⑯ 2年生 5月10日 初恋未満の憧憬





「ごちそうさま」

「お口に合いましたか?」

「合う合う。最高に美味かった! ありがとよ」


 なんか……いいですねやっぱり。

 自分の作ったお弁当を、ご飯粒一つ残さず食べてくれるっていうのは。しかもそれが自分の最推しの七人、ケンタ様であるならなおさらです。

 隣でハル様も唸っている。カップ麺だけの食生活がここまで変わるのは驚きですよねえ。私もこんなに上手くいくとは予想を超えてました。


「ケンタと言えばおにぎりと肉とふりかけ、あとはカップラーメンくらいしか食べなかったのに……料理の腕だけでこうも違うぅ?」

「味が濃ゆくて、俺の好きなモンばっか詰めてんだぜ? 毎日フタ開けるのが楽しみなくらいなんだよ。頼んで正解だったな」

「工夫はしてるんだよね?」

「まあ多少は」


 濃い味から少しずつ、塩を減らし辛みや酢を増やし……好物の中にも栄養バランスを考えて苦手意識を感じさせないようにはしてます。ケンタ様の味覚はこどm……正直で騙しやすいみたいなので。


「料理には詳しくないけどよ。給食とかも食えないの多すぎて嫌だったんだ。その点ユッコはすげえよ。こんな簡単に……」

「その簡単なことが誰も出来なかったワケだしなぁ」


 料理が簡単? そうかな? 私にとっては毎日が失敗の繰り返しでした。試行錯誤の結果をお父さんが残さず平らげてくれたのは感謝しかありません。

 まず、父子家庭に足りないものを認める時間が……めっちゃかかりましたよ。それと心をえぐる無意識な言葉と、意識的な皮肉。小学校の頃は辛かった。道行く子連れの母親に憎悪剥き出しで……眉間にしわが寄った愛想のないガキでしたから。

 

 家には寄り付かず、楽しみと言えば少し離れたグラウンドでやっていた少年サッカーの練習を見ることくらい。思えばあの時から、憧れたものを見続ける楽しみというものが芽生えていたんだよね。

 初恋、というには少し違うかもしれないけど。




 ざざざざざっ。




 ここの教室、の扉?

 砂嵐の切れ間、誰かの微笑みが一瞬だけ映像で見えた。とおい昔を懐かしむような、思い出し笑いをした感じ。この予知は? 私やケンタ様たちに何か起こる? いや変わることなんて皆無だ。私が空気を読まず急にこの教室から去らない限り、大した変化なんて起こらないはず……。


 教室の扉の外を見ると、初めから立っていたように彼女はいた。

 小柄な背。長い黒髪。最も印象的なのはその瞳。感情を表さない、例え一分動かずにいてもまばたきすらしない気がする……それぐらい起伏を感じにくい表情。


 横井山よこいやま 瑞希みずき

【超高校級の知性】をもつ彼女は、1年生の時に学校で起きた怪事件を鮮やかに解決して見せました。謎を解き明かした時の、輝きに満ちた御尊顔は忘れていません。人の何倍も先を見通せるミズキ様……今は何もかもが分かってしまった、と言った倦怠に沈んでいるような表情をされています。私などには理解が及ばない、天才が故の苦悩があるのでしょう。


 教室の何人かがミズキ様に気が付き静けさがほんの少し増した。クラスの喧騒を割るかの如く、歩いてくる彼女の周りはざわめきも起きなかった。みんな息をのんだみたいに……なんでだろう?

 

「ミズキぃ、彼氏はどしたの?」

「……片付け」

「お前はホント肝心な時にしか働かねえよな」


 すとん、とそばの椅子に座り、ミズキ様は短く二人の問いに応える。もう一つ椅子を近くに寄せながらこちらの様子を伺っている。次に机の弁当へと視線を落とし、目を伏せたまま唇が動いた。


「古賀優子?」

「あ、ケンタから聞いてましたか? 横井山さん」

「……」

「私のことはユウコとかユッコとか好きに呼んでくださいね。昼休みにここを使わせてもらっています。挨拶が遅れてすみませんでした」


 ミズキ様は首を振った。どの部分の否定だろう? 名前の呼び方? 紹介が遅くなったこと? 言葉からも表情からも読み取れる情報は乏しい。

 

 再び教室の外がざわざわしたので、振り返る。

 そこにはクラスメイトのちょっとした声に応える、【七つ星】田邊たなべ 鴻太こうたの姿があった。


「コウちゃんお帰り」

「なんかよ、ミズキの奴に振り回され過ぎなんじゃねえか?」

「そう言うなって。しばらくこっちに顔出せなくてごめん」

「俺は別にいいよー」

「どうせ外で飯食うのめんどくさくなったんだろ?」

「……」

「あはは。まあそんなところかな」


 そう言ってさわやかに笑う顔。昔から変わらずコウちゃんは人気者なんだな。嬉しさと、それ以上に安心する自分がいた。


 少年サッカーの練習でも頼られていた。

 同学年くらいの子どもはみんな、コウちゃんと呼んで好かれていたように思う。サッカーチームの中でもズバ抜けた才能があったこともあるが、面倒見がよくてお世話好きなところが大きかったんじゃないかな。小さいとき見ていて感じた。


 私は昔グラウンドの近くで、コウちゃんに他人の心無い言葉から助けられたことがあります。きっと深い意味はなく助けた、という自覚もないかもしれませんが……私はすごく勇気づけられたんですよ。大切な思い出で、ずっとおぼえています。

 そして高校でも……人知れず私を学校へ行かせてくれるエネルギーになっていました。小さい時からの憧れ。子どもの頃からのヒーロー。


「古賀さん、だったよね?」

「はいっ」

「ケンタからよく話を聞くよ。こいつの偏食、俺は何もできなかったからなあ。世話ァ焼けるけど放っとけないんだよな。気が合うかも」

「コウちゃん自分で言う? それ」

「いいやユッコの方がすごい! 神弁当に誓って、今年のインハイはメダル3つ獲るからな。最近調子よすぎてヤバいぜ」

「……いえ、田邊くんには負けますよ」

「みんなと同じ呼び方でいいよ。なんかちゃん付けが多いけど」

「コウちゃんはコウちゃんって感じだし?」

「おお、それは同感だ」

「……」


 ミズキ様が近付けた椅子にコウちゃんが座っている。

 その自然な感じと、ほんの少しミズキ様が肩を寄せたのを見て……やっぱりお二方は付き合っているんだなと再確認した。

 

 私の推す【七つ星】のうち二人が交際している。

 密かにカップリングをあれこれ考えていた時期もあり、自分の妄想癖に引くこともあったくらいです。その中でもミズキ様が誰とくっつくかは私の中で意見が分かれるところでしたが……コウちゃんとは。この古賀優子にも読めませんでした。現実は小説よりも奇なり。非常に喜ばしいことです。

 

「昼休みは二人でいるんじゃなかったの?」

「ああ。屋上とか理科室とか、その日によって場所を変えてたが」 

「飽きた」

「飽きたってお前……」

「いまは教室の方がいい」

「ってワケだ。今日からまた頼むわ」

「大変だな恋人がいるってのも……なぁハル?」

「なんで俺に聞くかな!?」


 ケンタ様にハル様。そしてミズキ様にコウちゃん。

 ついに半分以上【七つ星】が集結してしまった。え、えらいことやでぇ……私がここにいてもいいのかな? 


 そんな私の考えを全て分かっているとでも言うように、ミズキ様は頷いて見せた。退屈そうな目なのに、なぜが私を捉えて離さない。

 


 

 と、とりあえず夏の大会が始まるまでは居させてもらいましょう。

 夏休み後から徐々にフェードアウトすれば邪魔にならないですかね。






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