⑦ 2年生 4月21日 金曜日の昼休み
4時間目の授業が終わってしばらくすると、クラスメイトはお弁当組と買い出し組に分かれて席がまばらになった。ウチの高校は何か飲み食いするにしても外に出なければ買えない。貴重な昼休みの時間を移動に使わないためか、どの学年もお弁当持参派が多い。ちなみにサラ様は買い出し派。私はお弁当を作って持ってく派だ。
メグミ様も窓際の机で友だちとお弁当を広げている。
可憐な花が咲いたような、ほんわかした空気……いい。
メグミ様は本当に誰かの誘いを断りませんね。メグミ様はみんなの、といった感じで特定の友だちに偏らない。先約や独り占めしたいグループだって当然いるはずなのに、周囲からの少しも不満が聞こえない。伝え方や順番が公平なんでしょうか? それとも彼女の性格や雰囲気……やはり【超高校級の母性】が如何なく発揮されているのかも?
どんな理由があるにせよ彼女がそこにいるだけで人を惹き寄せるのは確かだ。【七つ星】の中でも私とは最も対極の存在。自分が絶対に持てないものを持っている……。
あれこれ考えていると教室の扉が開いた。買い出し組にしては速すぎだが、ケンタ様のご尊顔を見て納得する。陸上部でも屈指のスピードを誇る彼の足ならこの時間で帰ってきても不思議ではない。その手には買い物袋……は見当たらず、なぜか週刊少年誌だけを持ち高らかに掲げていた。
「おーい。誰か先に読むやついるか? ただしネタバレは無しな!」
ケンタ様はマンガをクラスメートにひょいと投げ渡すと、私の机近くの椅子に遠慮なく座った。少し日に焼けた肌と腕を見るだけで部活に打ち込んでいるのが分かる。
「サラが最近、お前のことよく話すぜ……ええっと」
「こ、古賀です」
「そうそうコガユッコ! 面白いことしか喋らないんだって?」
「くだらないことしか言えない、の間違いかと」
「でも無口じゃなさそうだな!」
「サラ……も、私の反応がズレてるから構う気になるだけで……」
「んなことでアイツがわざわざ相手にしねえよ」
ケンタ様も私などに構わず、買って来たマンガをお読み下さい!
そうすれば……あれ? 買われた週刊少年誌。私もよく知ってる、けど。
「そのマンガの最新号って……来週月曜日に発売のはず」
「ん?」
「祝日とか挟んでるわけでもないのに店頭に並ぶんですか?」
「コンビニとかにはまだ売ってねえが、駅前裏通りのタバコ屋で欲しいって言えば出してくれるんだよ」
なるほど。昔からあるあの小さめのタバコのお店か。
デパートや本屋さんと違って、早売りしても怒られないんですかね?
知る人ぞ知る、というレベルだし買う人だけが楽しむ以上は問題ないのかな。
え、ま、待って。それって妙だぞ……?
「あの、学校からタバコ屋まで距離はどれくらいでしたっけ?」
「ええと……数百メートルくらいだな」
「往復だと?」
「1キロちょっとか」
「ウチの学校は自転車通学は認められていません。コンビニや総菜のお店よりずっと遠いのに……サラたち買い出し組より早く教室に戻れるんですか?」
「なんだなんだ、勘もいいじゃねえか!」
ケンタ様は一連のやりとりに満足したように、にっと笑った。
自分の鍛え抜かれた両足をズボン越しにバシバシと叩き、答えはこれだといわんばかりに見せつける。
「俺が中学生三年の時、全中陸上で400m800mの二冠を制したのはな……毎週金曜日にマンガを買うためにマジで走ってたからだ」
「ほ、本当に走って来てたんだ……」
「あっはっは! もちろん陸上の練習もやってたが、原点はそこよ。今日は学校門から行って戻って数分で着いた。サラは途中で追い越したぞ」
「はえーすごいです。高校一年で1500m優勝するわけですね」
「よく知ってるな! 400と800は入賞までだったけど、今年のインターハイは全部勝つから応援してくれよ?」
「もちろんですとも!」
「なんだなんだぁノリいいな!」
「しかし昼休みに買いに行くのは大変じゃないですか? 朝とか……」
朝の登校ついでならわざわざ往復しないで買えるはずだ。
それともトレーニングの一環なんだろうか。
「陸上部の朝練がなぁ。タバコ屋閉まってる時間なんだよな」
「土曜日に買うとかは」
「いやいや学校で読みたいんだよ! それに友だちから他のマンガ借りて読んでるし、俺も一冊くらいは貸さないと悪いだろ?」
「なら誰かにパシらせ……おっと」
「どうした?」
「いえ何でも」
口にするのも失礼でしたね。
誰かを使いパシりにして本をゲットする、なんて発想はケンタ様から出ない。
ああくそ。あいつらのことぜんぜん忘れてたのに……よりにもよって自分の言葉で思い出すなんて。脅され、買わされ、殴られ蹴られ、傷付けられた日々を。
恐らくケンタ様にとって本をフラゲしに行くことは、走ることへのモチベーションを保つ……決まった動きのようですね。あとは友だちとマンガの感想を言い合ったりして、心を休める大切なひと時に違いない。
私も、ケンタ様を始めとする【七つ星】の活躍を楽しみにしなければ、とっくの昔に学校なんて行かなくなっていたかも知れません。
「その大切なこだわりが、長谷川……さんの強さに繋がってるんだな、と」
「へへっ。サラも呼び捨てだし、ケンタでいいぜ」
「さ、さん付けすると、サラが怒るんです……!」
「ユッコ、誰が怒るって?」
* *
うへえぇっサラ様!?
内心の叫びが聞こえたかのようにサラ様は苦笑する。そして持っていたビニール袋を机に置いた。コンビニ……よりも少し遠くにあるお総菜屋さんの名前が印刷されてる。しかし、呆れた顔まで美しい。
ケンタ様と一瞬視線を交され、鼻を鳴らすと近くの椅子を引いて座った。
「適当にあんたが好きなの買っといたから」
「おおサンキュー!」
「道ですれ違った時、持ってっても良かったんじゃない?」
「すまんすまん。ユッコがどんな奴か知らんし先に話したくてな」
まさかそんな意図が!?
しっかり怪しまれてたんですねえ無理もありません。なにせ小学生からの幼馴染が正体不明の地味な陰キャ女とつるんでいる状況ですから。当然ケンタ様から見れば面白くないでしょうね。
「こんな面白いやつ、もっと早く紹介してくれよ! そうすりゃ飯だって」
「あ、あれ機嫌良いです……?」
「昼休み、他のクラスにばっか入り浸ってるからよ。マンガ持ってくと話が終わらないんだから。本当にさあ、あたしがパシりさせられるのなんて……ケンタくらいだっての」
「今度は俺が買いに行くよ。ただし金曜はカンベンな!」
「はいはい」
ああ。そもそも私とはパシリの概念が違いましたか。
二人にとって買わされるだけの一方的なものではない、与え合う対等なものだったのですね。いい関係だ。そんな友だち……いたことなかった。羨ましい存在に向かって踏み出すことすら考えなかったから、当たり前だ。
「わ、私も……」
「ユッコはお弁当でしょ? みんなで買いに行く日があってもいいけどさ。ほら、今日はおかず交換するにはいろいろ揃ってるから」
「逆に俺たちが弁当作って来るかあ!? 6月は雨だし夏も外出すんの暑いだろ」
「料理か……まあアリかもね」
「じゃあ俺はおにぎりたくさん握ってくるわ」
「ばーか。ケンタは陸上部あるでしょ。もっと栄養考えないと」
「米さえあれば問題なし! あとは二人のおかずで補うってワケよ」
「ならお肉と……ねえ。野菜とかは、どんなのだとバランスいいの?」
サラ様がてきぱきと机に総菜を並べながら聞いてくる。
ええ、なん……何この、いつのまに三人でお弁当を食べる流れは? たしかにこの間、サラ様は私のお弁当を眺めておいしそうね、とご自分のコンビニ弁当と見比べてはいましたが……!
か、完璧に答えなくては。
お二人の興味と信頼を失ってしまうぞ。
お肉と野菜、バランス……そう言えば子どものころ肉料理を食べる時、お父さんが呪文のように繰り返す言葉があった。確か……あれは、そう。
「肉肉野菜、肉野菜ですねっ!」
「食べる順番!?」
「……栄養バランスっていうより焼肉行くノリじゃね!? ははっ!」
二人が声をあげて笑っている。
しまったそっちのバランスか……!
でもまあ、楽しそうだし結果オーライ?
いつか、もし……私の心の中で。サラ様やケンタ様の敬称が外れて呼び捨てに出来たなら、遠慮のない関係でいられるんでしょうか。一方通行じゃない、対等な……友だちとして胸を張れるような日が。
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