㉗ 2年生 4月25日 図書準備室
昼休み。買い出しに向かう生徒の声も今は遠く。
図書準備室にお湯の沸騰した音がして加熱終了のスイッチがパチッと鳴った。タカヤ様の後ろ姿を見ているのは飽きませんが、ただ座っているのは性に合いませんねえ。心がそわそわする。何か出来ることはないかな? あっても事前にタカヤ様が先回りされて済ませてしまいますから……。
「どうぞ」
「あの、タカヤさん。私が淹れますよ? これから何度もここを使わせてもらう身です。してもらうだけだと悪くて」
「無理言って来させてるのは俺の方だ。手間は惜しまない。それともコーヒーの方がいいか? あとは濃さとかは変なら言え。適量が分からない」
「いえ、美味しいです。ですが……」
「ですが、は要らん。助かっているんだからな古賀には」
「あんまり貢献してる実感ありません」
「そうでもないさ。弁当食べながら来月の展望を、決め……」
ざざざざっ
頭の中に砂嵐が流れる。私の【過去視】が発動したみたいだ。そこから浮かぶ映像は……図書室の本棚、奥の方で……タカヤ様と密着して息を潜めている? な、なにこれ? いつの過去、起きた状況? 何かから隠れているのが、仕草や目線で想像できた。
タカヤ様に声をかけようとすると、胸から取り出した小説にペンを走らせているところだった。ほ、本当に同じタイミングで起こった……【自動書記】と【過去視】が。つまりこれは今後を左右する決断の時ってことだ。もしからしたら惨劇に向かう始まりの瞬間かもしれない。
「タカヤさん!」
「同時だな? 何が視えた?」
「図書室の奥に、私たち二人で隠れてました! たぶん誰か来ます」
「問題は誰か、ってことだが……」
タカヤ様が小説を片手で開いてみせる。
【今から二人の存在を誤認させ、やりすごす】
「決まった人、ってわけじゃないみたいですね。私たちの秘密の関係がバレないようやりすごす……いつかの日常では隠れて息を潜める手段を取っていましたが」
「どちらにせよ誰か来ること、真実を曲げること、決まっているのはその辺か。休み時間にここに訪問する以上、俺が図書委員って分かっている可能性が高いな。偶然じゃなければ」
トントン、と締め切っている廊下側の扉をノックする音がした。図書準備室には出口が二つある。一つは図書室の受付から入るドア。もう一つは廊下で繋がっている教室と同じタイプの扉。つまり、図書室で何かあったからじゃない。最初からタカヤ様への用事で来ている? 息を殺して様子を伺う。
「(い、今なら図書室側にも抜け出せます)」
「(ループした過去と同じやり方は極力取りたくないが……)」
「あれ? いないの?」
この声。メグミ様だ。
控えめなノックと配慮されたお言葉。かわいらしい華やかな美声。しかしメグミ様はサラ様やミズキ様と昼ごはんを一緒にとられているはず……なぜここに。
「どなたかいませんか?」
「(どうします?)」
「(メグなら迎え入れよう。やりすごすという条件を細かく検証したい)」
「(はい)」
「そっちは締め切ってるんだ。図書室の受付から回ってくれ!」
「あ、そうなの? ってゆうかやっぱりいたじゃん」
メグミ様が図書室に入る気配がした。
ん? ちょっと待って。これってすごくマズい状況じゃないか? タカヤ様は図書委員だから問題ないにしても。私がなんでここにいるんだって話よ? どう事実を誤認させる? あきらかに不自然過ぎるぞ。
「やっほー、タカ……ヤ?」
「適当に座れよ」
「ん、うん。そうするね」
当然のことながらメグミ様は彼が一人だと思われていたようですね。テーブルに並べられたお弁当と湯気の立つお茶に視線を移されてから、私の方を向かれました。いくつもの疑問が沸いているのが見て取れます。
「古賀さんって……図書委員だっけ?」
「いえ、美化委員ですけど」
「だよね。ええっと……」
ええ。美化委員。ゴミ箱を空にする係です。一番人気のない、誰もやりたがらない委員活動なので、クラスの隙間に埋まる形で立候補して決まりましたハイ。
困惑されたようにメグミ様が口を噤まれてしまいました。女子の視線が彼に集まる。それでもタカヤ様なら、タカヤ様ならなんとかしてくれる……!
「メグには言ってなかったな。古賀とここで昼休みを過ごしていることを」
「そうみたいね。お弁当とかも」
「それで? 何の用で来たんだ?」
「いやいやいや、もっと二人の話を詳しく聞かせてよ!?」
「……」
しまった。もしかしたらタカヤ様はノープランかもしれない。
ただ、図書室で身を隠すにしてもお弁当とかお茶とか状況証拠でバレたような気がする。考える間もないすぐに行動すべきだったのか? ううむ……。
メグミ様はかなり迷われてから、躊躇いがちに切り出した。
「二人は……その。付き合っているの?」
「そうだ」
「うぇえっ?!」
「え、本当に!?」
「ああ。古賀とは(ループを打破するため協力してもらう形で)付き合っている」
「ほわぁああッ!?」
月もぶっ飛ぶこの衝撃。
メグミ様も私も混乱している。なるほど良い手かもしれない。すべてを隠すよりは、真実を混ぜて伝える方が賢明だとは思いました。ものすごくタカヤ様にご迷惑をかけてしまっていることに目をつぶれば。
しかし乗るしかない、彼が作り出したこの流れに!
「どっちから告白したのっ?」
「それは、その、私からです(未だに断りの返事はもらっていませんが)」
「いつの話?」
「ひと月前、春休みの時に学校で」
「たまたま古賀が困っているのを見かけてな。以来、図書室の昼当番の時は(運命付けられたものとそうでないものを調べるために)一緒にいる」
「へぇ……ふぅん……」
「もうこれくらいでいいか? で、わざわざ昼休みに何しに来た?」
「カミングアウトが衝撃的過ぎて……いや、ケンタ君のことでさ。サラちゃんも偏食何とかできないか悩んでてさ。タカヤにいい知恵を借りようかなーって」
「俺に聞いてどうする。お前とサラ、ミズキが揃って答えが出ないなら、誰が考えてもダメだろう」
「そうなんだけどさぁ……うん?」
メグミ様がこちらを……正確には私のお弁当をご覧になられた。
昼休みに集まる日のみ、お弁当の出来は5割増しくらいで気合を入れている。タカヤ様に見られても恥ずかしくないものを作ってはいるつもりだ。我流だが料理の腕を精一杯ふるった私のお弁当。それぞれの具材、色合い、盛り込み方……鋭く見ている。
「古賀さん、だっけ? あとで話聞かせてくれる?」
「あっハイ」
「長居して邪魔すると悪いから。じゃあまた」
「ああ」
そそくさとメグミ様は席を立たれ、部屋を後にされました。
ケンタ様の偏食のことで悩まれていたのですね。確かに【七つ星】の女性陣が昼食時、懸念されて話題にしていたのを耳にしましたが……。
「良かったんですか?」
「やり過ごす方法のことか?」
「それもありますが、その、私たちの関係が曲解して伝わりませんかね周りに」
「他の奴らならともかく、メグなら問題ないだろう」
「ずいぶん信頼してるんですね、彼女を」
「昔からの付き合いだからな。よく知っている。メグは……小動物みたいな雰囲気からは想像もつかないほど芯がある。口が堅いし誰かが損をするような秘密は洩らさない。吹聴や告げ口とかとは無縁の女。本当に強い女だよあいつは」
厳しい顔がふっと緩む。心を許した人にだけ浮かべる表情。
……やっぱりさっきの作り話は無理があるんですよねぇ。とても恋人関係なんてリアリティがない。タカヤ様とメグミ様のようにお互いをよく知った仲でもなければ、想い合っているワケでもない。恋する気持ち、そのベクトルは私からだけで一方的過ぎますし。
聞こえないくらいの小さなため息をつき、お茶を一口のむ。
やっぱり少し苦いですタカヤ様。でも今はこの味がぴったりだと思います。
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