいだった。
やがて浮遊感がなくなり地に足がついているか、落ち続けているのか分からないまま、私の意識も散って消えていく。
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