㉔ 野上タカヤは伝えない
昼休みになり、廊下に出て階段の方へ歩いていく。
クラスでは2年生初めてのお弁当タイムの中、初々しいグループ形成が見られた。私はその輪から自らの意思で外れている。今日、ふとした拍子で仲良くなる子だっていたかもしれない。その機会を失ったのはとても残念だが私にはそれよりも優先することがあった。
昨日の事がまだ夢のような、なんだかふわふわした感覚がある。判別がつかない……まだ色んなことが。
図書室の前まで来る。
たぶんいまはほとんどの人が利用していない。飲食禁止だから教室で食べる人がほとんどだし、お弁当を買いに行くグループも多い。本当に彼がいるのだろうか? でも来れたら来い、と私に行ったのは確かだ。
ざざざざっ
頭の中に砂嵐の混じった映像が流れた。
机に、湯気……? なんで湯気? え、どこだここ。
山積みの本や移動式の棚。パソコンがあった。ラベルの張ってある本があるからもしかして図書準備室か? 出入りできる人は限られている。司書の先生と図書委員の生徒くらい。
なんで私が入ってもいない部屋を思い浮かべられるんだ……未来予知? それともやっぱりタカヤ様の言った通り、いつか繰り返した日常の記憶なのだろうか。そしてどこかの私と今の私の行動が、重なろうとしている?
図書室の開いた扉から中を見ると、誰もいなかった。
机、本棚、受付も無人。奥の方で本を探してたりする人も。タカヤ様も。
は、早すぎましたかね来るの。いや、別に固い約束を交わしたわけではありませんが。ナイーブに期待しすぎるのは止めろ。触れない。憧れ以上を夢見ない。邪魔しない。それが【七つ星】の
まあ今回、タカヤ様に告白なんてぶっ飛んだ行動を起こしていますが。ホントあれは今考えてもよく分からん。
図書室を出ようとするとガチャ、と音がした。
受付の後ろ、開いたドアからタカヤ様がこちらを見ている。目を見開き、信じられないといった表情で。
「……本当に来れたのか。驚いた」
「ひどいです。言われたことは忘れませんよ?」
「忘れると思ったんだ、俺もお前も」
「タカヤさんも?」
「ああ。なのに続いているのは……まぁいい。中に入れ」
タカヤ様は首を振り、私を招く。
言われるがまま受付を横切り、図書準備室に足を踏み入れる。山積みの本に移動棚とパソコン。見慣れないはずなのに知っている光景……奇妙な感覚になった。いうなれば
ドアが閉まるなりタカヤ様は頭を下げられた。
急なことで慌てる。否定や制止のため両手を宙にぱたぱたさせてしまう。
「わ? う、ええっ!?」
「昨日の態度を謝る。乱暴な言葉と行いだった。すまない」
「全然、なにも……」
「正直に言おう。俺は今回、いや前々から諦めてかけていた。そして繰り返した日常を断片的に憶えている奴が目の前に現れた。お前が、この世界を繰り返す原因だと考え投げやりな態度をとった。だが違ったようだ」
「謝罪は受け取ります、受け取りますからっ! もう少し教えてください。いまの日常が、その、ループしてるとして。原因はなんですか?」
タカヤ様が奥の椅子に座ったので、こちらは対面の椅子を使わせていただく。
何から話そうか思案されていましたが、やがてこちらを向かれました。
「2年生か3年か……時期は分からないが俺たちに悲劇が訪れる。百回やり直しても百回避けられない何かが起きてしまう。その時に誰かがこう願うことになる。『やり直したい』『こんなのはいやだ』『戻りたい』『取り返したい』『認めない』と。そんな想いが、どういうわけか奇跡を起こし……俺たちを今年の4月前後に戻している。どういう理屈か分からないが、それだけは理解できるんだ」
「誰か、というのは私が知っている方ですか?」
「ケンタ、サラ、コウちゃん、ミズキは有名だから分かるな? あとは
「私たちが除外されている理由はどのようなものでしょう?」
「この世界を繰り返す条件は【ループを起こす者】が心からそう願うか、ループを意識した時に満たすようだ。だから俺は疑わしいお前に話したことで、今回の日常は終わると思った。だが違ったんだ。なので俺たち以外の誰かが……言葉を選ばないなら【元凶】というワケだな」
「信じがたいですが……よく分かりました」
「俺はそこまでしか覚えていない。お前はどうだ? 話を聞いて少しでも思い出すことはないか?」
これから先に起こる悲劇。日常を巻き戻す誰か。
未来視みたいに脳裏によぎって欲しいけど、まっくらのまま先は見えない。しばらく考えてみても話せるようなことは無かった。顔を振って期待に応えらません、と意思を伝える。
「なら今日のことを聞こう。頭に映像は浮かんだか?」
「ついさっき図書室に入る前に浮かびました。入ったことのない図書準備室のイメージが。ここを見回しても違いは全くないように思います。ただ……」
「どうした?」
「私の視点では机に湯気が出ていたので。何かなと」
「なるほど。やはり複数の視点があるといい……
タカヤ様は納得した笑みを見せて制服から小説を取り出した。紐のしおりが挟んであってすぐに決められたページが開く。文字が書いてある。
【図書準備室で古賀優子に知るべきことを伝える】
「まるで予知能力みたいなお前の方法と違い……俺が過去の断片を知る場合は【自動書記】だ。手が勝手にペンを走らせ、小説のスペースに書きとる間は記憶に残らない。他人が見れば感想かメモを取っているようにしか見えないがな」
「だから私が来てることに気付いて……さっき書いたんですか?」
「ああ。難点は文字を起こす条件を満たしていないと不発に終わり自覚も出来ない所だ。ペンとか手帳とかを身近に置く必要がある。その一方で、お前の予知は映像なうえに制約は特に無さそうだ」
そう言って席を外し、小さな流し場にタカヤ様は立たれた。花柄の布のカバーを外すと、ポットが……電子ケトルが備わっていた。水を入れてスイッチを上げると加熱中の青いライトがつく。どうやらお茶やコーヒーを飲むことが出来るらしい。司書の先生がパソコン作業するし、タカヤ様たち図書委員もその恩恵があるみたいだ。
「さて……お前はどうしたい? 現状で伝えるべきことは伝えた。俺はこの日常の繰り返しを止めたい。解決するためだったら、なんでもやるつもりだ」
「誰が【元凶】かを、探すんですか?」
「それはもうしない。誰かが判明しようがしまいが記憶を引き継げていない時点で暗礁に乗り上げていると俺は判断した。むしろループを起こす気を消してやればいい。つまり悲劇を回避すれば、そいつは何も気付くことなくループは発生しない」
「タカヤさん、お手伝いします。いえやらせてください! 一人より二人です。きっと嘘みたいに上手くいく方法……それを考えて見つけましょう!」
「そうか。なら、そこにある小説を貸すから持っていろ」
息まいた私の反応にタカヤ様は短く言葉を返し、テーブルを指さした。
まるで始めから私が協力するのを分かっていたように小説が置かれている。向きもこっちに差し出す形で。
「俺が【自動書記】で書いたことや断片的な記憶を記したこと、それに関する考察も加えてある。読んで改めてお前が思い出すこともあるかもしれん」
「いいんですか? タカヤさんは」
「別にその小説じゃなきゃダメってわけじゃない。書けるものがあればいいし、そろそろ別の小説も読みたい所だ」
「なら持ってます! 肌身離さず!」
「そうか。繰り返す日常の連鎖、今回で断ち切るぞ。俺とお前で」
「はいっ」
「ありがとう、ユッ……いや今は古賀か」
タカヤ様は私に背中を向け、電子ケトルを見つめながら言われる。
コップを二つ出して準備をし始めると、計ったようにこぽこぽと電子ケトルの水が泡を出す音が聞こえて来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます