㉕ 2年生 4月17日 運命の定義



運命というものを信じるか?」

「え? あ、はいっ」


 昼休みの図書準備室。

 タカヤ様が緑茶の入ったコップを私の目の前に運んできた。


 図書委員は持ち回りで昼休みの受付を任されているらしい。もっとも飲食禁止の図書室に来る生徒はほとんどいない。午後の授業始まる前に少し利用があるくらいだ。こうして来るのは二回目だけど慣れませんねえ。居心地の悪さと言うよりもタカヤ様にお茶出しの役をさせていることが畏れ多すぎて。

 そんな私の考えなどつゆ知らず、当の本人は対面の椅子に座られ自分の分のお茶を置いた。沸騰したての湯気がゆらめいている。


「運命をどう定義する?」

「自分や周りの意思を越えた、見えないエネルギー、とか?」

「見えないというのは同意だ」

「あとその巡り会わせは決まったら戻せない、みたいな……」

「では一度定まると絶対に変えられないもの、というのを前提にするぞ。例えば……そうだな。このあいだ初めてここに来た時、俺たちのいた場で運命付けられていたことはなんだ?」

「ええと、ちょっと待ってください」

 

 制服の内ポケットからタカヤ様に借りた小説を取り出す。

 たしか41ページの左隅……ここだ。

【図書準備室で古賀優子が知るべきことを伝える】


「タカヤさんと会い、図書準備室で日常がループしていることを聞くことでしょうか? あ、あと今みたいにお茶を御馳走してもらうことも」

「いや、それは不正確だな。あくまで古賀の視た映像ではそうだが」

「どういうことですか!?」

「俺の【自動書記】の利点は……簡潔で無駄が省かれているということだ。お前の視る映像では何が運命か、変えられないものかを判断できない。お茶を入れたのはあくまで俺の選択。ひとつ前のページをめくって見てくれ」


 ページを戻す。2年生初日、終業式のメモ書きがある。

【数学の課題に困っていた沖島沙羅を助ける】


「今回サラを手伝ったのはケンタだっただろ? 俺や古賀じゃなく」

「た、たしかに……」

「手伝う人は指定されていないから、助けるのは誰でもいい。課題のことを誰にも言っていないサラが困るのは確定している。古賀はいつかの光景が視えるが故に、イメージに引っ張られ、決まった行動を取ってしまう危険があるんだ」

「な、なんでそれがダメなんですか?」

「ループした日常と同じ行動をしてどうする。また同じ結末を迎えるだけだ。俺たちは惨劇を避ける道を選択し続けなければ」

「ええっと、つまり……」

「俺の【自動書記】と古賀の【過去視】のタイミングが合えば、定められた運命とそうでないものの選別ができる。いままでより遥かに簡単にな」

「そして最悪の一瞬に出遭わないようにするんですね?」

「あるいはヤバいことが起きるのは必然かもしれん。どうしたって多くのループを繰り返してるんだから。そうだとしたら惨劇が起きる時、何が運命付けられていて変えられるものがないか、突き止める方を目指すぞ」


 そこまで言ってタカヤ様はコップのお茶を一口飲んだ。

 彼に告白をしたときに視えた映像、あの時に確定していたことは……私の傷を手当してくれる、ってことだけだったのか。告白をするしないは決まっていなかった。反応もその度に違う……まあ、私の気持ちに応じてくれる可能性はゼロ、ということも確実な運命ではあるか。

 頂いたお茶でノドを湿らせ、息をついた。


「これからは日常を繰り返す【元凶】、その可能性のある6人には……少なくとも俺は極力関わらない」

「……理由は?」

「俺の記憶じゃみんなに近ければ近いほど同じ選択に迫られる。古賀と俺、断片を知る奴が複数いるんだ。運命の分かれ目を見極め、どうすれば最良の未来を選べるのか客観的に検証していく。図書委員の昼休み当番は月に3回ほどだ。毎回ここに集まることも秘密にしておけ。いいな」

「はい。タカヤさん」


 問題ない。いつも遠くで彼ら彼女らを見守っていたから。それは何度ループしたって変わらない。毎回そうだろうきっと。固い表情で返事をする私に、タカヤさんは持参したお弁当を広げながら何か思いついたようだ。


「特にケンタには言うなよ? あいつときたらここに入り浸るだろうからな。カップラーメンを食べるお湯が沸かせると知ったら」

「……ふふっ。言えてますね」

「だろう? インターハイに向けてそろそろ食生活も意識して欲しいが」

「長谷川くんには頑張って欲しいです」


 私はいつもの通り陰ながら祈ることにします。

 インターハイで実力を如何なく発揮されることを。そして今回からは追加してこうも願う。ケンタ様の御活躍が最悪を招く引き金ではないということを……。



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