⑮ 2年生 5月1日 ある日の昼休み




 結局、ケンタ様のために作ったお弁当は先に渡さず、どのクラスも買い出し組が出払ってからこっそりとハル様たちの座る机に置いておく……という方法に行きつきました。別に私が二人と食べる必要は全くないのですが、ケンタ様が味の感想とかすぐ伝えたいとのことで先週から昼休みは一緒に過ごすことに。

 まあこちらとしてもケンタ様の反応を見て味付けや献立を考えたり出来ますので、願ったり叶ったりと言ったところでしょうか。


 昼休み開始から5分経ち、そろそろお弁当を持って行く頃合い。廊下に出てしばらくすると、不意に後ろから声を掛けられました。


「ねえ」

「……え、あ!?」


 振り返る間もなく手洗い場の曲がり角に引き込まれ、顔を上げると微笑みを顔に張り付けたサラ様が立っていました。口を開く前に、その真横の壁にサラ様の手のひらが思いっきり叩きつけられ心臓がびくっと跳ねる。

 流れる亜麻色の髪の間から切れ長の瞳が めつけて、怖ろしくも美しさ、神々しさを感じる……!


「コガユッコよね、あなた」

「は、はいぃぃ……!」

「ケンタから話は聞いてるわ。毎日毎日すり寄って……何のつもり?」

「な、何のとは?」

「お弁当。作って来てるでしょ、とぼけないで」


 壁ドンした手が首に巻き付いてきて、サラ様の顔がぐっと近くなった。嘘偽りは許さない、といった感じで見られてる……視線の動きや、いま私が息をのんだ喉の動きまで。そう言えば人生初、ファースト壁ドンが彼女からなんて光栄な……いやいやでもこの状況はマズい。サラ様が怒ってる。そのお怒りは、目障りなモブ如きが大切な幼馴染に纏わりついているからだ。その点においては弁解の余地もない。


 でも私は謝らない。

 曲がりなりにも私がケンタ様に始めた事だ。謝るなら最初からやらない。


「沖島さんの言う通りです。お弁当作っています」

「もうあいつに付きまとわないで」

「分かりました」

「……? 昼休みだけじゃない、話しかけるのもダメってこと。意味わかる?」

「はい。離れるようにしますし二度とクラスにも行きません」

「何なの、こいつ」


 サラ様が首を傾げた。

 相変わらず刺すような視線だが、毒気を抜かれた表情を浮かべている。


「ケンタの彼女気取りとか、有名で人気者だから近付いたんじゃないの? あたしはてっきり……でも手作り弁当とかもやめてよね」

「それはダメです」

「な、なんでよっ!?」

「これまでのカップラーメンだけの昼食間食からお弁当に切り替えて一週間ちょっとです。いまは長谷川くんの好きそうなおかずを日替わりで食べてもらっています。舌が慣れてきたら味の濃さを少しずつ減らしていく段階に移る。酢や辛さなどで減塩を感じにくくしながら……6月のインターハイ予選までに食生活をある程度は改善したいんです」


 サラ様の目を見つめ返す。私はただ……ケンタ様にふさわしき舞台で活躍をしてもらいたい。あくまでその一助。せめて遊びじゃくて真剣だってことは伝わっているだろうか。

 彼女の瞳、その長いまつ毛が揺れた気がした。


「べ、別にお弁当作るのは……あんたじゃなくたって」

「ええ。多少料理の出来る人なら可能です。いま言われた通り、私である必要なんかない。もし折原さんや沖島さんが用意するならそっちの方が絶対にいい」

「あたしが作るって言ったら手を引くのね?」

「もちろんです。お役立てになるならレシピも書きます」

「……ふぅん。いい加減な理由だったら張り倒すつもりだったんだけど。古賀サンだっけ? お昼とかお弁当とか、さっき言ったことは取り消すから」

「いいんですか?」

「その、ビビらせて悪かったよ」


 サラ様は拘束を解くと一歩離れ、大きなため息をついた。

 安心した、というよりは複雑な感情が混じっているように思える。


「あんたのその目、熱意ってゆうの? たぶんケンタはその辺を感じたんだな……あたしもそういうストレートな気持ちに弱くてさ。かなわないんだ、いつも」

「沖島さん……」

「でもケンタを困らせたら許さないから! じゃあね!」


 きっぱりと言い切って、クラスの方へ走っていった。

 一定の理解と納得はしてもらえたようだ。初めからサラ様の許しを得てからの方が良かったのかもしれない。ケンタ様を射んとすればまず彼女から。ただその手順だと問答無用で断られる未来が視えるようだけど。

 

 さて、これで胸を張ってケンタ様たちの所へ行けるようになりました。お弁当のことは大っぴらに宣伝するつもりはありませんので、いつの間にかケンタ様の元に弁当がある状態というのは依然変わらないのですが。

 

「ユッコぉ?」

「あ、ハルさん」

「ごめん。わりと最初の方から見てたんだけど、声掛けられなくて」

「気にすることないですよ。むしろ話が出来て良かったくらい」

「よく正面から話せたなぁ。サラは感情を表にすぐ出すけど、脅すようなマネ、よっぽどの理由が無いとしないからさ。俺ならビビッて固まっちゃうかも」

「あはは……沖島さんの顔、怖かったですからね」

「うん。心配したのは向こうも同じかな」


 呟きとともに視線を送る先には、曲がり廊下の窓を早歩きするメグミ様がいた。怒れる彼女の様子を、彼と同じく見守っていた? まあ察しが良すぎるくらい気配りの人ですからおかしくはないか。ハル様だって来るのが遅い私を心配してわざわざ来てくれたんでしょうし。


「でもユッコの目力めじからも負けてなかったよ。料理のことを話す時……ああいうとこに出くわすと、二人が何に怒って、何を大切にしてるのかよく分かる」

「お、お恥ずかしい限り」

「……ケンタの人を見る目も確かなワケだ」


 ハル様の気だるそうな目が、優しく笑った。

 本人からすれば何気ない仕草なだけですが、学校中の女子がやられてしまいそうな魔性を秘めている。私としては尊敬と信仰が先に来るので辛うじて……ふふ、致命傷で済みました。



 

 教室ではケンタ様が机をセッティングしていたようです。

 私たちを交互に見て、待ちくたびれたような顔を向けられました。


「遅ェぞハル!」

「ならお前が様子、見てくればよかったじゃん! 自分のクラスでしょ!?」

「いやサラが最近機嫌が悪くてさ。顔合わせりゃ口喧嘩になるし……」

「ああそれ? たぶんもう大丈夫だと思うよ」

「お、さすがだな。ハル式交渉術が炸裂したのか?」

「俺じゃなくて……まあ、いいか」


 つい私が口を挟もうとしたことを、全て分かっているというようにアイコンタクトで応えるハル様。彼は【超高校級のウィンク】の持ち主でもあったのですね……しゅごい。サラ様の立場を含めた私のごまかしなど蛇足、排する最たるものです。この空間では!


「へへ……ユッコも毎日、ありがとな!」

「どういたしまして」




 古賀優子は日本一の幸せものです。

 

 尊敬する、大好きな人たちの笑顔とともに夢のようなひと時を過ごせるんですから。幸福の名の下に机が並び、自分の席が用意されている。ここには確かにあるのだ。

 私にはもったいないくらい……有難き幸せが。



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