⑤ 運命のクラス替え




「あれ……? おかしいな」


 クラス替えの張り紙を何度見ても結果は同じだった。

 もちろん自分の名前はすぐに見つけれられた。ただ全クラスを端から端まで探しても、あいつらの名前がどこにもない。


 私の動揺と似た反応をする人が集まって話している。聞き耳を立てた感じだと彼女たちは退学になったらしい。成績や出席日数が足りなかったからだとか言っていた。たしかにあいつらは頻繁にサボったり早退して遊んでいたが……私は春休みに教室をメチャクチャにした件で退学処分になったんじゃないか、とも考えたが逆だった。

 3月の時点で退学が決まっていたからこそ、あいつらは春休みに暴れたんだな。私に教科書とか体操着を家に運ばせて何にもなくなった教室と、事情を知らない私に自分本位のイライラをぶつけた……あの日の真相はそういうことらしい。


 1-6の人たちはホッとしてるみたいだ。もうあいつらの意味不明な癇癪に怯えることも無いんだからね。マジで今日学校行けて良かった。休んでたらずっと分からずじまいだったかも。

 気持ちを切り替え、改めて自分のクラスの名前を見る。


「あれ……? おか……えぇ?」


 さっきより大きな衝撃と信じられない気持ちがかき混ざる。

 クラス替えの張り紙を何度見ても結果は同じだった。まさか、そんな……


 サラ様。ケンタ様。メグミ様。


 私が個人的に推している学年の最上位の七人の男女【七つ星】のうち、御三方が自分のクラスに集結している!? ゆ、夢じゃないかしら。朝から抱えていた不安は春の淡雪のように消え、七つ星のうち三つも我が教室で輝きを放つことになろうとは。この古賀優子には思い描けませんでした!






 *  *






「沖島沙羅。よろしく。趣味は……、趣味……ああ、うん。今は探し中」

折原おりはらめぐみです。趣味は料理を作ることです。あ、あと折り紙も子どもの時から得意かな? 今日からよろしくお願いします」

「長谷川健太。ハセケンとかケンタって陸上部じゃ呼ばれてる。趣味はランニングと読書だ。今年も体育祭、盛り上げていこうぜって事でよろしく!」


 新しい担任は知らない先生だったが、自己紹介も趣味とか言いやすいようにフォローを入れてくれて好印象だった。やっぱり御三方の紹介が耳に焼き付いていますねえ。特にメグミ様の料理が趣味というのは親近感が爆沸きです、ええ。ケンタ様の読書はたしか週刊少年誌や青年誌、マンガを好んで読んでたのでその辺ですかね。新情報も逃さずチェックできました。初日から幸先がいい。

 私の自己紹介は……まあ、先生がいてくれて助かりました。


 メグミ様もよろしくね、と適切なタイミングで私やクラスメートに声を掛けてくださり終始円滑にHRホームルームは進みました。その後の大掃除一つとっても彼女は意欲的に取り組んでいて……料理だけではなく家事全般が高レベルでこなせる、と私は大変感じ入りました。さすが【超高校級の母性】です。私がひそかに二つ名を付けているだけですが。

 

 下校の時間になっても帰らず図書室で時間を潰し、新入生もいない静まり返った1-6の教室に入る。扉のガラスも、机やいすも元通りになっていた。私も片手ながら血まみれの床は拭いていたけど、これなら安心だ。クラスをぶち壊していったあいつらもいない。それを実感してようやく私も一息つき、胸をなで下ろす。

 

 突然ざざざざっ、と頭の中に雑音が響く。砂嵐が去ると何かが視えた。

 

 これは……教室?

 いま私が立っている場所とは微妙に違う。たぶん2年生の新しい教室だ。サラ様が机に向かってプリントの束を難しい顔で解いている。

 意外な一面だ。春休みの課題をやっていなかったのかな? でも、数学ってプリント出てたっけ? 専用のノートに書くタイプだったけど。クラスごとで違う訳もないし……。


 気付けば自分の教室へ歩き出していた。タカヤ様に告白をしようとした時そっくりの……鮮明に浮かび上がる頭の中の光景。サラ様がいないのならただの杞憂。単なる私の妄想で話は終わる。それでいい。


 理由はどうあれ私の中のサラ様は困っていた。手を貸せるならほんの少しでも助けになれ。例えば誰かに課題をやらされていたとしたら、絶対に見過ごすわけにはいかない。


「どこ……見れば……解け、難ッ……」


 まるで未来予知のように、寸分違わず彼女は椅子に座っていた。他には誰もいない教室で、ぶつぶつと独り言を漏らしながらもプリントにペンを走らせている。私は生まれて初めてと表現していいくらい奇妙な感覚になっていた。なにせ頭の中のサラ様も頭の外のサラ様も、等しく重なって困っているのだから。

 私ごときが声をかけるなど迷惑とも思ったが、意を決して足を踏み出した。


「ああもう! ケンタのやつ、少しは居ろっての……」

「沖島さん。どうかしましたか?」

「は? 誰?」


 切れ長の瞳でこちらを睨むサラ様。

 苛立ちをぶつけるというより、関わって来るなって感じの態度だ。


「こ、声が聞こえたものでつい……その、すみません」

「ああ聞こえてたんだ? 別に何でもないから」

「そうですか。ならええと、すみませんでした余計な……」

「分かったんなら帰れば?」

「ええはい……」


 取り付く島もない断崖絶壁さ。

 一人でいる時のサラ様は本当に拒絶のオーラが半端ない。せめて仲が良いとされるケンタ様がそばに座っていればまた違ったかもしれない。それなら始めから困ってはいないだろうけど。

 本人の要望通り、可及的速やかに退散することにする。扉に向かう背中を刺すような視線が……うう、見られてますね最後まで。


「ねえ」

「は、はい」

「あんた数学って得意?」

「だ……」

「だ?」


 ダメです数学は苦手で、なんてホントのことは言えない。

 せっかくサラ様が私に聞いてくれているんだそれに。頭の中の映像では辛うじて教えられそうな範囲だってのもある。サラ様たちには毎朝学校へ会いに行きたいって希望を与えてくださったんだ。

 私だって。力になってあげたい……強い気持ちと言葉で頷きたい!


「大得意です!」

「……へえ。言い切れるんだ」

「お任せあれッ!」

「すごい自信。じゃあどの公式を使うかだけ教えてくれない?」

「はい、まずは教科書の二章を……」



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