⑬ 2年生 4月21日 金曜日の昼休み





 部室棟の前、水場で手を洗う。

 昼休みとなれば教室棟と部室棟を繋ぐ渡り廊下も静かなものだ。フェンス越しの風景を見ながら大木に背を預けてお弁当を食べる……ふふ、ぼっち飯にしては贅沢過ぎるロケーションじゃないですか?


 うぅん……でも始業式を休まなければ良かったなぁ。そしたら友だち作るって難易度も少しは下がったかもじゃん。あいつらがとっくに退学になってたなんて思いもしなかった。怒りよりホッとしているのが強いけど、4月スタートダッシュ失敗はマジ痛い。

 

 せっかくサラ様やメグミ様、ケンタ様がいるSSR級のクラス替えガチャに成功しているというのに! クラスメートたちは早くもグループが出来上がりつつある……サラ様とメグミ様も気が合うのかすぐ一緒にお弁当とか食べるようになってますし。まあ【七つ星】の御方々と机を並べて昼食をとるなんて、私にはあり得ないこと。せめて教室に居場所を作れていたら、目の保養とさせて頂けたのですが。


 なんてことを考えながらお弁当箱を開けようとした時、部室棟のドアが開いてケンタ様が中から出てこられた。超BIGサイズのカップラーメンを持ち、脇には週刊少年誌を挟んだ格好で、教室棟へ向かっているようです。

 遠くから様子を拝見していると視線が合ってしまいました。ケンタ様は明らかに気まずそうな表情を浮かべて口端を歪めています。


「見られちまったか……同じ二年、だよなたぶん」

「ええ。長谷川くん、陸上部でしたよね? なんで野球部の部室に?」

「……むむむ、当然そこもツッコまれるよなぁ。悪ぃけど見なかったことにしてくれるか? 頼むよ」

「分かりました。誰にも言いませんし見ていません」


 天地神明に誓って。と心の中で繰り返す。

 もし約束を違えたら私を罰してもいいです。なければ自罰を課す所存。

 ケンタ様は聞き分けが良すぎる私を探るような眼をしていましたが、やがて私のお弁当箱を見ると興味がわいた顔をされました。


「なあ、もしかして一人か?」

「その通りです」

「頼まれついでに俺と来てくれよ。疑う訳じゃないが念のためだ」

「いいですけど、カップ麺伸びちゃいますよ? 私はここにいますからクラスの友だちと食べて来られては?」

「ん。どうすっかな」


 ケンタ様が首を傾げて唸ると、カップ麺の湯気が揺れた。

 軽く迷われている。何を決めかねているのでしょうか。




 ざざざざっ




 その時、頭の中に砂嵐が吹き抜けた。春休みから数回起きている現象。

 妄想のようですぐ後に起こり得る可能性、予知みたいな力。


 すぐそこの木の下で私がお弁当を広げていて……ケ、ケンタ様と昼食を!? ころころと表情を変えて私なんかを楽しませようとしている。これは神イベ。しかしそんな時間を【七つ星】に過ごさせるわけにはいきません。御方々にはもっとキラキラした場所にいて魅力を発揮していただかなければ!


「気が変わりました。長谷川くん行きましょう!」

「き、急に目力めぢからが強くなったなアンタ!?」

「ここを離れるのです、さあ早く!」

「まあいいか。俺、新しいクラスで友だちいねえし。ぼっち同士と思ってさ」

「あなたと私が同じぼっち? ……絶対違いますよそれ」

「なーんか自分のクラスに居づらくてな。別の場所で飯を食べようとするってのはお互い変わらねえだろ……とりあえず教室棟いくか」








 ケンタ様の後ろに続いていくと、2-2の教室に着いた。

 自分のクラス 2-5 とは体育も合同にならず授業的な交流が薄いから、一番疎遠なクラスと言える。昼休みに他クラスのケンタ様が来ても周囲に驚いた様子はない。ここでいつも過ごされているのだろう。おあつらえ向きに数人座れる机のスペースが空いていた。


「おーい。ここ使うぜ。あ、マンガ先に読むやついるか? ただしネタバレは無しな! ほら、突っ立ってないでさ。適当に座りなよ」


 ケンタ様は持っていた週刊少年誌を男子に投げ渡すと、椅子を引いてどっかりと座った。それに倣い、やや対角線上にある机に自分のお弁当を置いた。


「それで、なぜ私をここに連れてきたんです?」

「そう急ぐなって」

「急ぎます。こうしている間にも長谷川くんのカップ麺、伸びちゃいますし」

「ん、そっち? それなら安心していいぜ。俺は伸びきった方が好みだ。アンタはきっちり待ち時間を守る派か……ああっと」

「古賀です。古賀優子」

「古賀さんね。俺のことは知ってるみたいだな」

「有名ですから」

「ふぅん……そんなモンかねえ」


 何より2年生では同じクラスですしね。ケンタ様は気付いていないみたいですが。貴方とは違うんですよ。主に輝くオーラと存在感が。


「さっきのこと黙ってもらう代わりに、ちゃんと説明しようと思ってさ。あ、お弁当は食べててもいいぞ。俺たちはクラスのはぐれ者だが、ぼっち飯よりゃマシだろ?」

「大丈夫です。お構いなく」

「……なら手短にいくか。うちの学校、昼は買いに行けるけど、レンジや湯沸かし器は用意されて無いんだ。古賀さんは弁当派らしいが、その辺が不便でな。コンビニでお湯を入れても走って戻れないし手間になる……そこで、実は野球部が内緒で置いた電気ポットを俺も使わせてもらってるってワケよ」

「先生たちはそのことを知らない。だから他言無用、と」

「話が早いな。ついでに古賀さんもここで食べようぜ?」

「事情を知っていて昼食も一緒にとれば、私がチクりにくいですしね」

「へへっ……なんか気が合うじゃん! そういう事だ」

「ならご一緒しますか。そろそろ食べごろでしょうし」


 巨大なカップ麺を見ていることにケンタ様が気付くと、楽しそうに笑いました。カップ麺ってそんなに心浮き立つものかな? 【超高校級のアスリート】には栄養とか健康的に偏っているから、たまに食べる背徳感がいい、とか? インスタントラーメン自体あまり食べないから分からない。鍋のシメとか煮込みうどんの替わりに入れた事くらいだ。


 しかしよく野球部がお湯の使用を許しましたね。

 陸上部エースの彼に恩を売るため……? いや、どちらかというと大会の助っ人に呼びやすくなるからか。1年生の時からラグビー部や水泳部の助っ人を引き受けてましたからね。実績で言えば弱小の運動部が多いなか、個人種目の陸上部は全国大会常連ですし。ケンタ様は困ってる人や部活に力を貸すことが結構ある。だから私は活躍の機会を多く目に出来たワケですが。




 まあ、別に一緒に食べなくたって、私は約束を反故にしたりはしない。でもケンタ様の安心のためだ。この場だけは過分な幸せを嚙み締めるとしましょう。


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