㉚ 2年生 7月17日 夏休み前の密会


 


 図書準備室で渋めのお茶を頂き、一息つく。

 テーブルにお弁当を広げる気も起きない。まさか。まさかまさか。ケンタ様が地区大会でタイムが伸びず予選落ちになってしまうとは。


 どうしてこうなった? なぜ? 偏食もだいぶ改善していたのに。メグミ様のお弁当だって栄養面は言うまでもなく、サラ様たちの精神面的サポートも手厚く完璧だったばず……なんで? 


 私か? 私が余計な口出しをしたから?

 美味しそうに食べていたけれど何か思うことがあったのかも。そもそもグループにいたせい? ケンタ様の負担にほんの少しでもなっていないと、私は心から誓えるか? いや……

 

「落ち着け。誰のせいでもないだろう」

「もしかして口に出てました? タカヤさん」

「表情で分かる」


 どういう表情ですかそれは。

 悩み、疑問、葛藤、その辺を察したということでしょうか。顔に書いてあるなんてことはないし。それとも【自動書記】の能力……だとしたらタカヤ様は前置きをするはずですから邪推&不敬だな私の。動揺していて要らないことまで考えているようです。


「ケンタがインターハイに出場することは、必ず決まっていたことではなかった。体調不良やメンタル面……実力を発揮できない要因はいくらでもある」

「私が、彼の足を引っ張ったのかも」

「二度も言わせるな。結局は自分自身の問題。特に長距離走は駆け引きや揺らぎが多い。いくら周りがサポートしても走ることを替わるのは不可能だ」

「あんなに練習頑張っていて」

「敗けたケンタが弱かったんだ……おい、なんだその目は」


 お声の感じ。怒り、というよりは困惑されています。

 さすがのタカヤ様も私の生暖かい目の意図は読めますまい。古賀優子は分かっていましたとも。あえて冷たい言葉を使い、私が持てあます負の感情の矛先を、自分に向けようとしているのでしょう? その配慮だけでメガティブな気持ちがみるみる収まっていきます……ふう。


「大丈夫そうか?」

「はい。お心遣い感謝いたします」

「ここ最近は【過去視】や【自動書記】の同時発動が多かった。その分検証が進んだと言える……しかし期待ほどではなかった。失敗した過去を辿れる回数が増えたという事は、俺たちが協力している日常は既に何回もあったという証明だからな」

「相当レアなケースだと思っていました……」

「初めての状況なら古賀の【過去視】も起きないはずだ。あるいは……ループしている回数が桁外れに膨大なのかもしれんが」

「まだ見たことのない未来があるんでしょうか。その、みんなに、悲劇が起こらないような道が」

「……どちらにしても。やはり確定している運命を変えることはできない。それが確信に近くなったのは収穫だ」


 前向きな発言とは反対に、タカヤ様の御顔には陰りがある。

 そうなのだ。夏休み前までの日常やイベント……体育祭や授業、プール、休み時間。ケンタ様のお弁当作りや地区大会の結果。【過去視】と【自動書記】が起きた場面は決まって……自由な部分がほとんど無い。


 天気や行事は固定。変えられることはほんの些細な部分。誰かの行動が少し変わったり、言葉が多少違うものになったりするだけ。それを、私たちで試せば試すほど思い知らされた。あとは……


「タカヤさん。一つ。考えを言っていいですか」

「なんだ?」

「私たちがどれだけ日常を繰り返したかは知りませんけど。一度辿ったルートや同じ行動が増える度に、その、運命がより強く固定されてしまうみたいな……そんな感覚があるんです」

「……古賀もそう思うか」


 タカヤ様はお茶を一口含み、苦い顔をした。


「皮肉なことだが。誰かが願い、日常を繰り返すほど出来ることが狭まっている。みんなの行動の変化だって無限にはない。完成直前のジグソーパズルのように、限られたピースがあっても、あとは誰が嵌めても変わらない。俺のイメージも古賀と近いものがある」

「そう、ですか」

「俺たちがやれることはやり尽くしたのかもな」


 そのあともいくつか話をしたが、言葉がすんなり出てこなかった。重い雰囲気を拭えるような冗談や口の上手さを持っていない自分に腹が立つ。


 出来ることを考え続ける。他の方法を探す。そのために頭も身体も動かし続ける。一人じゃない。タカヤ様もいるんだ。どんな因果か、私たちだけが日常の矛盾に気が付いてしまった。気付いたからには何か……意味がある。




 みんなを不幸から守る何かが、あるはずだ。



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