⑭ 後悔はいつも先に立たず


 


 ケンタ様の顔を立てて今回のみご相伴にあずかるとしましょうか。

 そう思いお弁当を広げていると、教室に買い出し組が何人か帰って来ました。ケンタ様が爆速で走った結果カップ麺の出来上がりまでタイム差が広がっているだけで、普通ならこの時間に戻って来るみたい……机を使うなら私が邪魔にならないかな?


「おいハル。遅ぇぞ」

「俺の足なら仕方ないでしょ……ってまたカップ麺!?」  

「いいだろ好きなモン食べりゃ」

「サラやミズキに何か言われる前にやめなよ? あいだに入るの俺なんだから」

「信じてるぜ。ハルの無敵の交渉術なら何とかなる」

「いやだからその前にさ……あれ、君は?」


 透き通ったハル様の瞳が私に向く。

【七つ星】が一人。鯨井くじらい はる。こ、このクラスでしたね確かに。ケンタ様のこともありましたが失念していたとは不覚!

 髪はショートレイヤーやや長めくらい。天然っぽいくるんと波打った毛先と前髪がカッコかわいさ両立の髪バランス。優しくも気だるそうな目。身長は高校男子平均から2センチほど上くらいですが線が細くてすらりとしたイメージ。人を警戒させないゆるいオーラ。そして何より……中性的な色気がある。肌の色素が薄いせい? 唇が妙に赤い印象なのが、子供っぽさのない達観した感じをさらにマシマシにして見える。


 アンバランスな妖しい魅力が、ハル様が総菜屋のビニール袋を手に提げていることで現実味を帯びて相殺される。危ない。もし朝とかばったり廊下で出会ってしまったら気絶してしまうは必定……!


「す、すみません。申し遅れました。古賀優子といいます」

「んん……? ケンタ、厄介事に巻き込んだりしてない?」

「いや全然。飯食べるのに連れてきただけ」

「ホントかな……」

「えっと、お邪魔でしたらどきます」

「いいっていいって! むしろケンタが地べたで食べてもいいくらいだからさ。好き勝手に教室入り浸ってるし」

「ここしか気楽に話せる野郎いないんだよー、頼むよー」

「なら普通にお弁当買って来い。交換でもして色々食べなきゃさ」

「それはちょっと」

「好き嫌い多すぎなんだよ偏食! 子ども舌!」

「オメーだって魚ばっかじゃねーか!」

「あ、俺のことはハルでいいからね。古賀さん」

「話聞けやッ!」


 その叫びを飄々と受け流し、総菜屋の焼き魚弁当を広げてさっさと食べ始めるハル様。ケンタ様もこれ以上は意味がないと思われたのか、カップ麺のフタを剥がして割りばしで混ぜています。そろそろ私も食べなくちゃ。


「あ、古賀さんは家のお弁当派なんだ?」

「はい」

「あんま女の子っぽくねえ色合いだな」

「失礼だぞケンタ」

「ああいや……すまん。もっとカラフルな奴を想像してて」

「まぁ、こだわりなく詰めてますからねえ」


 例えば我がクラス華やかさ筆頭のメグミ様なら、お弁当の彩りなども考慮されています。私と言えばぼっち飯でしたから、見栄えは度外視して家のおかずを詰めているだけ。


 もしその辺も工夫したら、お父さんは喜んでくれるのかな? 味だって『うまい』とか『丁度いい』しか言わない。見た目の鮮やかさを楽しんでくれるんなら作り甲斐もあるんだけどさ。今度試してみよう。確かに色はあまり考慮してなかった……独学の弱さですかね。

 女子のお弁当にしては相応しくない。お二方の前で見苦しいものを……!


「でもこっちの方が弁当! って感じで好きだけどな」

「え……?」

「うんうん。もしかして、古賀さんかなり料理出来る人?」

「まあ一応は」

「思った通りだ。なんか美味そうだし」

「へえケンタしては珍しい……少し食べさせてもらったら?」

「あ、どうぞ」

「駄目だ。カップラーメンじゃ返すモンがねえよ」


 何気にお弁当は受け入れられているようで何より。

 ケンタ様は試食を固辞されましたが……ハル様は苦笑されています。


「しかしどうにか色んなおかず食べないとだよ? ぜったい夏の大会に影響するって……部活前にもカップ麺食べてるし」

「練習で走り続けるからカロリー補充してんだって!」

「その栄養も偏ってるから問題なんだよ!」

「インハイで勝てば文句ねえだろ」

「あと三か月も食べ続ける気ぃ!?」

「我慢こそ体に毒だぜ。ど、どうした古賀サン? また目力めじからが……」


 まあ、インスタント系が毒とまでは言いません。たまに手が伸びたり魅力に逆らえない時だってあるでしょう。ですがカロリー量、塩分も脂質も多く栄養価が低い。一流のアスリートが毎日食べるものじゃないです!


 メラメラと心が燃えている。

 ケンタ様に無理を強いるつもりも資格もない。ただ栄養バランスを多少なりとも整えられれば……習慣付いたカップ麺だけのメニューも変わる。できるなら好きなものを食べながら活躍をして欲しい。私なら……それが出来るかも。いや、私がケンタ様の胃袋を守護まもらねば。


「私が明日からお弁当作ります」

「いやーいいって。大変だろ?」

「作ります!」

「まぁ……はい」

「なんか妙に素直じゃん」

「古賀さんの目ェ見て言えよ!? それともハルが説得してくれるか?」

「ウチの家訓じゃってさ」

「……俺もハルん家の教えに従うわ」


 思わぬところからケンタ様の食生活があらわになり、お弁当を用意する運びとなりました。ちょっと冷静に戻れば非常に差し出がましい行為だと気付き、私が【七つ星】の御方にお弁当を持っていくシチュエーションって相当ヤバいのでは……と後から汗が噴き出まくっています。

 



 下駄箱、ロッカーは不衛生だし、机の中に忍ばせる?

 多少手間どらせても教室棟の中庭を使う? むしろ朝練の時間に……。


 何を作るのかはさておき。

 どうやって周囲に気付かれず、ケンタ様に迷惑をかけずに渡せるのかを考え始める私なのでした。



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