㉛ 3年生 11月28日 調理実習


 はぁ……タカヤ様。


 ウチの高校、同学年の才能トップを集めたような男女【奇跡の七人】が同じクラス……というか自分の班と隣の班で調理実習をしており、その中でもタカヤ様は何やら心配そうにこちらを見ていますが……。安心してください。一瞬だけ今までを振り返っていただけです。妄想じゃないです。


 だってそうでしょう?

 三年生でみんな同じクラスになったのはすごい巡り会わせですよ。

 さすが【奇跡の七人】もうこのクラス、無敵なんじゃないですか?


 今年は……ケンタ様の御活躍が嬉しかったなあ。

 2年の夏の無念を晴らすように、冬の新人戦で無双。その後の関東大会でも優秀な成績を収めました。3年の夏はインターハイで勝ち上がり800m、1500mと複数入賞とはすごすぎる。


 メグミ様のお弁当も力になりましたかね? 私は助言程度しかしていません。

 でも今はただ……腕を振るうだけだ。物理的に!


「この、豚の生姜焼きでッ! メグさんに勝つ!」

「私の玉子焼き、ユッコちゃんには負けないよ!」


クラスメートの視線が私たちに集まっているのを感じる。

まあ普段、私もメグミ様もはっちゃけないですからね。でもドン引きじゃなくて盛り上がっている感じです。あ、ケンタ様がさり気なくリアクション取ってくれてます。


「うおおおおっ! って、なんか全然おれら手伝ってねえな?」

「いいんじゃない? そもそもケンタとサラが煽ったからでしょ」

「まさかの料理対決か。メグは知ってたけど古賀さん料理こんなに出来るんだなあ。確かにおかず交換した時うまいとは思ったけど」

「……ユッコはメグにお弁当作る時とかアドバイスしてるから」


 【奇跡の七人】のお言葉が耳に入る。

 たしかにこうなった要因はお互い乗せられた部分が大きい。でも、一度くらい料理の腕を競い合いたい。そう思ってはいましたよ。おそらくはメグミ様も。


 完全に傍観しているハル様たちと違い、手持ち無沙汰なサラ様がガスオーブンに向かわれる。もう一つの料理の焼き加減を確かめようとしてくれてる。

 ……あれ?


「あ、サラ! まって!」

「え?」

「触らないでください。大丈夫です。最後まで私がやりたいので」

「う、うん。なんか久しぶりに見たな……ユッコのマジ顔」


 いま、何かがよぎったような?

 気のせいか。オーブンを開けても何も起こらない。温度もほぼ完ぺき。香ばしいチーズの匂いがする。数少ないケンタ様の好みだけの料理。じゃがいもとベーコンのチーズ焼きも完成。この無敵の二品なら……。


 メグミ様は味の濃ゆい玉子焼きと肉じゃがか。和食で勝負か。それも彼女の得意中の得意な手料理……! 私を含めて8人で試食し、それぞれ投票する。だ、誰かが一票でも入れてくれると嬉しいなぁ。至高の御方々に挑んでおいて畏れ多いですが、さすがに圧敗はへこみますからねえ。




 最近【過去視】が起きなくなってる。特にここ3年生ではほとんど発動しなくなった。不思議に思う自分に、タカヤ様は二つの可能性を示してくれた。


一つは今、未体験のループ個所である可能性。

初めてのシチュエエーションのため【過去視】や【自動書記】が発動しないこと。私たちがやっている料理対決が今までになかった新ルート……レアケース。それなら光明と言える。もういつ起きてもおかしくない惨劇を避けられるかもしれないのだから。


 もう一つは文字通りの最悪だ。

 すでにここが、運命によって固定された日常に移っていて……枝分かれする事象がゼロになった可能性。だとすれば【過去視】すら起きない。何も打つ手がなくなる。決定されていて変えられない。

 

 投票結果だって決まっていたら?

 次の私の行動、言葉、その意志でさえも。

 




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