㉑ 何かを始める夜
「……さて。検証といこう。タカヤ、現場に立ってみてくれ」
「たぶんこの辺りだと思うが」
「サラとの位置関係は?」
「俺が左側で少し前だったな」
「ふむ」
ミズキ様が右のやや後ろに寄り添う。
釣り竿に仕掛けたこんにゃくは右、山側の茂みからでしたねえ確かに。タカヤ様にしてみればサラ様が左のゆるやかな斜面で足を滑らせないように守る立ち位置。
そう考えていると、ミズキ様がスローな動作でタカヤ様に抱き着いた。
「ミズキ?」
「サラはどんな風に密着したの?」
「いや、その……もう少し上に手を回して……力を込めてた、気がする」
「こんな感じね。ふむ……ほう。勢いは? 受け止め方は?」
「ちょっと身体が流れたが、なんとか踏みとどまって……おい。そこまでする意味はないだろう。いい加減にしろ」
「おっと。推理に集中するあまりついね。次回の参考に役立てよう。と、すると携帯が地面に落ちて跳ねたなら……」
独り言をつぶやきながらミズキ様は歩いて、斜面側へ来られた。
「私はこっちを探してみる。優子は念のため山側の茂みの方を探して。タカヤは自分の感覚でいいからありそうな場所をお願い」
「承知いたしました!」
「分かった」
ミズキ様が自らの携帯を操作しながら指示を飛ばす。スマホのライト機能で照らすのと、タカヤ様の携帯電話を鳴らすのを同時に行っている。肝試し中に落とされたのなら多分マナーモードだろう。近くで着信は鳴っていない。湿った風が吹いて木々をざわめかせている音だけがする。雨の気配が私にも分かった。あまり時間は残されていない。
ライトで茂みを照らしても一面の草ばかりであとは真っ暗だ。
携帯が転がるとしたら……斜面側と山側どちらも考えられる。地面の窪みや小石でどちら側にも跳ねそうですし。
携帯を鳴らしているのだから画面が多少光っているはず。でも液晶部分が裏になっていたり完全に隠れていたら見つけるのは困難。
私の予知能力。この状況では役立たずだ。
読めるのは直近の未来だけ。たとえ予知できたとして携帯が見つかる結果が前もって知れても意味が無いんだ。
決して過去は見えないしそれに。読めたとしても携帯を落とす光景、サラ様とタカヤ様が抱き合っているのを、見たくない。
さっきミズキ様がされていたことも本当は嫌でした。
私の心に渦巻いているのは嫉妬なのでしょうね。何様のつもりだ? 万死に値する感情。それでも嫌なのものは嫌で。携帯が見つからないのはもっと嫌だ。
タカヤ様のために。私が、見つけてあげたい……!
ざざざざっ
ふいに頭の中に起こる砂嵐。耳障りな雑音。
浮かび上がった映像は……え? タカヤ様に抱き着いている私?
間違いなくこの場所、足元に釣り竿の仕掛けが通り過ぎて行った瞬間だ。でもなんで? これ未来か? 1年後にまたここに来て肝試しをするのなら見えても……いやそれはあり得ないな。タカヤ様の借りられた浴衣や私の服装が来年同じものだとしても。ケンタ様が同じ仕掛けで驚かせるなんて芸の無いことをするはずがない。私の驚き方もまるで初めてで、演技では無かった。どういうことだ?
混乱している思考をまとめる前に、一層生い茂った草たちをかき分ける。タカヤ様の浴衣からするりと落ちた携帯はちょうどこの辺りに跳ねたはず。このふざけた予知を信じて辿るならだが。
「……あった」
2人に知らせる言葉は、唇を動かしただけで声にならない。
葉っぱで隠れていたタカヤ様の携帯が震えている。画面にはミズキ様の名前が表示されて薄く光っていた。過去にも未来にも起こり得ない光景、それと全く同じ場所に落ちていた意味を考えたが、少しも分からなかった。
そっと携帯を拾い上げて画面の汚れを拭きとる。地面に触れていた裏側も。スマホケースには犬のキャラクターが描かれていた。彼のクールな印象からはあまり結びつかない、かわいいケースだ。たれ耳の……
その時、私の頭の奥底から一気に記憶が蘇った。
砕けたガラス片とキャラケース。影がじわじわ広がっていく道路。
赤く汚れた服。血まみれでぐったりとした、タカヤの顔。
「うううぅ!? あ、あ、ああッ!?」
「いきなり何を叫んで……お、携帯」
「へぇ優子の方か。推理は概ね正しかったことが証明されたな」
タカヤが手を伸ばしてきたので携帯を渡す。ありがとう、と口が動いた。すぐに誰かに電話をかけているようだ。全員にメッセージをいれているのはミズキか? 携帯が受信を繰り返しているのが分かる。二人が笑いながら何か話しているがあまり聞こえなかった。木々の揺れる音の方が近いくらい。
ややあって複数のライトが近づいて来る。みんなホッとした顔をしながら私たちを囲む。声掛けはたぶんこんな感じ。
「良かったな」「ごめんね」「大丈夫」「助かった」
などと言ったねぎらい。謝罪、安心、安堵。
さっきとまるで変わって緩い雰囲気。冗談や軽口が続く。
「あれ? タカヤってスマホカバー付けてたっけ?」
「家族から貰った。それ以来付けてる」
「へへっ! 通りで似合わないと思ったぜ。子どもが好きそうな奴だな!」
「でも学校じゃ見たことないと思うけど」
「鞄から取り出す必要がない」
「まじめ過ぎ!? あ、校則を守ってるのか」
「しかしみんなに迷惑をかけてるんじゃな……すまない」
タカヤが申し訳なさそうに頭を下げる。
「お前の驚く顔、俺は楽しめたぞ! ありがとな!」
「ケンタ、お疲れ様……また来年何かやろう」
「おう! それにしてもミズキの衣装は似合ってる! 途中で終わっちまったのが惜しいくらいだ。ざしきわらし? ってやつか」
「だれが座敷童だ」
「身長もチンチクリンで変わんねぇし。来年も通用するだろうからそのナリでイベント企画するか……っと」
ミズキがケンタの肩を叩くが、びくともしない。
「はっはっは! お前のパンチじゃ効かん。って痛ェ!? スネ蹴るなよなミズキ! 来年こっち来れなくなったらどうする!?」
「この、逃げるな……っ! 【超高校級のランナー】の名が泣くぞ」
「そんな肩書いらねえよ!? じゃあ先に荷物持っていくぜ!」
「あ、もうケンタ。とにかく携帯あって良かった。ユッコもその……見つけてくれて、ありがとね」
「……」
「古賀さん? あ、雨が」
「みんな撤収ー! 転ばず走れー!」
コウちゃんに声を掛けられた時、雨粒が顔に当たった。みんなもすぐに気付き、家に向かって走り出す。ミズキの宣言通り雨が降る前に見つけられた結果だ。これなら急げば本降りになる前に帰れるだろう。メグもサラも振り返って心配しなくていいから。さっさと先行きなよ。
ハルが濡れた地面でケガしないように声をかけていたが、今日は誰も転んだりしない。私がタカヤの人生の落とし穴を潰し、つまずく小石を片付けて回るのは……今日の夜からだ。
服にポツポツ染みが出来る。
一歩ずつ踏み締めるように、ゆっくりと歩きながら手を伸ばす。
ざざざざっ
ライトも付けないまっくらやみの道。風も吹いていないのに周りの草が揺れた。同調するように私の心が波打っているのが分かる。頭の中で繰り返される未来視の映像。
あんな運命はお断りだ。
予知が出来たという事は回避する幾億の瞬間が私にはある。些細な変化一つも見落とすものか。残酷な未来には到達させない。
タカヤを守る。きっと私の未来予知の力はそのために発現したんだ。
方法は選ばない。何でもするしどんなことでも試す。
手を伸ばし続けろ。いつか届くかもしれない理想に。
運命が変わるまで私が……私の背中を押し続ける!
伸ばした手の先には【奇跡の七人】が家へ向かって走っている。
障害になるもの。邪魔なもの。災い。惨劇に近付かせる小石ども。
一つ一つ。丁寧に念入りに。
みんな私が消してやる。
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