⑲ 昔なつかし肝試し
……夜の山道は暗い。用意された懐中電灯がなかったらホントに真っ暗だ。といっても渡された懐中電灯はおもちゃというか、さきほどのくじ引きの景品で出てきそうな安価なもの。光源としてはあまり信頼できない。
「古賀さん。離れないで」
「……ち、近すぎな気が」
「道の脇で足を滑らせちゃうよ。でも大丈夫。舗装されてないけど広いから、こうやって真ん中を照らしてれば」
たしかに寄り添うようにして歩けば危険はありません。でもこっちの方が危ないんです! 主に私の心が持たない。コウちゃんと肝試しでペアになったのは嬉しいものの……恋人であるミズキ様が見れば何と思われるか!
すぐそばには浴衣姿のコウちゃんが見える。
ハル様の空き家には昔使っていた浴衣や御兄弟の浴衣が残っていたらしく、男子のみ着用しています。ナイスです。ちなみに妹様の浴衣も数着見つけられたようですが、小さいサイズという事と使うと怒られるからという二つの要因で貸し出しを断念したとのこと。
ああ。携帯のライト禁止というルールが口惜しい。
存分にチラ見できたというのに!
さっきまでタカヤ様のことばかり考えていましたが、それはそれ。
コウちゃんは私の幼き頃の憧れ。そして【七つ星】の面々は高校生活での憧れ。
憧れに優劣などありますか? いやない。
肝試しが終わった後でみなさんの御姿を目に、魂に焼き付けるとしましょう。
おっと、つい口元が緩んじゃいます。
「あれ具合悪い? 顔色が……」
「い、いいいえいえ平気です。ダイジョブです」
「去年歩いた感じだと、15分もあればぐるっと一周できるくらいだ。後ろにはハルとメグの組が歩いてるし何かあれば携帯使うぞ?」
「ホント、至って元気ですからご心配なく!」
「そうか?」
ふう。懐中電灯で表情を照らされなくて良かった。
最近はみなさんとの距離を取れず、いけませんね。
「……料理上手なのはすごいよなあ。美味かったよ」
「お口に合ったようでホッとしてます」
「古賀さんには感謝してる」
「何がです?」
「ケンタにお弁当作ってくれてたろ? ヤバい偏食もずいぶん改善してた。インハイで1500m優勝できたのはそのサポートがあってこそだと思う」
「いえ、本人の努力ですよ。私の影響は……有ったとしてもささやかな力添えくらいのものでしょう。400と800でも金メダルを目指していましたから。信じられないことですが入賞止まりを悔しがっていました」
「あいつらしいな! 来年が楽しみだ。マジで三冠獲るかもしれん」
「前代未聞ですね。応援し甲斐があります」
「ああ。引き続きサポート頼むよ」
「……ケンタが継続を願われるなら喜んで」
「ありがとう」
コウちゃんは嬉しそうでしたが、少し寂しくも見えました。暗がりでしたが確かに感じ取れる。その理由は……やっぱりサッカーから遠ざかっているからかな? 子どもの頃あれだけ打ち込んでいたのに。でも理由を聞くのは失礼だし、立ち入るのは無作法。私も出会った時期では誰にも負けていませんが、そこに踏み入れて行けるのは幼馴染である3人くらいのものでしょう。
「古賀さんが……ケンタをサポートしてるって聞いた時、なんか嬉しかったんだよ。あいつは意外と迷ったり悩んだりするモンだから余計にさ」
「コウちゃんも困ったら言ってください」
「俺も応援してくれるの?」
「もちろんです。もっとも貴方には頼れるミズキさんがいますけど」
「うーん。あいつは普段眠ってるようなモンだからなあ」
「ミズキさんたちとは付き合いが長いと聞きました」
「もちろん。小学校前からの友だちだよ、ミズキもサラも。とくにケンタはお互い運動が得意だったから何でも競争してたっけ。んで小学校も同じで……楽しかったなあ」
「そうでしたか」
「俺、昔サッカーやっててさ。少年チームに入って頑張ってたんだ」
「……」
知ってます。
ずっと見てましたから。
都大会で準優勝。全国大会にも出てましたよね?
私は練習場での姿しか知りませんが、恐らくは試合でもみんなを引っ張って勝利を目指していた……突然チームから姿を消し、辞めてしまったと知った時は私の世界が崩れかかるほどの衝撃でしたよ。揺るぎないものが無くなる。消える……コウちゃんは私にとってのヒーローでしたから。
「サラとミズキは応援によく来てくれたっけ」
「ケンタは……他のところで運動してた感じですよね? なんか想像できます」
「ははっ! そうそう!」
幼きサラ様とミズキ様……練習場にいたかな?
最もフェンス越しの私と違って、中へ入れてもらっていたのかもしれませんが。
私以上におどおどした女の子が、いたような……1,2回くらいは誘ったり誘われたりで何人かと遊んでいた記憶がぼんやりと浮かぶ。しかし子どもは誰とでも遊ぶ時期がある。私にもありました。
実は私も応援していたこと、打ち明けたい気持ちと隠そうとする気持ちが半々、頭の中でせめぎ合っている。しかし本人が憶えていないことを言っていいものどうか……。
少し考えを巡らせていると、ざわざわと回りの木々が揺れる音がした。少し湿った夏の生暖かさを風が運んでくる。夜はもっと涼しくなると思ったがそうではないみたい。
暗い夜道。懐中電灯のひとすじの細い光。さすがに一人だと怖さを感じたかもしれませんが、私にはコウちゃんという力強い味方が……ん?
…… ぐ う う゛ ぅ ぅ お お゛ ぉ っ ……
「なんか声、聞こえませんでした?」
「え? どこ?」
「少し先の枝が出てる……あの辺りです」
コウちゃんが光を指示通り向ける。
林と葉が生い茂っていて奥までは照らせない。タヌキでも通った? 獣道みたいなものはありそうだけど、わざわざ確かめにかき分けていくのは無理そうだ。それに動物というより、もっと苦しそうな……情念のこもった呻き声って感じだった。
異常を探すようにぐるぐるとコウちゃんが範囲を照らしてくれるが、何も見つけられなかった。動物なら光に反応して逃げたりするはずだ。その音も気配すら……どこにも。
「気のせいじゃないか?」
「だといいんですけど……うひぇえええッ!?」
「どうした!?」
足、足! ふくらはぎをいま何かが撫でていった!?
ひんやりとした……ぬめっとした気持ち悪いモノがッ!
「ああ足に、足に!」
「ち、ちょっと古賀さん近すぎ。胸、当たって……!」
思わずコウちゃんにしがみつく。
胸? 確かに浴衣越しの……頼れる胸板の厚みを感じる。あまりの恐怖と、いい匂いに脳がバグる。心臓の音も。私の鼓動かこれ!?
「大丈夫、大丈夫だから」
「ご、ごめんなさい怖くて」
「何もいないみたいだよ、落ち着いて深呼吸」
「すぅ……はぁ……あわわ!」
「ごめん、俺汗かいてるかも。嫌だよね」
「ち、ちち違いますともッ断じて否!」
「だいぶ調子戻ってきたかな? 怖がらせ過ぎ……ん?」
コウちゃんが自分の身体を手で叩く。
皮膚越しに私にも機械的な振動が伝わる。これって携帯電話?
「スマホ、鳴ってます?」
「ん、密着してるから取り出すのが……袖の下か?」
急に現実に立ち戻り、ぱっとコウちゃんから離れる。
身体をまさぐるように彼はどこから携帯を出すのか軽く混乱していたが、懐から携帯を出して着信に出る。
「どうした……ああ、え? 中断か。連絡は? 頼む。俺たちも向かう」
「誰ですか?」
「ミズキからだ」
「……お、怒ってました? 私の一時の過ちを」
「えっ? 何がだ? ちょっとトラブル起きたらしい。ここからならゴール目指した方が速いな……おおい聞いたか!? 今すぐ出発地点に全員集合だってよ、すぐ来てくれ!」
コウちゃんは茂みの方へぐるぐるとライトを回す。
すると枝と葉をかき分ける音が接近して、大きな影が飛び出して来た。するどい牙をむき出しにした、おどろおどろしい鬼の形相にがっしりした体躯。片手には太い懐中電灯と、もう片手に折りたたみの釣り竿。先端にはこんにゃくが吊るされて揺れている。
お化け!?
急な展開過ぎて叫ぶことも出来ずに、立ち竦んでしまう。
よ、予想外過ぎ……だけど。恐る恐る声を掛ける。
「……だ、誰!?」
「へっへへ。半端で終わったがよ。まぁユッコの反応見れたし良しとするか」
かいぶつの仮面? を半分外すと、ケンタ様の顔が出てきた。
すごい楽しそう。釣り竿にこんにゃく……? あれ、足に当たったのって……もしかして。声もよく考えてみればケンタ様に似てなくもない?
騙されてた? 驚かせ役って……コト?
そしてまんまとハメられていた私?
「コウちゃん……?」
「さっ、急ごう。ケンタにも電話来てたのか?」
「いや……おっ、いま来たみたいだ。全員宛て。【出発地点に集合】としか」
「なら後ろのハルたちも呼んできてくれ。あ、ついでに驚かせたりはするなよ?」
「任せろ!」
そう言うとケンタ様は仮面をしっかりと被り直し、来た道をライトで照らしながら走っていきました。ハル様、メグミ様……幸運を。そしてお気をたしかに。
みんなが集まる事態、何が起きたのかを考えながら、私と同じような思いをするであろう後発組の無事を祈るのでした。
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