⑫ 何かが起きた夜




 さっきから同じように自分の部屋を歩き回り、携帯の画面を開いては閉じるを繰り返している。サラ様の告白……その一大イベントの結果を待っているものの、我ながら落ち着きませんね。


 サラ様もメグミ様も【七つ星】の面々と遊びに行かれました。私も誘われましたがお断りしています。いきなりモブキャラの私が行っても困るだけですから。

 今日は午前授業でしたので、ボーリングやらダーツに行こうとのこと。七人で遊ばれるのも久しぶりみたいでした。ケンタ様が部活から気持ちを切り替え、友だちと遊ぼうと思われたのでしょうか? 心から楽しんでほしいです。

 

 サラ様からは想いを伝える人が誰、とは言われていませんでしたが【七つ星】の男子4人のうちのどなたか、という事は確実。今は夕食前ですから一通り遊んだ後を見計らっているのかもしれません。

 成功失敗問わず、今夜中には本人から反応があるはず。私がいまそわそわしているって彼女は絶対分かってますから。まあメグミ様がいますので何があってもフォローは万全……ですが落ち着きませんねえ。

 

 久しぶりに本棚の整理をしておこうか? お父さんのコレクションしてる漫画、読み終わったものはそろそろ返しとかないと。ふふ、ぜんぜん文句も何も言わないしこっちに溜まってばかりなんだから……。


 ざざざざざっ

 

 黒い嵐。耳障りな雑音。いつもの未来視の前兆。

 今回は頭の中の映像も暗くてよく分からない……目を凝らすように集中する。




 割れた携帯。

 砕けたスマホケースの欠片。

 じわじわと地面に広がっていく影……影? 




 棚に並んだ本に触れた瞬間よぎったイメージ。

 それが何を意味するかを理解する前に私はサラ様に電話をかけていた。

 携帯から聞こえるコール音。彼女のスマホは壊れていない、

 

 なんでサラ様の携帯だって分かったんだ?

 それは……そう、スマホケースが、いつかのゲーセンに行ったときクレーンゲームで当てたものと同じだったから。サラがどうしても欲しがって、私たち三人で協力してゲットした奴だ。たれ耳犬のキャラケース。

 

 また、嫌な感覚が胸に巻き起こる。

 大切なことを思い出したその瞬間忘れてしまったような。

 何度も何度も携帯を鳴らす。繋がらない。迷惑は承知の上。あとでいくらでも謝る。だから出てよ。とっくに遊びは解散して……たとえばお風呂に入っていたのなら説明はつく。でも、でもさ。告白の結果やどうなったのかを必ず連絡してくるはずだ。サラ様はそういうことを後回しにしない。いまだに信じられないが私に対する優先順位は高すぎるんだ。なのになんで!?


 『お掛けになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が……』


 携帯のアナウンスが流れる。

 私は焦りで、恐怖で、泣き叫びそうだった。悪い想像が現実になっていたらどうしよう。急に電源が落ちた理由が幾つも浮かんだ。考えてもキリがない。にじむ涙を拭い、メグミ様の携帯にもかけてみる。一緒にいるはず。あるいは二人で帰っている途中……しかしコールはずっと続いていく。

 

 携帯を耳に当てながら自分の部屋を後にして、家の玄関まで行きドアを開ける。冬の空にはもう星々が光っている。ばくばくと鳴っている心臓がうるさい。外に出ただけなのに汗が滲んでいた。

 電話に出てくれれば、いつものメグミ様の声で私にどうしたの、って聞いてくれればすべてが笑い話で済む。あんなことは起きてない。起きるはずがない……。


 耳元で音が変わり、通話が繋がった。ああ……良かった。出てくれた。電話越しにかすかな息使いを感じる。移動中? 私と同じか。

 

「メグさ……」

『誰かっ! 誰か来てください! 誰か助けて!』

「どうしたの!? 何が……」


 私の呼びかけに対し全く反応がない。

 というより電話の存在を忘れ、メグミ様は声を張り上げ、何かをしているようだった。動いている気配がある。身体のどこかが携帯に触れた偶然によって繋がっている……? それなら私の声が届いていない説明はつく。でもさ、それってどういうことだ?

 

「聞いて、いまどこに!?」

『……、……!』


 いつの間にか私は走っていた。

 メグミ様の小さな悲鳴や嗚咽は何度か聞こえたが、明らかに返事とは違う。まるで聞こえてない。差し迫った状況……緊急事態なのは痛いくらいに伝わって来る。場所さえ分からないけど行かなくちゃ。まだ間に合うはずだ。、少しでも早くみんなの所へ!


 画面の割れた携帯。

 粉々になったスマホケースと車のランプのプラスチック片。

 じわじわと地面に広がっていく血だまり。 


 はっきりと思い描ける光景を、少しでも自分で変えろ。

 あの運命をそのまま辿って現実になるなら、予知の意味ないじゃんか。

  

『ねえ、起きて! 息してよぉ……こんなの嘘……嫌だよ……っ』


 スマホ越しの声が遠くなる。

 目の前が暗い。何度も何度も頭に未来視の映像が巻き戻って再生される。喉にあがってくる吐き気をのみ込み、涙を拭いながら走る。足を前に出し続ける。私が行ったってもう何もしてあげられることはない。ぜんぶ遅すぎる。知ってるよ。知ってんだよそんなこと! クソッ! 私が、なんで私がそこにいないんだ! 最悪を避けるための……予知だっただろっ!


 通話はいつの間にか切れていた。向こうで救急車を呼ぶために電話に触れたのか、また偶然の操作が起きたのかは分からない。ただずっと、助ける動きを止めることは無いんだろうなと思った。

 メグが諦めた所を……私は一度だって見たことがないんだから。




 ざざざざっ




 何度目かの未来予知。その予兆が背中側から来る。

 ほぼ同時にざらっとしたノイズも後ろからぶつかってくるようだった。いつもとは違う感覚……意識に流れや向きがあるかは疑問だが、確かに予知能力は目や額の先からイメージが飛び込んで来てた。なんで今回だけ? 私がいまも全力で走り続けているからだろうか? 


 反対。あべこべ。螺旋。ぐるぐる。巻き戻し。逆さの未来視。それが少しずつ私の精神へと這い寄って……悲しさに追いついてくる。あっというまに黒い砂嵐が感情を塗りつぶしていって、不思議と何も感じなかった。まとわりつく闇の中で、とうとう私の足は動かせなくなる。


 誰かが叫んでいた。


 聞いたことがある。そして私は知っている。

 その声に。その想いに。どんな意味があったのかを。



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