② 放課後の廊下




 保健室から出て教室に向かう前に、水飲み場で右ひとさし指の具合を確かめる。もらった保冷剤を離すとまだ赤くてヒリヒリする。でも水ぶくれにならない火傷で済んだみたいだ。

 念のためもう一度だけ水で洗い、ハンカチで拭いて保冷剤を握り込む。冷え過ぎても良くない気がするが、今日は午前授業で学校は終わりだから平気だろう。調理実習で青椒肉絲を食べたから家までお腹も減らないし。


「ねえ」

「はい? ってえええサラ様!?」


 しまった御前おんまえで様付けを……き、急に近くに来られたのでつい。しかし眉をひそめたサラ様も美しい。が申し訳ない。すぐに訂正しないと。


「サラ様? なにその呼び方?」

「いえいえ私に用事ですか、沖島さんッ!」

「はぁ。別にいいけどさ何でも。で? 傷は?」

「傷? ああ火傷……」

「大丈夫なの?」


 私の指先を覗き込むアングル。

 胸でかっ。近! 顔ちいさっ。作りが違う。人? それとも女神なのでは……? 

 

「わわわ、つ、つばでも付けとけば平気ですこんなの!」

「ふぅん……」


 サラ様すみません。

 その角度のまま見上げてもらうの、やめてもらっていいですか? う、美しすぎます……。そして滲みだすエロス。尊顔料、お金取らないと詐欺ですよ。お財布と貯めてるバイト代、飛ぶ。全部。


 流れる亜麻色の髪も変わりなく何より。

 髪は女の子の命だから、ほんの少しでも焦げなくて良かった。

 私でさえあの未来と同じことになったら、死にたくなると思う。


 それに自分のこと笑われたけど、バカにするような感じじゃなかったし。みんな、指のケガを何でもないように和ませてくれたし。いや、マジでいいクラス。こんなクラスに私いていいのかな?


「これ使ったら?」

「へあ!? 絆創膏? ど、どどどうも……」

「火傷したことないから、要るかわかんないけど」

「使わせていただきます!」

「声でかっ」


 私の無駄に大きな声にサラ様は呆れて距離を置き、そのまま背を向けた。じゃあ、と言うように手をひらひらさせて見せ教室に帰っていく。


 ふふ、古賀優子は知っていましたとも。

 サラ様が親しい友人にはとことん心を許すだけでなく、その線の外側……私のようなクラスメートにも心を配れる慈しみを持っていることを。名誉の負傷に絆創膏まで頂けるとは、有難き幸せ……!


 ぼんやりとサラ様の後ろ髪に見とれていた瞬間。

 再び予知の映像が頭をよぎった。


 砂嵐のザリザリした感じ。これは……カラオケ? 【奇跡の七人】の面々を、私がめっちゃタンバリンや合いの手で盛り上げている!? 火傷した手で水滴の付いたグラスを持ち、私が御前で歌を披露している。

 この思いがけない予知は、つまり……


「あ、そうだ。古賀って言ったっけ。このあと……」

「このあとは予定が詰まっていますので! 失礼します!」


 サラ様の、恐らくはカラオケの誘いを先回りでお断りする。

 教室から出てくるタカヤ様たちから遠ざかるように、廊下を走り階段を下りる。


 ふう。危ない所だった。

 奇跡の七人、その御方々と遊ぶなど恐れ多すぎる! 


 学校玄関、自分の下駄箱ロッカーで鞄を教室に置いたままだと気付いた。まあ、教科書とノートくらいしか入っていないから、このまま帰っても問題ない。あのグループに会ってまた余計な未来が視えても、困る。


 靴を履き替えようとして、思わずニヤついた。サラ様から絆創膏を貰えるなんて夢じゃないかしら。よく見るとキャラクター絆創膏だった。たれ耳の犬のキャラが人間っぽく庭で休んでいる絵……。あれ、このキャラクター。


 それをみて口がきゅっと閉まった。緩んでいた心がざわついて揺れ動く。


 

 タカヤ様に想いを告げなくて良かったんだ。

 あの時に使えるようになった未来予知の力は、舞い上がった気持ちのまま暴走したらどうなるかを事前に教えてくれた。神様がくれたのかは分からない。なんでかも知らないけれど感謝している。この予知能力が、行動せず後悔もしない道を示してくれた。だから私は心に決めたのだった。




 初恋にネタバレあり。

 同時に未来予知にも目覚めたので告白はしません、と。



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