【ただの人】〜ビデオレターなんてもう古い

 小説を読みながら、伊世は桐子にスマートフォンを渡す。

 サムネイルに映る尋也とミドリ。


「…これは?あれ、尋也君…」


「そうだ、尋也と、私の親友だったミドリだ。お前も会っただろ、前に」


「え、ぇ、あ…あ…はい…」


 桐子はあの日を思い出して、一瞬、血の気が引き唇を震わせた。

 伊世はそれだけ言うと、また小説に視線を戻した。


 何となく、これを見ろと言う事なんだろうと察した桐子は動画を見る。

 音量は既に最大だった、それに何度も見たんだろう、再世回数の表示があったが凄まじい数字になっていた。


 そこには尋也とミドリが2人で部屋の軒の様な場所で談笑していた。


(日付は…最後に会った、あの日の二日前…)


 桐子は思った、高校卒業以来、いや、最後の文化祭以来無かった…尋也の笑顔、嬉しそうに話す声。

 

『ヒーさんもさぁ、絶対モテるんだよぉ…綺麗だからぁ…だから羨ましいわぁ、彼氏が羨ましいっすわぁ』


『ギャハハ!お前がいつも言うけどよ、おかしいよ、モテる訳ね〜だろ?何ならお前、彼氏になるか?ギャハハハハ』


 桐子は動画の、笑っているミドリの顔を見る。

 右側の口が裂け、右目まで続く傷は目を歪ませていた。


 (右側だけ…まるで猫みたい…)


 桐子は思った…お世辞にも綺麗とは言えない。

 

「ミドリ、顔の右側に傷あるだろ?それ、私のせいなんだよ。でも尋也はどの動画でも、家でも綺麗なバイト先の先輩って言ってたんだよ、おかしな奴だよな」

 

 目を合わさず、小説を見ながら話す伊世。

 少し恐ろしかったが、それでも桐子は動画を見ながら少し笑った…変わり者だった尋也。


 2人でギターを鳴らしながら小説を読む日々、その時の尋也の笑顔だった。

 そして自分が不幸にした尋也が、あんな時でも笑っていて、少し嬉しかった。

 

『ヒー坊、そういやな、知り合いの話でな?』


『なになに?知り合いって彼氏っすかぁ?』


『ちげぇよ、いねぇって言ってんだろ?ギャハハ』


 ミドリがしていた話は男女の痴情のもつれ。


『ある女がな、男に惚れちまったんだ。モテねぇ馬鹿で、人を殆ど好きになった事ねぇ奴が、友達もいねぇくせに一丁前に男を好きになっちまったんだ』


(この感じ…この人きっと…尋也君の事好きなんだ…)


 その話は幼馴染と付き合った男の話。

 男は夢を追って頑張っていたが、応援していた筈の彼女がその夢を叶えてしまった。

 男はやさぐれ、女は他の男の所へ行ってしまった。

 だが、その男にはもう一人、仲の良い女がいた。

 女が傷付いていた時、男にその気は無くとも、女に自分を重ねいつも励まし力になった。

 女は惚れてしまった、しかし付き合った事も、恋愛もした事も無い。それに男は、他の男に行ってしまったとはいえ、まだ付き合っていた。

 どうすれば良いのだろうか?そんな話だった。


『ギャハハ!どうすりゃ良いんだろうなぁ?なぁ?ヒー坊』


 伊世は、軽く笑って言った。


「ミドリ、下手くそだろう?自分の事って言ってる様なもんじゃねーか、ハハ」


 桐子はそれどころではない…血の気が引いていた…口に手を押さえて絶句していた。


(これって…何で!?何でこの人知ってるの!?)


 その話は完全に自分と尋也との話だった。

 桐子は気付く…いや、知っていたのに考えないようにしていた。

 考えないようにしていただけで、実は周りは全てを知っていた事を。


『酷え話だにぇー…そんな人になんて言えばいいんろうろ?』


 酒に酔っているであろう尋也は頭が働いていないのか、ろれつが回っていないが一応悩んでいた。


『ま、まぁ良いんだけど、ちょっとな、相談されてよ…この話は良いや!そういやさ、ヒー坊、また、ウチに聞かせてくれよ、歌』


『良いよぉ、でも酔ってるから上手く歌えないかも、それれも良い?』


『別に良いよ、2人だけの時しか聞けないからよ』


 


「私はな、ずーっと尋也の歌を聞いた事無かったんだよ。アイツは家族に聞かせるの嫌がってな、聞かせるのはCDだって言ってな。この音楽配信の時代にな…」


『じゃあさ、ヒーさんのゲームのコントローラー、あった。これ、おんなじペースで叩いてよ』


『何それ?ウチは太鼓の達人だぞ?そんなン簡単だよ、打てば弾くのか?ほれ』


 トン トン トン トン トン…


 尋也がギターを優しく弾く、エレキギターをアコースティックギターのように弾く。


 この時、尋也は泥酔していた。

 だからか、本来の技術や歌唱力は無かった。

 だが…心の底に沈めていた気持ちを歌った。




―いつも つまらなそうにしていた女の子 


 いつも俯いて 泣いてるみたいなあの子


 何だかとても気になって


 だけど話しかけても無視されて


 それでも好きだから近付いて


 やっと見せてくれた笑顔に恋をした


 

 2人の時は いつも同じ 場所とやる事

 

 ギターと小説 歌とゲーム 俺なんてさ


 人を楽しませる事なんてできないからさ 


 だから全身全霊 この想いを届けるんだ


 正しいかは分からない 伝わらなくても 


 別に構わない それでも 俺の詩になる

 

 好きな気持ちは 夜空に向かう 響く歌

 

 この弾手に感謝を込めて 弦に逸らせて


 あの人も 同じ気持ちであったら良いな―





 桐子は笑いながら泣いていた。

 あの日、自分の醜さが露呈され、尋也に見限られた日。

 

 自分の気持ちに気付いた。

 大切なものを蔑ろにしに、調子に乗って、失ってから初めて気付く。

 大人に近付き、時をえて経験し、それで学んだ事だった。


「あぁ…びろやぐん…同じ…きぼちだったの…でも…ごべんなざい…」


「そうかい、良かったな。私はここからの方が好きだけどな」


「え?」


 尋也が急にギターを掻き鳴らした。

 それに驚いた顔でテンポを合わせるミドリ。




―大人しい君は過去の人 悲しいまでに脳味噌ヒート チヤホヤチヤホヤ 鼻下伸びて天狗が通る 出来立てホヤホヤ ドヤ顔ブスで周りが凍る 一部の暇人キミ褒めて 世界に愛されガールボケ 同級生は鼻で笑うよ そりゃ笑うだって 盲目的で 恥知らずって


 大学デビューでイキってんの  R20ギリギリオンラインして チューして男にライドオン? 恥ずかしくねぇの? 見境いない 周り見えてねぇ  恥知らず 死ねクソビッチ


 好きだったのは認めるさ 隙だらけノアの方舟   俺は乗れずに海の上 手を振ってもがいて溺れ     

見向きもしねぇクソッタレ 天上から動画配信 正常ならもう恥ずかしい 歌うアニメの相手 伺うコスプレ でもやたら際どい格好してマスク して私ASK? まるでカラオケ 歌う途中で投げ銭 したら俺のバイト代超え それにBiteしたら それこそ負け犬の遠吠え クソッタレ萌


 彼氏にバレバレライドオン R20ヌレヌレサート淫して 気付かないとでも思ってんの? 気が狂ってる思わねぇの? 上から目線 スター気取り  

 死ねクソビッチ

 

 ご機嫌とりして何でなの? 思い出が残ってるから別れねぇ? どうせなら殺してくれよ 別れねぇとかマジあり得ねぇ だったら俺から言うよ 二度と顔見せるな 臭えツラゲロ――


『ハハハ!落ち着けヒー坊!でも吐き出せよ、なぁ!』



 桐子はショックで何も言えなかった。

 こんな尋也を見たこと無いからだ。ただの悪口、暴言を履き続ける尋也。その顔が何処か嬉しそうだった。


「フフフ、下手だろ?ラップ…私だってクラブのオーナーだったから、本物のラッパーは知っている。それに比べればダジャレ…ハハ、ダジャレにもなってないな、ただの悪口。弟は馬鹿だろう?」


 桐子はまだ受け止められなかった。

 尋也は言わなかった、いつも優しかった。

 だから心が折れた時、ただ態度にだけ現れた。

 伊世は話を続ける。


「もっと話して、尋也のこういう一面も見たかったよ。尋也は出来る子って思い込んでた。純粋で、真面目で、美しい心のまま音楽をやってるって…勘違いしてたよ」


 そして動画の尋也は泣きながら勢いが弱まり、マシンガンのような言葉の、羅列から歌に変わる。





―お前が変わるなって言って お前を信じて変わらずに 自分は勝手に変わって 『お前も変われ』?


 お前を信じて変わらずに 嫌われたくないから

 頑くなになるのは 思い出して欲しかったから 

 幸せだった言えるのは 俺だけだったのかもな

 棚上げしてるの 分かってる でも、でもよ…―


 『良いんだ、尋也…良いんだよ…言って良いんだ』


 ミドリが後ろから尋也を抱いた、赦すように、優しく包み込む様に。

 急に曲調がメロウな曲に変わる。



―バイバイ桐子 優しさはもう要らないよな

 君は飛んだんだ だからさよなら 思い出

 ここまで来たらやり直しなんてあり得ない

 それに見つけたんだ 俺の憧れ 好きな人

 悪く思って構わないけど どっちもどっち 

 お互い違う道に行くべき バイバイ可愛い人


 俺の前には輝夜姫 歌や思い全てを捨てて

 また生まれ変わる 何も無かったあの日々

 輝夜姫を追いかける 君とは比較しないよ

 優しくて 心強くて だけど儚いこの人に

 救われたから いつか届けたい この想い―




 その歌を聞いたミドリは、自分の事だと分かったんだろう。

 動画の中のミドリが後ろから尋也の唇に、唇を合わせた。

 尋也もまるで甘えるように、貪る様に舌を這わせ動画からは水っぽい音だけが響く。


 桐子は震えていた…怒りなのか悲しみなのか分からない。ただ、自分の中の激しい感情の渦だけは感じた。


 そんな桐子の事を分かっているかのように、ミドリの目がカメラを方を向いた。


 ごく自然にカメラを見ただけであろうミドリの目線は桐子にとって…


 右側だけまるで猫の様な歪んだ顔が


――お前は捨てたんだろ、たからコレはウチのだ――


 と獣が唸るように目線を向けた。


 そしてミドリの手が尋也のズボンに手をかけ、尋也の手はミドリのスエットの上着に下から手を突っ込んで…



 「いや!やめっオエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」




「病室で汚えな、テメーは…なに吐いてんだよ…私まだ何日かここで寝るんだぞ?掃除していけよ…」


 桐子は吐いた…感情の渦と眼の前の映像で限界を越えた。

 眼の前で起きている情事が信じられない。

 ただ、普通の浮気なら吐かなかっただろう。

 その姿は、同じ事をした自分より、意味があり裏切りであっても美しく正しかった、だから吐いた。

 自分の今まで、それも直近の性体験を思い出し、気持ち悪くて吐いた

 

「一つ言っとくけどな、他の動画やらメールで気付いたんだけど、コレ、ヤッたの覚えてんのミドリだけだから。尋也は酒飲むと記憶を失うみたいだから全く分かってない。だから全部覚えてない。でも、多分ちょい前から何度かヤッてたみたいだな、凄いよなぁ、良くやるよ、全く(笑)」


 尋也と桐子、2人は高校卒業してから殆どしていなかった。

 思い出せば桐子が断った、桐子が不快に思ったからだ。情けなく燻っている尋也を見下していた。

 断り方も他人行儀、汚物を扱うような…


――なに?やめて…嫌だって言ってるよ…――


――触んないでよ…もっとちゃんと考えてからやってよね――


――だから痛いって…あぁもうしたくない、帰る――


 桐子の脳裏浮かんだ過去。

 尋也の手を弾いた…その時の尋也の悲しみの顔…ごめんと小さく呟いた尋也…今でも覚えている、自分はその時、既に他の男に…


 今考えると何で付き合っていたのか分からない。


 そもそも、その前にした時はやる気0だった。

 格好悪く見えると、際限無く気分が乗らないのは女の性だろうか?


「ハァハァ…嫌だ!尋也君はそんなんじゃない!」


「認めろよ。コイツは平気だ、コイツは綺麗だ、コイツは純粋だから、私が汚れても分からない…何やってもコイツなら何とかなるだろうって、運命気取って勝手に相手の人格を作り上げた自分をよ。神でもスターでも何でもねぇ。2人共、悲しみもすりゃ嫉妬も怒りもする、ただの【そこら辺にいる人】なんだよ。尋也も…そしてミドリも…それから目を逸らすなよ」


 始まる情事…狂気的な逢瀬…そこから目を逸らしては視線戻し吐く桐子。

 吐く桐子に視線をやり感情の無い目で見つめる伊世。


「私はミドリの側にいた、親友とまで思ったのに、それにも関わらず自分の都合で捨てた。良かれと思って…お前が尋也に何をしたのかも、今更になって、何故吐く程の感傷が湧くのかもわからない。お前のせいではないかも知れないか…尋也が死んでなくともやった事は許せんよ、ミドリの件がなければな」


 動画の中で翡翠の名前を呼ぶ尋也…そして応えるミドリ…


「いや…いやぁッ!…もう…嫌だぁよぉ…」


 それを聞いて…汚物にまみれた桐子は病室から走って、いや、走るとは言えない速度で耐えきれなくなり、逃げるように泣きながら立ち去った。


「アイツ…ゲロ片付けていけよ…私が吐いたみてぇじゃねーか…まぁ良いや、ナース呼ぼう」


 ナースを呼ぼうとした所で気付いた様に小説と花に気付いた伊世。


「まぁ…お花ありがとさん。しかし…よだかの星…ねぇ…知ってるよ。クラブやってりゃこの話に自分を置き換えているやつなんてゴマンと見てきた。でもそうかぁ…桐子はきっと…いや、尋也も…私もか」


 伊世は思った、心の中で。

 『ゴメンな』と、今はいないこの世に居ない2人に謝った。


「仲良くやれって言われたのにな、無理だったよ。頭の中で言い訳して、都合の良い結果を期待して、あくまで自分が主体じゃない…まぁ…合ってるか分からないけど多分、お前のやりてぇ事はやったよ、ミドリ」


 伊世はずっと考えていた。

 何で尋也の歌や、普通は残さない不埒な行為を録画していたんだろう?

 何故、尋也に言わなかったんだろう?


 今となっては分からないが…もしミドリが物語に出てくるような純粋で天真爛漫な奴じゃない…もっと普通の【女】なら…きっと嫉妬心や独占欲があったのではないかと思った。

 

 だから、亡くなった者の意志を伝えようと思った。


「ミドリ…良いかね?…こんなオチだけど…しかしクセェな、アイツ最悪だよ…」


 伊世は1人笑いながらナースコールを押した。


※後2話ほどです、一気に更新すいません

 

 

 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そして、俺だけ変わらなかったから クマとシオマネキ @akpkumasun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ