⑳ 携帯はどこに落ちた?




 山に沿った道を進むと少し開けた場所に出た。

 先ほど集まっていた出発地点でありゴールの場所が見える。肝試しが通常通り行われていたならぐるりと道を回ってここに辿り着くはずだったけど……いったい何が起きたんだろう? 


 後ろの方でライトが動いているのが分かる。ケンタ様たちが追いつきつつあるみたいだ。コウちゃんも先を急ぐと言った割には慎重に歩いてたし。たとえば地面を見ている感じがしたような。少なくとも私の事を気遣うためではないのは明白。


 肝試しのスタート地点、ペアと出発順を伝えられ小さなライトを渡されたところに先行組のサラ様とタカヤ様が待っていた。タカヤ様は申し訳なさそうな顔をしてこちらに頭を下げる。


「すまない。俺の不注意で」

「違うよゼンブあたしのせいだから……!」

「なぁにトラブルなんてあるあるだろ? それを言うなら肝試しの仕掛けた側、俺たちのせいなんだよな主に。この調子だとまだ見つかってないか。道の途中から探してたけど無かったよ」


 コウちゃんが手を振って笑う。このくらい何でもないとでも言いたげな、必ず解決できると確信しているような顔をしている。この自信はどこから? いやそれよりも。


「あ、あの! ひとまず状況を知りたいのですが」

「……それは私から説明する」


 私のすぐ横でミズキ様の声がした。懐中電灯を自らの顔に向けられて、能面のような無表情が闇に浮かび上がる。び、びっくりした! 

 額には三角の布当て、真っ白い着物。正統な女幽霊の出で立ち。ってことはミズキ様も驚かせ役……加えてわりとノリノリに見える。黒髪と低身長なのも相まって、まるで座敷童。肝試しが中止になっていなかったら飛び上がって驚いたことでしょう。

 現にいま来たメグミ様は衝撃に口を押え、その後小さな動物に向けるような好奇の視線を送っています。ミズキ様は8人全員集まったことを確認して、ライトを山道へ振った。


「端的に言えば、タカヤが携帯を無くしている状況ね。聞き込みは終えているわ。肝試しで回っていたルートのどこかに落ちている可能性が高い」

「待て待て、それくらいで中止ぃ? みんな歩き終えたからでも良かったじゃねえか。俺まだぜんぜん驚かせ足りねえよ」

「ケンタの言う事は一理ある。でも、何も知らない後発組が踏んでしまって壊すことも考えられるでしょ? それにこの後、雨が降りそうなの。滞りなく終われば間に合うから、伝えていなかったけれど……ハル。詳しく教えて」


 ハル様が携帯を操作しながら答える。


「ええと、アプリでは30分以内には雨になる予報で……」

「予報抜きだとどう見てるの?」

「けっこう差し迫ってる感じだと思う。山の天気って崩れやすいからねえ。ぽつぽつ来たらあっという間に土砂降りになるよたぶん。正直こうやって話してる時間も惜しいくらい」

「ってことよ。だから急いで携帯を回収して家に戻りましょう」

「じゃあ残念だが中止も仕方ないかぁ。それに大雨じゃ防水仕様でもヤバいかもだし。なあミズキ、探す当てはあるのか?」

「当然だとも。みんな心配しなくていい。私たちで携帯を……雨が降るまでに見つけてみせる」


 そう断言するミズキ様の目はいつものように冷たく淀んでいます。しかし去年、学校で起きた怪事件を解き明かされた【超高校級の知性】が、少しだけその本領を取り戻しているみたいです……かわいらしい幽霊姿で!

 ミズキ様はコウちゃんに懐中電灯を渡してから、山道を見た。


「コウちゃん、ケンタ。大きなライトは二つしかない。それを持って行く道と帰る道で一周してきて。駆け足なら5分もあればここに戻るはず」

「俺たちの足で探すんだな!? オッケーだ」

「あったら連絡する」

「お願い」


 二人は左右に分かれて結構な速度で進んでいく。

 ミズキ様は私たちの方に振り返って言った。


「サラはケンタの方へ行ってあげて。見つけたけど踏んで壊れてました、ってオチは嫌だから」

「うん、気を付けるから……ミズキちゃん!」

「撤収の最終判断はハルに任せる。ずぶ濡れで家に戻ることが無いよう、一度決めたら迷わないで」

「ええ俺!?」

「山と海に関してはこれ以上の適役はいないけど?」

「はいはい、責任重大だなぁ」

「すべて任せるわ。メグはここにいて届く情報の精査を」

「せ、せいさ?」

「それぞれの報告を共有しないと、コウちゃんやケンタが山道回り続けちゃうからね。みんなに連絡して教えてあげて」

「分かりました! 教えます!」

「……さて」


 彼女は一息つくと、タカヤ様と私を見た。

 視線に気づいたのか頭の白い三角布当てをようやく外す。


「先に行った組が見つけるとも限らない。私たちも探しましょう」

「ああ。元はと言えば俺の責任」

「わ、私もですか……?」


 メグミ様と同じ、待機組じゃないの!?

 傘取ってきたりメッセージ送るとか以外に役立つこと、あります!? いや、彼女の人選は常に的確といって良かった。少なくとも間違ったケースを知らない。この先も無いかもしれない。

 だから私を選ぶ意味が……流石になさそうですが。 


「こうしている間にも雨雲が接近し続けている。幸い探すポイントは絞られているから……3人で歩きながら特定するわ」




 *  *



 出発地点から再びのスタート。

 私を含めた3人はライトを持っていますが、頼りない光です。道の中央は照らせますが、ここから携帯を見つけるのは大変なことに想えます。

 ミズキ様がどんどん早歩きで進んでいく。脇目も振らずと言った速度……あれ? 探していない?


「ミズキさん、携帯あったら踏んじゃいますよ!?」

「まだ移動優先でいい」

「……俺が携帯落とした場所、目星は付いてる。ということか?」

「そう。時間が限られているからそこまでは急ぐ。もう少し言えばコウちゃんが先に歩いてクリアリングしてる。道にただ落としただけならもう見つけてるはずだから、携帯を踏み抜くことは


 信頼を感じる。何が起きても揺るがないほどに。

 ミズキ様はそこまでコウちゃんを……!


「なら、どこに携帯があると思うんだ?」

「簡単なことよ。タカヤが慣れない浴衣を着ていたとしても、普通に歩いているところで落としたりしないし、だとしても音で気付くわ。つまり肝試しで驚かせようとしたポイント……『ケンタの声と釣り竿の仕掛け』『ケンタが仮面を付けて追いかける』『私が幽霊役で草むらから驚かせる』以上三つの場所である可能性が高い」

「わ、私は釣り竿までで中止になりましたが、そんな風になってたとは」

「出来れば最後までやりたかったけどね。私も幽霊役の準備してたから」


 先頭のミズキ様がくるりと振り返り、手首を曲げる幽霊の仕草をした。まったく恨めしそうに見えない無表情だがたぶんノリノリである。


「まず私が驚かせた時だけど……サラが悲鳴をあげてタカヤの腕を引っ張って逃げたのを確認した。携帯を落としていたら私が分かるからここは除外。続いて仮面を付けたケンタが追いかける場所も、同じ理由で除外できる。追いかけるってことはずっと二人の背中を見ている必要があるし。まあ、ここまでは聞き込み通りなんだけど、タカヤ合ってる?」

「ああ」

「だとしたら最初の……『釣り竿の仕掛け』があった場所に落ちてると私は見ている。もう一度その時のことを話してもらっていい?」

「分かった。このすぐ先、ライトで照らせる距離……ちょうどあの木の枝が出ているところ辺りで声がしたんだ。立ち止まって辺りを確認したが何も見つけられなかった。その時点でサラがだいぶ怖がっていてな。袖を引っ張るようにしてた。とにかく進もうかと判断したところで……」

「サラの足にこんにゃくが当たった。ケンタの仕掛けね」

「その通り。驚いたサラが抱き着いてきて、パニック状態から戻るまでしばらくかかった。ケンタが原因だったのか。あの時は本当にまいったよ」


 タカヤ様は道中で起きたことを思い返されているのか、頬に少し赤みがさしているようでした。サラ様を落ち着かせている前後に携帯を落とされた? 余裕がない状況なら十分にありえます。


 サラ様も驚いたでしょうね。

 何も知らない私たちと同じ……あれ? ということは肝試しを仕掛けた側じゃないのか。てっきり去年から海に来ていた組。ミズキ様、ケンタ様、サラ様。コウちゃん、あとハル様が計画したことかと。じゃあくじ引きの箱を誰かから渡されたんですねきっと。




 3つのライトが枝の突き出た部分を照らす。

 確かにここで間違いない。私もコウちゃんと一緒の時に驚かされた。

 い、今思うとだいぶ大胆というか恥ずかしい行動に出ていたな私……。



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