㉖ 2年生 4月21日 金曜日の昼休み
昼休みのチャイムが鳴り、クラスメートがお弁当組と買い出し組とに分かれていく。二週間近く経ち教室のグループもだいぶ固まっているのが見て取れる。私は昼の用意をすることはせず、何となく居心地が悪くなって教室を出た。
買い物に行く生徒が行き交い、なるべく隅っこを歩くようにしてそれぞれのクラスを眺める。ケンタ様はハル様と一緒に昼を食べる習慣になったみたいです。コウちゃんもいました。男子特有の気安い雰囲気、いい……ぼっちの心が秒で癒されますねえ。
タカヤ様はどこでしょうか? 姿が見えません。用もないのに探すなど失礼な詮索にもほどがある。でも考えてしまいます。お弁当派ですから御手洗い、あるいは図書室の昼担当の日ではありませんが、同じ図書委員の方と過ごされるのでしょうか。もしかしたら、あの部屋でお茶でも飲みながら……?
気付けば、廊下をぐるっと回るように歩いていた。
この焦りは何だ? 彼の身に何かが? なんてあるわけない。そんな大事件が起きるなら私は察知できる。タカヤ様自身も事前に前もって気付かれて回避するはずだ。膨大な過去が、私たちを人生の落とし穴の所在を教えてくれる。【過去視】や【自動書記】の形でもって。
視界の先、階段から生徒たちが走って上がって来た。数学の授業は距離のあるパソコン室だったようだ。昼休みにこれ以上差し支えないようにみな急いでいる。
集団の後ろの方で、タカヤ様が追い抜かれるのも構わずゆっくりと歩いていた。私とすれ違う時、視線だけが一瞬合う。それだけで焦りも不安も吹き飛んでしまった。彼はこちらの複雑怪奇な表情をみて苦笑された様子だった。
胸に手を当てる。制服の内側ポケットにタカヤ様の小説が入れてある。
学校中の誰も知らない二人の秘密の関係。目指す先の共有。【七つ星】の面々に極力関わらず、繰り返す日常を止める方法を模索する……。そう決めたんだ。
確かな足取りで教室に戻る。買い出し組はまだ帰っていない。自分の席に座ってお弁当を用意する。始めのうちはメグミ様が孤立しているクラスメイトに声をかけていましたが、この時期になると好き好んでぼっちを選んでいると判断されたようです。事実それは合ってます。万が一にでもタカヤ様との図書準備室の関係がバレてはまずいですからねえ。サラ様たちには特に。席も前で近いですし。
「メグのお弁当、箱を開けるの毎回楽しみなんだよね」
「なんで? おかず交換するから? あ、今日はサラちゃんの好きな肉じゃがあるよ」
「それもあるけど……見てて飽きないって言うか、彩りの工夫ってヤツ? ちゃんと考えてるでしょ」
「えっへへ。おうちの残ったおかずと組み合わせて華やかにみせてるだけだよ。足りない色を補うっていうのは栄養的にも理に適ってるんだって! おばあちゃんが言ってた」
「そういう知識とかもさ、勉強になるし……」
「勉強? あ、誰かに作ってあげるのっ?」
「ああいや、その、食に興味ある、みたいな?」
しどろもどろになるサラ様。メグミ様もあえて意地悪な質問をしているようですね。御二人はすぐに意気投合して仲良くなりました。特にサラ様には対等な友だちが少なく感じていましたので、私はすごく良かったと思っているんですよ。そして……。
「……ケンタも、少しは食に関心を持つべき」
「うんうん。地区予選も近いし、何か出来ないかな私たちで」
「上手くいくアイデア浮かばない? ミズキ?」
「小さい頃からの環境によるもの。偏食を治すのは難しい」
ミズキ様も昼休み中はこちらに来られています。もう周りの人は慣れてますね。始業式からわりとすぐ三人とも自分のすぐ前の席を使っていましたから。ああ。同じクラスのサラ様メグミ様を拝見できるばかりか、ミズキ様まで……【七つ星】の女性陣揃い踏みしているなんて贅沢! 耳が幸せぇッ!
ミズキ様は少し間を開けて言葉を継がれました。
「……一方で高校から給食が無くなった。家以外の環境は変えられるかも。尤も私は料理の腕を持っていないが」
「好き嫌いを改善する食材や味付けかぁ。難しそう」
「嫌いでもあたしが喰わそうか? カップ麺よりはいいでしょ」
「ううん、ごはんは楽しく食べないと!」
「……そうね」
お弁当を堪能しながらああだこうだと話を咲かせている皆様。私も気兼ねなくその光景を眺めていられたら良かったのですが……今はもう普段通りには見れません。彼ら彼女らの身に、いつ悲劇が訪れるのか? そしてこの日常を巻き戻す【元凶】は誰か? タカヤ様は極力六人に関わるなと言った。悲劇を避けるための条件、運命の中で変えられる部分を探るために。
私は……みんなが何も知らず日常を過ごされて欲しいと思っています。
【七つ星】は、辛かった時に救ってくださった希望なのですから。
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