㉜ 奇跡の夜の終わりに




 ふう、と吐いた息は白く、夜の空に広がって消えた。

 冬が近づいてきているなあと改めて感じる。


 学校が終わった後はカラオケに行く流れでしたが、サラ様の用事があるためとりえず一度解散して帰り、夕方から集まる運びとなりました。ただゲームセンターで遊ぶというのも格別に楽しいものです。【奇跡の七人】とご一緒しているとなれば特に。


 本当はお誘いを断ろうとしていました。ただ、料理対決で腕をふるったメグミ様と共にお疲れさま会を兼ねていましたので流石に行かざるを得ません。


 調理実習も無事に終わって何より。結局お互いに4票ずつ入って勝負なし。勝敗は付かずでしたが、これで良かったのかもしれません……ケンタ様の票がこちらに入ったのは嬉しかったです。生姜焼き、ホントに好きですよねえ。品目にも利がありました。


 そんなことを考えていると、当のケンタ様とミズキ様が信号待ちの間に話しかけてきましたので、緩み切っていた口元を引き締める。

 

「ゲーセン楽しかったな! ユッコ」

「はい! また行きたいです」

「クレーンゲーム……何を取ったの?」

「えっと、これだけ当たりました」


 絆創膏の入った小箱を2人の前に取り出す。


「……絆創膏?」

「なかなか大当たりが取れないようになってるからまあ、収穫なしじゃなくて良かったぜ。あの超大型クレーンゲーム、なんかキャラクターのフェア状態だったな! ぬいぐるみとかパーカーとかよ」


 たれみみ犬限定クレーン台ありましたねえ。

 サラ様もそこでスマホケースをゲットしたのをこの目でしかと見ました。はしゃいで喜んでいる彼女でしか補給できない栄養もきっと存在しますきっと。


 巨大なたれみみ犬の人形をはじめ、キャラがプリントされたタオルやら水筒、限定キーホルダーやら色々並んでて……でも私はこれでいいんです。この絆創膏。タカヤ様から貰ったものと同じものですし。だから外れじゃない。


「ミズキぃ、このあとどうするんだ?」

「ご飯食べたり……場所はみんなで決めればいい」

「しっかし学校であれだけ美味いモン喰ったからなあ。お菓子とか買い込んで、俺ん家で遊ぶのはどうだ。ユッコも来るだろ?」

「ええ? 私ですか? でも」

「頼むよー。夜は俺しかいないからさ。ヒマだしゲームでもやろうぜ」

「……ピザとかは? ケンタの苦手な奴は注文で抜けるし」

「おおナイスアイデアだ。ついでに帰り道で頼むか。何割か安くなるんだよな」

「待って。どちらにしても全員の意見を聞くべき」


 ケンタ様の御自宅へのお呼ばれですか……夢のようだ。

 ただ【奇跡の七人】全員の意向も仰がなければ。しかしタカヤ様を始めとする他の御方々の姿が見えませんねえ。ずいぶん後ろにいる。ケンタ様が飛ばしていたこともないですし、運悪く信号に捕まったのかな。


「みなさんは?」

「おお、あー、別にだな。ゆっくり歩いてるうちに合流するだろ」

「なんですかその動揺は」

「ケンタ……顔や言葉に出てる。誤魔化すより正直に言っておけば? サラも絶対内緒とは言ってない」

「でもよお、むむむ」

「下手に考えても結果は同じだけど?」

「……分かった。言う。あのな。サラがよ。好きな野郎に告白するんだ」

「午後にカラオケ行かなかったでしょ? それは、おめかしとかの準備があったから。あとは心を落ち着けていたのかもね。まあゲームセンターでも緊張してたから一歩踏み出せるかは分からない」

「なるほど。だからサラは……髪型変わってましたし」


 いつも美しい彼女ですが、それ以上に仕上げている印象でした。

 髪も整えて気合バッチリなのは【奇跡の七人】が集うからではなかった。好きな人のためだったのですね。そしてここにいるケンタ様を除く誰かに告白を……もしかしたら今まさにその時なのかも? ならば。


「ぜったいに邪魔してはいけませんね」

「……ほら。ユッコに伝えても問題ない」

「みたいだな。じゃ連絡あったら呼んでくれや」


 ミズキ様の返事を待たず、ケンタ様は横断歩道を早足で先に行かれました。

 普段通り……にしては少し落ち着かない様子でしたねえ。幼馴染の告白……きっと私には思いもつかないような難しい心境なのでしょう。 


「信号、赤になるけど……ここで待つの?」

「……っ」

「ユッコ?」


 覗き込む様なミズキの顔は気にならない。

 それどころではなかった。




 ざざざざざっ

 




 黒い嵐。耳障りな雑音。いつもの過去視の前兆。

 頭の中の映像がぼんやり映し出され……目を凝らすように集中する。




 割れた携帯。

 砕けたスマホケースの欠片。

 じわじわと地面に広がっていく影……影? 




 横断歩道を渡ろうとした瞬間よぎったイメージ。

 それが何を意味するかを理解する前に私はサラ様に電話をかけていた。

 携帯から聞こえるコール音。彼女のスマホは壊れていない、

 

 なんでサラ様の携帯だって分かったんだ?

 それは……そう、スマホケースが、今日クレーンゲームで当てたものと同じだったから。思い悩んでいたようなサラの表情が緩んで、私とメグに見せてくれた物と同じ。たれ耳犬のキャラケース。

 

 何度も何度も携帯を鳴らす。繋がらない。今ごろは好きな人の前で告白とかしているんだろう。迷惑は承知の上。あとでいくらでも謝る。だから出てよ。


 いつの間にか私は走っていた。

 まだ間に合うはずだ。


 画面の割れた携帯。

 粉々になったスマホケースと車のランプのプラスチック片。

 じわじわと地面に広がっていく血だまり。 


 私は焦りで、恐怖で、泣き叫びそうだった。悪い想像が現実になっていたらどうしよう。考えてもキリがない。にじむ涙を拭った時、メグミ様とすれ違う。


「ユッコちゃん?」

「サラはっ!?」

「え、今はだめだよっ」


 足は止めない。ここまで歩いて来た道にいるなら見つかるはず。ばくばくと鳴っている心臓がうるさい。あんなことは起きない……二度と起こさない。

 

 迷うな。転ぶな。

 これが何回目のチャンスかなんてどうでもいい。絶対に逃すか。

 必死になれ。私を何度も救ってくれた奇跡に、いまこそ報いる時だ。

 

 どうやっても掴めなかった運命のしっぽ。掴めなかった未来。

 やっと手が届く!


 道路の先、一台の車のライトが揺れた。

 ふらつくような運転。あれだ。きっとあれが行き着くところが……。

 繋がらないスマホをぎゅっと握りしめる。 


「サラッ!」


 名前を呼んだのは車を避けさせるためじゃない。そんなことで変わるならとっくに終わってる。こちらに気付かせ、場所を正確に知るためだ。車とサラの位置が交わる場所を……!

 

 振り向きかけた彼女を思いっきり突き飛ばす。

 近くに誰かがいた気がする。その瞬間、サラの出しかけたスマホが宙を舞う。それだけが視界に映っていた。




 あとは何も見えない。

 真っ暗で……地面から浮いている感覚だけが残った。




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