⑩ 2年生 5月19日 教室の外の分水嶺
まずメグミ様がサラ様と話をよくするようになり、仲が良くなりました。サラ様も意外と遠慮なく言いたいことを言うメグミ様のことを認めていて、傍から見てもいい関係になっていると思います。まさにサラ様に必要だった対等な同性の友だち、って感じです。空いていたピースがぴったりとハマったような……。
それとは対照的にケンタ様が昼休みになると他のクラスへお弁当を食べに行き、マンガもそちらで読むようになりました。本人曰く『6月からのインターハイ予選に向けて集中するため』だとか。確かに朝練も放課後も真剣に練習に打ち込んでいるのをよく見ます。
なんとなくですけど、ケンタ様は自分がいなくてもサラ様が楽しくやっていけるかしっかり見届けてからクラスを離れた気がします。幼馴染が孤立していては部活に専念できない……ケンタ様は一件大雑把に見えて神経質というか、心配する性格でもありますからねえ。私がサラ様に相応しいか彼なりの線引きで試されたこともありますし。
そして私は……。
「ねえユッコ! シナモンロール美味しい店が隣町に出来たんだって」
「そ、そうですか」
「放課後行かない? メグもさ、部活休める?」
「もともと休みだから行けるよ、三人で」
「ええと、私はその……」
「ユッコちゃん、一緒に食べに行こっ!」
なぜか以前よりもお二人と親密になって日々を過ごしています。
……おかしいですねえ。メグミ様とサラ様がくっつけば私が弾かれるのは必然と思っていたのに。
メグミ様が私の手を取る。
かわいい女の子の匂いというものがあるとするならば、確実にここに存在した。そんないい匂いを振りまいてメグミ様が見つめてくるんですよ? そしてサラ様の美しい顔が三人で行けることを楽しみにされている。断る理由を思いつけますか? 私にはとてもできない。人はただ頷くことしか許されていないのです。
「は、はひ……」
「うっし決まり! けっこう人気らしくて並ぶかもだけど」
「あ、帰りにゲームセンター寄って遊ぼうよ!」
「ゲーセンかあ。いいねメグ」
まあ今日はバイトもないですし。お父さんも帰りは遅いですし。
美味しいお菓子を一緒に食べる……サラ様とメグミ様と? にわかには信じがたい。こ、こんなことが許されていいんですか? 1年生の頃の私に今の事を話しても、妄想乙と呆れられるだけでしょうね。
生きていれば。贈り物のようないいことが踏み出した先に点々とある。
それが私の人生哲学、だったはずですが……こうも良いことがありすぎると反動というか、思わぬ落とし穴があったりしないか不安になります。
これってぜんぶ私の部屋で見てる夢だったり。へへ……
お二人と休み時間におしゃべりをしながら、そんなことを想うのでした。
* *
「お、ユッコ」
放課後の廊下でばったりケンタ様に会う。
スポーツバッグを背負う姿、鍛え抜かれた長身の体躯。これだけ近くの真正面だと人によっては威圧感を与えるかもしれません。
「今から部活ですか?」
「ああ。そっちは遊びに行くんだろ? サラから聞いてる」
「そうです。サラとメグさんと」
「シナモンなんとかってドーナツ? 食べるって話だっけ。あいつに持ち帰り頼んどいたよ。俺も甘いモン欲しいし」
「ケンタも行ければ良かったんですが」
「部活あるし野郎一人いたって暑苦しいだけだろ」
「そんなことないです!」
「……ホントにお前は裏表がねえよな」
日焼けしたケンタ様の顔が、嬉しそうにくしゃっと丸まる。
サラ様と言い合っている時にたびたび見せる表情。
いつも授業中は同じ教室にいるはずなのに、不思議と懐かしさを感じた。
「ユッコの弁当が恋しいよ。生姜焼きとかさ、あと煮物があんま好きじゃなかったんだけど……お前が作ったやつだけは割と食べられるんだ」
「ふふ。味付けが他と違いますからねえ」
「俺もインハイ終わったら遊び倒すからな。夏は海とか行こうぜ!」
「海ですか?」
「おうよ。花火とか、かき氷やスイカ食ったり……楽しみだ」
海……水着とか着るのかな?
一瞬気持ちが沈みかけたが、花火やアイスをみなさんと食べる光景が思い浮かんで来た。その次にケンタ様を始めとした【七つ星】の御方々の水着姿がイメージされる。サラ様の抜群のスタイル。メグミ様のかわいらしいお姿。タカヤ様は……
ざざざざっ。
頭の中に雑音が響き、砂嵐が巻き起こる。一瞬の暴風が去ると何かが視えてきた。優しく微笑むケンタ様と……廊下の奥でサラ様が手を振っている。この後すぐに起こる未来の光景。
これは警告だ。そう私は判断した。
未来予知という力に目覚め、大切な場面をその度に教えてくれている。
いま私がいる位置と場面は鼻歌気分で立っていてはいけない。
幾つかの道から一つを決めて、選ばなければ……気を引き締めて真剣に。
「ん? どしたぁ?」
「いえ……みなさんの水着はなんだろうな、と」
「気が早いな!」
「楽しみにしてます」
「俺も地区予選をまずクリアしなきゃだし、気合入れて……お?」
ケンタ様が振り返る。
廊下の向こうでサラ様が私たちの名前を呼び、手を振っていた。
「サラが待ってるみたいだ。楽しんで来いよ」
「……えっと」
「んん? 心配事か?」
「ケンタも……その、一緒に……」
「ドーナツ持ち帰り、買ってきてくれんの期待してるぜ!」
ケンタ様は優しく笑い、走っていきました。
引き留める理由はない……そのはずなのですが。あっという間に校庭側の棟に向かっていく彼の方から目を離せず、いくら後ろで私の名を呼ばれても、身体が動かなかった。
音も風もなく、頭の中の砂嵐で足が埋もれているような……
焦ったり不安になる理由なんて、何一つ浮かばないのに。
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