③ 何も見えない夜




 夕食の片付けを終え自分の部屋で一息つく。手が乾いているのを確認して、犬のキャラクター絆創膏を慎重に指に巻いていった。学校で心配してくれたサラ様の厚意。ありがたく使わせて頂こう。


 目を細めて絆創膏を眺めながら学校での日常、過去を思い返す。

 未来予知の力を得てから本当に色々あったな。特にこの3年生になってからだ。【奇跡の七人】が集結するというミラクルが起き……私も同じクラスという信じられない事態だったっけ。本当にいいクラスだった。タカヤ様やサラ様がまとめてくださり、心穏やかに過ごすことが出来た。


 ただ夏休みが終わってから……11月末まで頻繁に未来予知が起きてる。最近のペースは異常とも言えるくらいだ。今日だって二回も予知が発動した。私の能力はほぼ学校限定、それも、かつ私の行動で大きく結果が変わるような時だけ。


 始めはもっと些細な……私が介入しても大した差のない事ばかりだった気がする。授業で先生に指されないとか、雨に濡れないようにするとかその程度の。


 予知した未来を視て、良くないものを何度も避けるうち、クラスメートからは距離感関係なくつぶやいたり行動しちゃう変な子、って印象を持たれてしまった。仕方ないけどね。だからさり気なく周囲の行動や意識を変えたりすることだけは上手くなったし慣れたと思う。


 でも調理実習のガスオーブンで事故なんて、一歩間違えば大惨事だ。サラ様は不幸体質というか、そういう星の下に産まれたとしか言えない貧乏くじをよく引く印象を受ける。飲んでたペットボトルのジュースがこぼれて制服にかかったり、階段近くで転げ落ちそうになったり。今回も顔や髪が燃えるところだった。本人の自覚しないところで私が処理しておりますが……うーん。


 作為的な感じもちょっとはあるかも。

 サラ様が恨まれたり嫌がらせを受けている可能性。しかし彼女に限ってそんなことは考えにくいんだよね。確かに【超高校級の美貌】を持ち、性格的に好き嫌いははっきり分かれるし味方も敵も作るタイプではあるけど。


 沖島おきしま沙羅さらは孤高のトップじゃない。マジに強力な六人の仲間がいるんだ。

 良からぬことを企てる気持ちすら沸かないぞ。私なら。


 彼ら彼女らの仲が表面上だけで、水面下ではサラ様をいじめたり嫌がらせを……なんてのも邪推でしかない。教室でケンカはするし価値観が衝突もしてなお、くっつくメンバーだから【奇跡の七人】なんだよ。この呼び方誰が始めにしたのか覚えてないけどさ。


 いじめや嫌がらせを受ける人なんてのは、弱くて情けなくて、それでもって運がない人だけがモノだから。未来予知なんて無くてもはっきりと分かる落とし穴でしかない。そこにハマるのは……トランプのババ抜きで印が付いたジョーカーを敢えて引くような、そんな救いようのないマヌケだけだ。


「サラ様は本当に心が強くて優しいんだ。私とは違う」


 指先の犬のキャラクターを見て呟く。意識するとまだ少しヒリヒリする。料理や勉強とかは支障なくできそう。しかしサラ様から頂いた絆創膏を貼ったからには、完璧に治さないと。もう少し冷やした方がいいのかな? 寝る前には湿布を貼るとか。


 本棚から応急処置関連の本を取り出す。元々は仕事でケガの多いお父さんが持っていた物で、一度参考にしたページには父が付箋をしている。骨折、打撲、切り傷、火傷。この辺だ。


 本をめくった時、紙がひらひらと落ちる。

 なんだろう? しおり……いや、メモ書きか?


【失敗:バンソーコ ケース 水筒 絆創膏 上着 アクセサリ ペンケース】

【底なし沼も沼 想像の落とし穴 信じて ふみぬけ】


 私の字だ。かなり支離滅裂な走り書きだけど。焦り? 緊張した感じ。この本にメモとか挟んだ覚えはない。もちろん書いた記憶も。いつだ、いつ……記憶を探る。何にも分からないし思い浮かばない。


 不意に頭の中にノイズが走る。

 自分の家で予知が発動するのは、本当に数えるほどくらい。私が家ですることは掃除や料理程度で、大きく運命が変わることはまずありえない。吹き荒れる砂嵐が去っても、浮かぶ映像は黒く塗りつぶされたままだった。そしてなぜか血の臭いが思考の底にこびりつき、同時に黒い影もじわじわと広がっていく。


 何してる? 足を動かすんだよ。行け。探せ!

 予知能力が発動したんだ。私が何とかすれば最悪を踏み抜くことはないんだ。

 はやく、の所に行かないと。


 みんな? ミンナって? どういう……


 誰かの顔が思い浮かぶ前に、視界すら真っ暗になって、意識が飛びそうになる。

 心を強く持て。自分ならできるって信じろ。人生の落とし穴なんて……避けてしまえばそれだけ。誰も傷つかずに済むのに。


 私が。誰かに。向き合って言うんだ。何とかしなくちゃ。

 少しも分からないけど記憶を辿らないと。未来予知よりもずっと簡単だ。

 逆をやればいいだけなんだから。ひたすら辿れ。過去を。思い出せ、必ず。




 誰を……何を?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る