⑪ 3年生 11月28日 調理実習
はぁ……タカヤ様。
未だに信じられません。【七つ星】のうち私が最も個人的感情を抱いている当の本人が……隣の班で調理実習をしているなんて。
あっという間に家庭科室でみんなで作る最後の自由料理。早いものですねえ。
思えば色んなことがあったなあ。
大きな事件と言えば、ケンタ様が2年夏に地区予選で敗れる! という衝撃の結果が待っていました。ケンタ様はサラ様を始めとする友だちと夏を謳歌するということを良しとせず、陸上部の練習に打ち込んでいました。インターハイ出場を成していないのに遊ぶのは……と考えていたのでしょうね。
3年生に上がる際には別のクラスになってしまいました。
今でも廊下で会えば気さくに話しかけてくださいます。本人曰く3年の夏はインターハイ出れたが、入賞止まりで終わったなあ、と悔しそうにしていました。中距離部門を複数入賞なんて、私にとっては雲の上のさらに上の話なんですけど。
「ユッコちゃん、ユッコちゃんっ!」
「……」
「こっちに集中しよ?」
「ええ、はい。ん……メグさん、切るものあります?」
「大丈夫? 今日は包丁使わないけど」
「最近多いね。ユッコがポケーっとしてるの」
「そうそう。スイッチが入るみたいに、遠くを見てるっていうか……」
サラ様が呆れ、メグミ様が心配そうな顔を向けている。
幸運なことにお二人とは同じクラスで変わらずに友好を深めています。けっこう遊びに行くようにもなりました。ショッピングや音楽ライブに行ったり、舞台を観にいったり。ただの買い食いでも楽しくて……ヤバいです。
毎日が夢のようで……ああ、夢と言えばサラ様がもう一度お菓子作りを真剣にやりたいということで、料理に長ける私たちに相談してくれました。あの時は嬉しかったホントに。また彼女はお菓子職人……パティシエの夢を目指そうと頑張っています。メグミ様も私も惜しみなく知識や知恵を伝えました。
そして今回の調理実習はある意味その集大成となる日。サラ様の作ったお菓子を2人で評価しなければなりません。自信を持たせるために嘘や肩入れをしてしまったら、彼女とその頑張りを侮辱するのと同じ。なので責任重大です。
私は明日も、みんなと仲良く遊んでいたいですから。
サラ様が選んだ一品は、いつか食べに行ったシナモンロールでした。
家庭科の授業の前、休み時間中に生地だけは作って冷蔵庫に寝かす準備までしています。砂糖、強力粉の分量、溶かしたバターと混ぜ具合。これまで失敗はありませんが、料理の味というのはかなりブレるもの……生地の発酵具合にも左右されるから難易度はさらに高い。
そのほか、道具や皿を出したり食材の下拵えは手伝っていますが……あとはほぼ彼女だけで料理を作っています。生地に溶き玉子を塗り、シナモンをまぶして巻くのも全て。あとに残る工程、焼き加減や最後の
「うっし。二度目の寝かしも問題ない。後は焼くだけ……」
テーブル備え付けのガスオーブンに向かうサラを見て、とっさに腕を掴む。無意識の事だ。行動を終えてから首をかしげ疑問に思うほど、何やってんだと自問自答する。
予知能力は発動していない。
似たようなことが前にあった気がする。
指先がじんじんと痺れる感じが強くなった。オーブン……オーブン?
何かが、ここで起きたんじゃなかったか? 未来を予知するだけでなく過去まで視れるようになったとでも? ただの感覚のずれ? 本当にそれだけなのか。
サラ様も不思議そうに首を傾げ返した。
「どしたのユッコ」
「え、えぇと……特に他意はないのですが」
「不安? あたしが失敗するかも、って考えてる?」
「そんなことない、けど」
「確かに緊張してる。舞台のオーディションだってここまでじゃなかった。でも怖くないよ。ユッコたちが教えてくれた経験や時間が台無しになるかもって恐怖に比べたらさ。温度と焼く時間を秒単位で気をつけるくらい、どうってことない」
サラ様が私を安心させるように笑い、シナモンロールの生地をオーブンに入れた。温度の調節をした後、時間も携帯で計ってはいますが実際の焼き上がりはガラス越しで見ての判断。……やっぱり杞憂か? シナモンのいい香りが漂ってくる。
未来予知。この特別な力に感謝はしている。
とはいえ最近は未来が視えることも少なくなっていた。私たちの周りでトラブルもほとんどない。あっても私が人知れず防いでいるし……クラスも平和そのもの。だからこそ分からない。なんで私の手が、勝手に動いたんだ?
真剣な表情でオーブンを見つめるサラ様。
その後ろで後片付けをしながら様子を気にかけているメグミ様。
タカヤ様の神経質っぽい、ピリピリした顔もステキです。特に今日は調理自由で、好き勝手ふざけている班もいますからね。クラス全体をそれとなく見ているという点では、メグミ様と同じ。厳しさと優しさ、表情の差はありますが。
家庭科室を一通り眺めて見ても、棘のように刺さった疑問は解けなかった。
* *
「どう? 上手く再現出来てる? あの時3人で食べた味に、近付けたと思ったんだけど……食べてみてよ」
サラ様が三角巾を外し、亜麻色の髪を落として聞いてくる。
私たちが食べる前から周りの注目を集めています。他の班でスイーツやデザートを作った所はないので猶更でしょうか。何より甘くていい匂いですからね。
形、焼き、香り……この時点で合格をあげたいのですが、そうもいかない。
やはり食べねば。食べて正しく伝えないと。
生地のサクサクした食感、風味、甘み、シナモンの効き。
「ユッコちゃん、これって」
「ええ。味の再現は出来ていません」
「二人が言うんなら、そうなんだね……ダメかぁ」
「違います! 逆ですよ逆」
「え……?」
「市販のものより美味しいってことです」
「うん。作り方が丁寧たからかな? なめらかさが味を引き上げて……」
「ホント!? やった! 本当だよね?」
評価を遮ってサラ様が驚きの声を上げ、不安な顔がぱっと明るくなった。事情を知ってる人も知らない人も、拍手と賛辞を贈っている。今は言葉なんてなくていい。感情を爆発させる彼女をみて、メグミ様と目で意思を交した。
しばらくしてもまだ感情冷めやらぬ表情で、サラ様が私たちに向き合う。
「生地を寝かせる時間がさ、完璧に決まったんだっ! 神がかってたレベルで上手くいったし。ね、焼きも味付けも良かったってことでしょ!?」
「はい。正直ここまで美味しいとは予想を超えてました」
「冷蔵庫とオーブンも使い慣れない、環境的に厳しい本番一発勝負なのに……味の精度がぴったり嵌まってた。これはちょっと……私やユッコちゃんじゃできないかも」
メグミ様の言う通りだ。
特に焼きや味付けは調整が効くけど、生地を冷蔵庫で寝かせる時間に関して、レシピは参考でしかない。発酵の加減、熟成具合は……それこそ地味な試行回数と練習で覚えるもの。
まるで何度も何度も失敗を繰り返したみたい。彼女はきっと夥しい数の試行錯誤を続けたのだろう。偶然や奇跡なんかじゃない。自ら掴んだ感覚が実を結んだのだ。
サラ様はスイーツの職人、カフェやパティシエ系の専門学校への道に行くかを迷われていましたが決心がついたような、そんな目をしています。本来持っていた自信を取り戻したって感じの。
ふふ。古賀優子は知っていましたとも。
私と違って未知の一歩を踏み出せるだけでなく、例え挫折したって別の夢をまた追いかけられる強い人だということを。サラ様なら、どんな道でも大成するって信じています。そんな貴女の力になれて本当に嬉しい。
「ひえぇ……」
「サラちゃん?」
不意にサラ様が首に手を回して抱きついてきた。反対の手はメグミ様へ。3人の顔がぐっと近付く。
「ユッコ、メグ……二人がいたから自分を信じられたよ。また夢へ向かおうって気持ちにさせてくれた」
「えへへっ」
「サラ……」
「ありがと……料理だけじゃなくてさ、いつもそう思ってるから」
サラ様。泣かせないで、ぐださい゛よ……うぅ。
顔がにやけようとしているのに感動の渦でそれどころじゃない。感謝を伝えたいのはこっちですよ。1年生のとき学校を辞めずに済んだのは、登校を続けられたのは貴女のおかげなんですから。
メグミ様は普通に笑っているけれど、涙を溜めているのが分かりました。上手くいって良かったですマジ本当。
これでサラ様の今日もう一つの大イベント……好きな人への告白にも弾みが付いたと言えますね。お相手が誰というのは私たちには言っていません。でもこの後、想いを伝えるのは確かです。頑張ってサラ様……!
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