初恋にネタバレあり! 同時に未来予知にも目覚めたので告白はしません!
安室 作
① 3年生 11月28日 調理実習
はぁ……タカヤ様。
ウチの高校、同学年の才能トップを集めたような男女【奇跡の七人】が同じクラス……というか隣の班で調理実習をしており、その中でもタカヤ様は際立って光っています。
秀でたルックスはもちろん、頭の出来が凡人の私たちとは違う。校内模擬テストでも上から一桁を外したことがありません。かといって偉ぶることもない。その眼鏡の奥、知的な瞳。下賤な者には近寄り難い品格がありつつも、慈悲深き印象を私の心に抱かせます。タカヤ様の落ち着いた低い声、いい。
教室の休み時間、席に座って小説を読まれている御姿も至上ですが、今のように最上位グループの楽しそうな雰囲気の中で『包丁を持った手でふざけるな』と、呆れた顔で笑う表情……これもいい。
「古賀さん、古賀さんっ!」
「……」
「危ないからこっちに集中して!」
「ええ、はい。ん……ピーマン多く切りすぎました。他に切るものあります?」
「実習なんだから私たちにも切らせてよ!?」
ふう。頭と手を同時に使ってました。
まあ包丁にはちゃんと集中してましたから。チラチラ見てただけですから。
あれ、塩とか調味料も計量してある。開いた家庭科の教科書通り、きっちり班の人数分だ。ならもう下準備はほとんど終わってるな。つまり後はフライパンを使うまで頭と手がフリーになるということ。
「用意が早い。いつの間に……」
「いや古賀さん、だいぶボーっとしてたから」
「な、なるほど」
食材の水分が出るから、軽く塩とか味の微調整が要るかもだけど。まあそれは火を通して盛り付け前の味見で出来る。そんなことより隣だ。
今回、高校3年生最後の調理実習ということで、それぞれのグループで好きなものを作るということでしたがタカヤ様の班は……スライスしたパンの上に野菜やチーズ、生ハムを乗せる一品のようですねえ。名前は知りませんが前菜の王道って感じです。まさに【奇跡の七人】に相応しく陽キャ……オシャレな感じが溢れてる気がします。自分の班の青椒肉絲を悪く言うつもりはありませんが。
おお、切ったパンをトーストする工程に入りました! 校内、いえいえ全国屈指の美貌を持つサラ様がパンをオーブンに入れようとしています。1年生の時アイドルにスカウトされたとの噂のあるサラ様。美しい。三角巾で長髪をまとめているいつもと違う姿もまた格別。ああ! そんなにしゃがまれてはスカートが……
その時。
自分の頭の中にイメージが入り込んできた。ノイズの混じった砂嵐。いつもの予知。いつの間にか使えるようになった力。すぐ近くの未来が視える能力。
各調理机に備え付きのガスオーブンを開けた瞬間。ぱちぱちした火と熱風がサラの目の前を逆巻く。彼女はとっさに身体を引いたように視えた。顔を手で覆って叫んでいる。怒っているような、痛みに耐えるような震えた声。すぐ周囲に人が集まって空気が張り詰める。美しい亜麻色の前髪がところどころ焦げて……タンパク質が焼けた嫌な臭いが漂う。
そんな……うそでしょ?
「古賀さん? また?」
「あっハイ。味付けですか?」
「いや、焼く人どうする?」
「焼ける? だめっ!」
「そ、そんな顔しないでよ、ただ炒めるだけじゃん」
「……そう、ですね、お任せします」
不思議そうな顔をしている班の面々をよそに、真剣な目を隣に向けた。
オーブンにパンを入れ終わり、サラ様が立ち上がる。なら、次か? 次に開けた時にあれが起きてしまうのか?
私はサラ様たちの班、そのテーブルを改めて見回す。包丁やまな板、野菜を洗ったボウル、生ハムの入った平べったい袋、オリーブオイル。
もし、パンにオリーブオイルをあらかじめ塗っていたとして、火花や熱風が起きるかは分からない。オーブンの中の焦げや汚れ、ガス管の不具合。原因になり得るものはいくらでもあり、そこを突き留めるのが惨劇を回避するのに必要じゃない。要は……サラ様にオーブンを開けさせなければそれで済む。何度もやっていることだ。
日常に潜む落とし穴なんて……向こうからは来ない。動かない。わざわざ嵌まってしまうのは誰の目にも見えないからだ。でも、私だけは直前で気付ける。ほんの少し進む未来を変えれば不幸に沈むことなんてない。ここにある幸せを手放さずにいられるんだ。私と私のクラスは。
サラ様がタカヤ様たちとお喋りをしながら三角巾を外した。ぱさりと流れ落ちる亜麻色の髪。あとはパンを取り出すだけ……少なくとも彼女はそう思っている。ここだ。声を出せば、サラ様を止めれば。誰も落とし穴に気付くことなく何も起こらない!
サラ様の手より先に、自分の指がオーブンのガラス扉に触れる。
たぶん最も確実で紛れのない方法。第一私なんかが声をかけるのは恐れ多いし、肩に触れて制止させるなどありえん暴挙。そのまま取っ手部分に力を込めて開かないようにしつつ、反対の手で温度調節のつまみを回して火を止める。
「は? 邪魔なんだけど」
「ええと、あのですね、あとは余熱でも十分でして! ゆっくりぃじっくりとぉ焼いてですね……へへっ」
「何こいつ。うざ」
切れ長のサラ様の瞳、その視線とお怒りの声を頂きながらすみませんすみませんと頭を下げる。自分の口から情けない笑いが漏れるほどに御尊顔がどんどん険しくなっていく。仏さまの顔は三度までですがサラ様の顔は一度で終わりですハイ。無作法お許しあれ。
ああ、タカヤ様も見かねてこちらの様子を伺いに来ました。
「おい」
「も、もう少しだけお待ちを!」
「いや……熱くないのか、指」
「え?」
タカヤ様の言葉の意味を解する前に、目と意識が指に向かい……
「あっつ! のぉぉ!? あつあづあづぅぅぅ!?」
焼け……熱ッ!?
急いで自分の班の流し場に駆け込み、流水で手首より下を冷やす。
扉の取っ手の部分、ガラスに近い所のじりじりとした熱に気付けなかった。夢中になっていたのもあるが、さっさと指を離しとけば……でもサラ様が強引に開ける可能性も無かったワケじゃないし。ううう、や、焼ける痛みが! 冷やした分はっきり感じる。
班のグループと、他のテーブルにいた人たちも集まって来る。
ぜ、全員の調理を止めてしまったぞ。
「古賀さん大丈夫?」
「ぱ、パンじゃなくて、自分の指……焼いちゃいましたぁ」
私の間の抜けた声に、奇跡の七人のうちタカヤ様を除く男子三人が冷やかすみたく笑った。そのリアクションを真似するように、静まり返っていたクラス全体の雰囲気も緩んでいく。笑う人が大半で、何やってんだと呆れる人、心配する人がその次。さすが我らがクラスの中心人物たち。あっという間にいつもの日常に戻してくれる。私も手を冷やしながら笑った。まだ痛いけど。
タカヤ様は不思議そうな表情を浮かべていたが、やがて焼けたパンの盛り付けに戻っていった。
サラ様だけは睨む様な視線を時々こちらに向けられていて……
なので家庭科の授業が終わるまで、私の猫背は伸びっぱなしでした。
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