④ 2年生 4月6日 始業式の朝
本棚の前でたれ耳犬の絆創膏を外し、指先をじっと見つめ続ける。
傷は大分良くなっていた。ふふ、さすが私にとって霊験あらたかなキャラ絆。治りが違う。絆創膏を頂いたこともあり、思い込みの力……自己治癒力が高まってたのかもしれませんね。
はぁ……タカヤ様。
血の付いた絆創膏を机の上に置き、甘い幸せの余韻に浸っていると、応急処置関連の本を片手に抱えていることを思い出した。どうやら一週間前の出来事を振り返り過ぎてたらしい。それだけタカヤ様が助けてくれたあの場面は私にとって奇跡であったのだ。集中もするだろう。
晴れやかな春の気持ちのいい朝。雀だって鳴いている。私もそろそろ学校に行かなくちゃ。大丈夫……大丈夫だ。指の傷は治った。嫌なことは永遠に続かない。楽しみがどこかに、贈り物のようないいことが踏み出した先に点々とある。私の高校生活はいつもそうだったじゃないか。
応急処置本の切り傷のページを閉じて本棚に押し込み、鞄を用意する。二年生になっての初日、気持ちで負けずスタートで転ばないようにしないと。
* *
通学路を歩き学校に近付くにつれ、次第に次第に足が重くなって来た。
体調不調、というより単純な理由。学校に行きたくないんだ私は。込み上げてくる気持ちの悪さと吐き気。ふさがりかけた指の傷がずきずき痛む。
痛みが引き金になって一週間前の最悪な場面が頭の中に蘇る。
春休み。あいつらに呼び出されて学校へ向かい、溜まった教科書やプリント、私物の荷物持ちを何度もさせられたことを。あいつらの家とかアパートはあまり記憶に残ってない。同性だったからか従ってさえいれば陰湿な言葉の暴力を浴びせられるだけで、せいぜいがパシリやタバコの見張り程度。そのはずだった。あの日は違った。
教室に戻るなり机や椅子を蹴り出したので、つい静止の声を出してしまって頬を叩かれた。倒れた後に蹴られたか踏まれたかした。少なくとも四回。何とか立ちあがった時、椅子を投げつけられた。
すぐ後ろの扉に当たって、ガラスが砕け散った。辛うじて顔には当たらなかったけど、かばって前に出した右手の指がすっぱりと切れた。
あいつらは死ね、とかばーか、とかセリフを吐き捨てると、逃げるようにして教室を出た。血がぼたぼた滴り、割れたガラスと教室の床を打ち、音がなって汚れていく。反対の手で抑えるが止まる気配がない。
教室にあんまりいい思い出はないけど。それでもここで授業を受けたりお弁当を食べたりしたんだ。机や椅子は元に戻せるとしても、新一年生が来て割れたガラスや汚れた床の痕跡に気付いたら、入学したての晴れやかな気持ちが台無しになる……そんなことを考えていたっけ。
血が垂れないように廊下の流し場まで行き傷口を抑えてたら、偶然タカヤ様が来てくれたんだ。今でもはっきりと思い出せる。
「大丈夫か? ……何があった?」
タカヤ様の声に咎めたり疑いの気持ちはなく、純粋に心配しているのが分かると涙がぽろぽろと零れた。
思えばあの時……奇妙な感覚があった。止血が済んでキャラクターの絆創膏をもらった時。私は感謝を伝える以上に胸の奥に隠していた彼への気持ちを言いかけていた。タカヤ様の優しさをただ一身に受け、彼への熱が暴走しかけて……。
不意に頭の中に砂嵐が巻き起こり、ほんの数十秒先の場面が浮かんだ。私が勢い余った告白をして、タカヤ様がひどく迷惑そうな顔をするのを。夢とか妄想とかそんなレベルじゃない。実際に起こると確信できるくらい、ぞっとするほど鮮やかな光景。
水をぶっかけられたような思いで一時の熱が冷めていき、どうにかお礼だけを伝えるだけで済ませられた。今考えれば頭がどうかしてたんだ私は。うかれてて舞い上がってたっていうか……タカヤ様に迷惑かけるなど不届千万。心のどこかで精神的なブレーキが上手くかかったのかな? あの予測はマジで私の中の神懸り的なミラクル。
「はぁ……タカヤ様」
頂いた絆創膏、ファンシーでかわいかったです。ふふふ。たれ耳犬のキャラクター絆が、私のトラウマを軽くすることまで見越していたのだとしたら大した効果を生み出していますよ。最悪の傷はすでに最高の思い出で上書きされているんですから。
高校の門を踏み越えるとたくさんの生徒たちがいた。学校に入らずに集まっているのは新学年のクラスを貼りだした紙を見ているからだ。
知っている人たちが一喜一憂している中で、私の心臓は徐々に速くなっていった。あいつらと同じクラスだったら? 1年生の時と心構えは変わらない。
部活で、行事で。あるいは学業やただクラスにいるだけで輝きを放つ、特別な人たち。その七人の活躍を見ている時だけは辛いことを忘れられた。彼ら彼女らを心の中で応援している間は弱い自分のことを嫌わずにいられた。だからきっと耐えられる。
でも。
タカヤ様と同じクラスで、あいつらも一緒だった時はどうする? いじめられる情けない姿をタカヤ様に見られてしまったら。私は死……なないまでも、学校を辞めてしまうな。たぶんそこが私の譲れない線なんだろう。
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