㉓未来視とタイプリープの違いは?
始業式もホームルームも滞りなく終わりました。
妨げになったのは私の自己紹介くらいでしたね。ええ。
しかしあいつらが退学になっていたのは大きい。心理的な重圧から解かれた気分。途轍もない幸運ってあるんだなぁ。まさかサラ様、ケンタ様、メグミ様と一緒のクラスになるとまでは想像できませんでしたが。本当に2年生初日から素晴らしいスタートを切れました。
不思議な気持ちだ。何もかもが上手くいきそうな、想像もつかないようないいことが続きそうな予感がする。
下校の時間になっても帰らず、誰もいない静まり返った1-6の教室にしばらく立っていた。扉のガラスも、机やいすも綺麗に片付いている。これなら安心だ。新入生たちには平和な学校生活を送れそう。ようやく私も一息つき、胸をなで下ろす。
「ここにいたのか」
「え? あ、タカヤさん……!」
「何をしている?」
教室の入り口でタカヤ様が声をおかけになる。
私の視線をなぞり、意図を汲み取ろうとしていた。
「いえその、元通りになってるかな、と」
「当然だろう。むしろあの日、お前が片手で血塗れの床を拭いている時は呆れたよ。開いた口がふさがらないというのは、あんな時になるんだな」
そうでした。
血を拭きとっている途中、先生たちとタカヤ様が来たんでした。
彼には驚かれ……あと少し怒ってましたねえ。なぜ帰ってないんだと問い詰められしどろもどろに弁明をする始末。
「お、お手数をお掛けして」
「掃除したのは俺じゃない。聞き取ったことを職員室へ報告しただけだ」
「配慮してくださり、ありがとうございます」
「事件を起こした奴らは退学処分が決まっていた。先生たちも手を焼いていたからな。教室を荒らしていた行動も、どこか諦めた反応だったよ」
「そうですか」
「だがもう大丈夫だ……心配ない」
そのお美声が辛い。
私に優しいトーンで語り掛けるの、止めてもらっていいですか?
心臓が持たない。苦しッ……幸せで死ぬ……!
「た、タカヤさんはこちらに用が?」
「いや。お前を探してたんだ。もう帰ったのかと」
「私を!?」
「ああ」
さらに胸が高まる。緊張で顔が真っ赤になっていくのが分かる。も、もしかしてこの間の返事? ああ、結果が出る。終わっちゃう。答えが分かり切っていても確定してしまうのが惜しい。でも受け入れなくては。タカヤ様が真剣に考えてくださった上での断りを。
彼の視線が少し下がり、何か言いあぐねている感じだ。
見てるのは床じゃないな。ああ、なるほど。
「指のケガ、どうだ?」
「……もうほとんど気にならないです」
「良かった。ただ絆創膏は新しいものに替えておけ」
本当にタカヤ様は優しい御方。
傷の経過が心配でここまで来てくださったのですか。しかし、まあこの絆創膏、たれ耳犬のキャラ絆は指から外し難いですねえ。なにせ大好きなあなたが渡してくれたものですから。
ざざざざっ、と頭の中に雑音が響く。砂嵐が去ると何かが視えた。
これは……教室?
いまタカヤ様と立っている場所じゃない。微妙に違う。たぶん2年生の新しい教室だ。サラ様が机に向かって数学のプリントの束を難しい顔で解き……私が教えるように教科書を指さしている。絆創膏の巻かれている指で。
つまりこれは、すぐ未来に起こること?
こうしちゃいられない。単なる妄想ならそれで構わない。もしサラ様がいま困っていて、彼女の一助になるのなら……私が行かなくては。
「では、そろそろ失礼して」
「家に帰るのか?」
「ええと……ちょっと教室に戻ります」
「もう少しここで話をしてからでも構わないだろう?」
「お誘いは非常に嬉しいのですが、その」
「だめか?」
「ひぇ、そのお声で囁かないで……け、決心が揺らぎます。せっかくですけど、畏れ多いですけどっ! 沖島さん、教室でお困りのようなので……っ!」
「沖島?」
教室を出ようとしましたが入口を塞ぐ手で制される。
反射的に背筋がピンとのけぞる。距離がかなり近いですこれ!
「ちょっと待てもう少し聞かせろ。沖島がなんだって?」
「す、数学の勉強されていて、難しい顔をされているのかなーって」
「いつ教室を見た」
「さっきです、ここに来る前に廊下から……」
「声をかけたのか?」
「一瞬チラっと見ただけでして」
タカヤ様の目と眉が険しくなった。
憎悪、敵意すら感じる……いつか私が予知した通りの顔がそこにあった。
「俺はここに来るまでしばらく教室の近くにいた。お前を探そうとしておいて、そんな見落しするか普通?」
「ふ、不思議ですねー」
「仮に見落としをしたとして、沖島が座っていた席は窓側だ。お前、廊下から一瞬でどうやって……取り組んでる課題が数学だと分かったんだ?」
「え? ……あ」
教室の扉から離される形で肩を掴まれ、壁に挟まれる体勢でタカヤ様の手が叩きつけられる。耳横に鈍い音が鳴った。人生初の壁ドン……。ただ感慨はあまりなかった。顔と顔の距離が気にならないほどに、タカヤ様の目は真剣で差し迫った表情をしている。
「正直に話せ」
「な、何がですか?」
「普段とは違う何かが、お前の身に起きているはずだ……言え」
「えええ!? そんないきなり……」
「さっき、急に沖島のいる教室に行く気になった経緯を教えろ」
「信じてくれないかもですけど、頭の中に映像が浮かび上がったんです。沖島さんが数学の課題を解いていて、私が教科書で参考になる箇所を教えていた……まるで未来予知としか言いようのないリアルさがありました」
「未来予知?」
タカヤ様は私の言葉に嘘が無いか反応を探っている。
やがて、かわいそうな人を見るような目をすると鼻を鳴らした。
「だめだなこれは」
「すみません……突拍子もない話で」
「いや、お前の感覚は外れてない。どう考えても未来予知としか思えないのは気付いたばかりだから仕方ないだろう」
その発言に対して疑問が浮かぶ前に、タカヤ様は制服の内側から何かを取り出した。生徒手帳……じゃない。短編小説? 白黒の表紙に英語とカタカナ。厚みはそこまでない。開いて見せたページの上、余白部分にメモ書きがある。
【廊下で血を流していた古賀優子に声を掛け手当てをする】
【数学の課題に困っていた沖島沙羅を助ける】
え……これって?
小説に起きたことをいちいち書き込みはしないだろうから、つまり。
タカヤ様も同じ力を……!
「予知や未来視だと最初は考えた。しかし違う。逆だ。これはすでに俺たちが体験したこと。過去の情報に過ぎない」
「過去……? そんなことは」
「同じ人生を二度送ったとしたら? 二回目の人生で起きることは全て分かっている。それは、未来予知をしているのと全く変わらないんじゃないか?」
「たしかにそうかも、知れませんけど」
「俺たちの日常はある日を境に巻き戻り続けている。原因は何か、抜け出すための解決策は無いかを模索しているが……上手くいかないな。今回も無理だろう」
そう言って長いため息をついた。
一気に疲れが出たみたいに、力のない顔を向ける。
「だが出来る限りのことはやる。偶然が幾つも重なり自覚できてしまった。気付いたからには、やらなくちゃな……試行回数を増やしていけば、いつかこの膨大な地獄を抜ける条件をクリアするかもしれない。それまでは手を伸ばし続ける。今度こそ……」
ぼそぼそとタカヤ様らしからぬ呟きを繰り返し、扉にぶつかりながら教室を出る。最後に視線だけが彷徨い、やがて目が合った。
「おい」
「はいっ」
「もし明日の昼休み、図書室に来れたら来い」
そこからの教室は放課後の静けさを取り戻した。
しばらくタカヤ様の言っていたことに考えを巡らせる。私が予知能力に目覚めたのではなくて、この日常が繰り返し巻き戻っている? そんな荒唐無稽な……でも聡明なタカヤ様の出した結論だ。もっと話を聞かなくては。信じようとしても理解が追いついていない。
結局のところ結論が出せず、自分の教室を覗いてみた。
頭の中の映像通りの席でサラ様と、そしてケンタ様が……悪態をつきながらも楽しそうに課題に取り組む姿があった。
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