伊世〜ウチら一生、ダチだっちゃ

 夜空が見える 星は見えない あの日もそう


 曇ってるぐらいが ウチらにはちょうどいい


 夜の始まり 本当は人見知り そんなウチは


 そう チーコといた時も ヒー坊といた時も


 暗い夜を駆ける2人だけの時が 1番好きだ


 泣くなよ 叫ぶなよ そりゃお前らしくねぇ


 尋也も言ってたな 姉ちゃんは寂しがりって


 カッコよく 命かけたつもり何て無いんだよ


 死ぬのはずっと怖かった きえるのはイヤだ


 だけど尋也が見えたから ちっとも怖くない


 だからゴメンな 先にヒー坊の所に 行くわ


 でも 今でも 何時迄も ずっと思ってるよ


 あの時の言葉を何時迄も忘れないぜ チーコ



『ウチらは一生一緒だ 何時迄もダチだっちゃ』



―――――――――――――――――――――――

 尋也が落ちた日…


 雨が降っていた、涙は出てないけど、心が泣いているのは分かっている。


 尋也はもう笑わない、喋らない、考えない。

 ただの肉になった尋也…だけど尋也の原型が確かにそこにあった。


 父さんと母さんは泣いていなかった。

 私も成人を過ぎて、叛徒の事があって、イロイロ経験して分かる事がある。

 大人は別に悲しみを我慢出来るのではない、ただ考える事が増えてしまえば、感情のままに動けず、ヘドロのように底に溜める。


 だから泣けない。考えてしまう。やる事を探してしまう。

 父さんと母さんが受け入れる事が出来るのは大分、後だろうな。2人共忙しい人だから。


(しかし、何で尋也は死んだ?他殺ではないけど自殺するような子じゃない…)


 桐子は来なかった、ミドリには職場には伝えたが、直接伝えられる筈はない。


 雨の中、尋也が飛び降りた場所、尋也の母校の屋上に行った。

 少し前まで尋也のいた場所、大好きなギターを弾いていた場所、そして最後の場所。

 離れた場所に散乱する濡れた何か…警察が回収しなかった遺品。



 桐子からの手紙だった。

 『愛している』『憧れている』『変わらないで』と、尋也への気持ちが綴られた便箋。


 何となく分かった。桐子の態度で全て繋がった。

 姉弟だから。唯一の血の繋がった姉弟だから。


 想像でしか無いけど、それでも理解出来てれば良いな

 便箋にさ、涙の後があるんだよ…それに飲めない酒の空き缶が転がっていた

 自分で言ってた、すぐ記憶が飛んじゃうからって


 悲しかったろ 悔しかったろ でも飲み込もうとした

 出ないと思った涙が、尋也の気持ちを考えたら、少しだけ出た


 


 尋也がどんな気持ちで手紙を見ていたか

 失った者が、奪われた者が、行く先の死


 溜まった悲しみの底に 投身自殺




『殺す』




 私はその足でカルマルマに行き幹部を集めた。


「この女の行動を全部洗って!クソでも何でも良い、この女の最近の行動全てを調べて!お願い!…皆、お願い…します」

 

 最後は懇願した…私は助けられて生きてきた。

 それも全部、このクラブの為。

 だから幹部やスタッフに自分の我儘を言うのは始めてだ。

 だから弟の死から、その原因、可能性まで、全部説明した。


 幹部は皆、協力的だった。一人に言われた。

『伊世さんのブラコンは有名ですから』


 そして出てきた、僅か数日で出てくる事実。


『サークル内での浮気』『芸能活動』『誹謗中傷』


 ――殺す――


 その発言、行動、尋也と最後に会った出来事。


 ――殺す――



 尋也の気持ちは分からない、想像もつかない。だけど…


 ――殺す――


 

 お通夜の日、ただ桐子を殺すだけを考えていた。

 ただ、線香の煙を絶やさぬ様に。尋也が天国に行ける様に線香の煙を見ていた。

 窓の外に人影…深夜に弔問客、もしかしたら桐子かも知れない。

 出会ったら、その場で殺すかも知れない。

 

 それでも本能のまま殺意のまま外に出た

 逃げられない様に気配を殺して近付く

 

 でも…そこに居たのは…ミドリだった…


 ただ、ミドリは私の知っているミドリとは違った。

 右だけ…少し裂けた唇と歪んだ瞼、猫背。

 黒と金髪の混ざった様な、バサバサな髪。

 浮浪者…ヤク中…乞食…どれにでも当てはまる様な風体で…まるで妖怪か何かの様な姿で、窓の外から優しい顔で遺影を見ていた。


『ヒー坊…お疲れ様…またな…』


 それだけ言って去っていった。


 尋也と会ってたのは知ってた、尋也はいつからか桐子の話はしなくなって、かわりにバイト先の先輩…ミドリの話をするようになった。

 優しくて、色んな事を教えてくれて、高校卒業後に初めての尊敬できる大人に会ったって…

 そんなミドリか…お通夜に現れて…遠くから尋也を見て…微笑んで消えた


「何でだよ…今更…何でだよ…」


 また涙が出た…感情の整理が上手くいかない。

 何でこんな上手くいかないんだ、何で私の周りばかり不幸が廻るんだ…そんな事を考えながら。

 だから私は…ただ、桐子を殺す事だけ考える。



 桐子は叛徒時代の知り合いに囲われていて、金を払えば買える様になっていた。

 300万…今の私からすれば大した額ではない…金額を聞いた時、いや、ミドリを見た時からか…

 馬鹿らしくなっていたのは事実で…復讐だけで生きていくのは辛くて…

 そして…ミドリを見た時に思った。

 このクソみたいな桐子を生んだのは少なからず自分が原因で…


 でも何かをしてないと支えられない心は、全てを目茶苦茶にする事で保っていた




 そして、いざ桐子を目の前にしたら何とも言えない気持ちになる…


『私は騙されただけなんですぅ!』


 泣きながら、震えながら不様に命乞いをする桐子を見て、こんな奴の為に尋也が死んだと思うとやるせなくなった。


 そして私のせいで叛徒に命乞いをしたミドリを思い出した。


 私も咎人何だよ、桐子と一緒でさ


 それでも引けないのは、私の犯してきた過ちを精算したいのかも知れない。


 その結果が今の状況、知り合いのメイから買い、メイを狙っている不知火という組織…アイカさんを潰した奴らが噛んでいる事も知っていた。

 何故ならカルマルマのバックには不知火がいるから。


 売買の間に割って入ってきたのは不知火の下部組織、土橋の兄。

 年下なのに風格があるアンダーグラウンドな世界を仕切る次期土橋家の名代。

 コイツとも話は済んでいた…が…


『何、勝手に仕切ってんだ?ここをどこだと思ってんだはこっちの台詞だ。まァ良いんだよ、御託はよ。こんな女お前等にとっちゃどうでも良いだろが…死んだ弟の為に復讐すんのはお前とは関係無いだろ?』


 私にとってもこんな奴、どうでも良いんだよ…気付いてんだよ、尋也は復讐なんて望まない、望んでいないってな。

 だから、誰かに当たり散らしたかった。


 誰も何も関わらなければ、誰か一人でも幸せになれたんじゃないか…


 正直、私の復讐も大きな炎の種火だった。

 利用され、利用して、心を折り、妥協する。

 ミドリと一緒にいたらどうしていただろうか?

 尋也は生きていたら、何というだろうか?


 二人の事を思い出し、殺意剥き出しの顔で涙が出る直前に、私の身体は凄まじい衝撃と共に吹っ飛んだ。



 この感触



 一度コレと決めたら私は止まれない。

 昂って壊れそうな時、いつもミドリは喧嘩して止めてくれた。

 最後に喧嘩した時は昂っていなかった。

 私も心で泣いていたから。

 

『ミドリぃ!?ミドリイイイイイイ!!!』


 多分、この時、泣いていたんだと思う。


『久しぶりだなぁ!?チーコおお!!』


 だって、あんな裏切り方をしたのに…助けに来てくれたから。

 迷って出口が見えなくて狂った私を…


『ミドリイイイイイイ!邪魔すんなぁぁ!その女だけは殺す!燃やしてやる!』


 いっそ、このままミドリに殺されても良い。

 ミドリが私を殴る時は、仲良くなってからは私の我儘、感情のままに動いている時だけだったから

 私が間違えている時だけだったから

 

『やらせるかよ!約束したんだ!尋也となぁあ!尋也を理由になぁ!?誰もやらせやしねぇよっ!』


 尋也の名前が出た、尋也の為に…怒ってくれてるんだね…

 私はもう…ありがとう、としか…言えないよ…


 それでも私の巻いた火薬に、確実に導火線に火がついていた。

 半グレのメイ、土橋家の名代、知火のトップ。

 導火線から、憎しみと悪意という爆薬に火がついた。


『どいつもこいつもよ!お前等全員死ねや!』


 閃光、爆風、衝撃、火、瓦礫…意識を失った。





 気付けば私は抱えられていた。

 鉄骨が背中に刺さったミドリが私を抱えていた。

 近くに桐子もいる。2人共助け…ミドリは…口と背中からとめどなく血流し笑った。

 夜空を見ながら…まるで尋也がそこにいるように。


 私は謝らなきゃいけないのに、感謝しなきゃいけないのに、ミドリはずっと…

 

――全部、知ってるよ。お前ら、皆仲良くやれよ?ヒー坊、悪いな…ずっと1人にさせて―


『ミドリ!ミドリイイイ!なぁ!私がぁ!私がわるッ!?』


――2人共ごめんな、ウチは尋也の所に行くよ、今から行くからな、尋也――


『嫌だぁ!ミドリイイイ!!いやだぁぁぁ!!』


 崩れ落ちたミドリを抱きながら泣いた。

 馬鹿な私は、また、手遅れだった。

 金も、力も、人脈も、それに見合った物が手に入る。

 しかし私にとって本当に必要な 心の奥の大事な宝物には どれも何の役にも立たなかった。



 気付けばまた気を失って…今度は病室にいた。

 両親が泣きながら何か言っている。

 流石に姉弟揃ってこんな事があったら流石に我慢出来なかったらしい。

 尋也の時に泣けなかった、言えなかった怒りまで全部来た。

 それを全部受け止めた。

 それをしないと、この両親は壊れるだろうから。


 そして隣のベットから桐子の声がする。

 何やら治療を渋ってるらしい。馬鹿だな。


 桐子は…どうやら少しでも変わった事があると止まってしまうらしい。

 尋也から気の小さい、弱い子だと聞いていた。

 私が会った時は私に懐いて、私の後をついて回っていた。


「治せよ…治して生きて…尋也の墓に行って来い。死ぬのは許さない…」


 気持ちがあるなら墓参りぐらい、行ってくれよ。


 私はどこまでも外野で、何もかも手遅れで、関係無いのに関わって、誰にも何も言えなくて。


 最後は裏切った親友に助けられた。

 

「治療は良いです、そこまで酷くないので」


 私はすぐ不知火の所に行き、訴えた。

 傷はあった方が良い、これは証拠だ。

 お前等に一つ足りとも借りは作らない。


「貴女達のミスですよ、これ全て、全部」


 事態を重く見た不知火は破格の補償をした。

 ミドリに、桐子に、私に…それぞれの家に、最大限の融資と補助を付けさせた。


 ミドリの家に行って話をつけた。

 おじさんとは一緒に住んでいるけど会話は無いと昔は聞いていたが…尋也を通じて話すようになったそうだ。

 

「手紙があってね、死ぬ気は無かったみたいだ…だから事故死なのかな…アイツが決めた事だから…とやかく言うつもりはないよ」


「だけど最初に…私が…ミドリを…翡翠を…」 


「君は自分のせいだと言うけど、それはきっと違うんじゃないかな?いつもつまんなそうな翡翠が…この街に来て笑ったり泣いたりしていた。それだけで、それだけでアイツはきっと…誰に似たんだろうなぁ…アイツは…馬鹿が…」


 おじさんは泣いていた、ミドリに似ている。

 この人もミドリに似て不器用なんだろうか…


 遺品のスマートフォンを渡された。

 使い方がわからないそうだ。

 私はそれを持って…夜の街をふらついた


 毎日毎日、何をするでも無く夜の街を歩いた


 尋也と行った駄菓子屋

 ミドリと行ったゲーセン

 桐子と行った美容院


 私が叛徒に行かなければ

 桐子に余計な事を教えなければ

 尋也の事をちゃんと見ていれば

 桐子に復讐をなんて考えなければ

 お通夜に来た時に素直に話せれば


 全部、手遅れ


 何も感じない、抜け出さなきゃいけないのに

 辛くて、消えたくて、死にたくて、会いたい

 ずっと会いたくて、謝りたくて、話したくて

 自傷行為をする度に、親に言われる


「誰もそれを望んでいない、尋也も、翡翠さんも」


 私は何も出来ない、生きている事だけが使命


 どれだけ時間が経った?もう何もわからない





 雪の日…また自分を傷つける。だけど死ねない


 空を見ると夜、夜と白、白い夜 私の血の赤


 あの日を思い出した クリスマスみたいな赤と白


 【輝夜姫】と書かれた真っ白の特攻服が見えた気がした


 私は何かに突き動かされる様に、ずっと持っていたミドリのスマートフォンの電源を入れた。




――ヒー坊、ウチに聞かせてくれよ、歌――


――良いよぉ、でも酔ってるから上手く歌えないかも――




 あぁ、サンタさんっていたんだ。

 ミドリ、お前がサンタなんて似合わねぇよ


 いつ頃からか、笑わなくなった私が

 夜の街で 今まで無いぐらい大きく笑った 


 ギャハハハハっと まるでミドリみたいに


―――――――――――――――――――――――


 気付けばまた病院にいた。

 今度は鉄格子が付いている。

 まぁ何処でも良いや、私は今、嬉しいから。


 親が神妙な顔でベットに寝ている私に話す。


「お前はな、アーケードの入口で血だらけで大笑いしていたんだ…それよりも前からずっと…血だらけで…ウロウロ…だからもう…」


 あぁ…精神病院?そうか…まぁそうかも知れないな。


「お父さん、お母さん、ごめんなさい。もう大丈夫だよ。尋也とミドリが一緒にいた。会えたんだ、2人に。あの2人は幸せだった…だからもう、平気」


 余計、辛そうな顔になった…多分勘違いされてるな。でも本当なんだけどな。



 それから自傷行為はしなくなった。

 ただ、如何せん死ぬ手前でやめるとはいえやり過ぎたようで、多少入院は長引いた。


 もう徘徊もしない、ただ…ミドリのスマホに入っていた動画や写真を見る。

 それだけで私は…生きていける。


 そんな事を考えていたら…何やら尋也の友達が見舞いに来たらしい。

 

「お姉さん、お久しぶりです…マコトっす…」


 覚えてないな…誰だろう?


「あの、電話で…」


 あぁ…あの少年か


「電話の時はごめんね。ちょっとおかしくなってたから」 


 そう、桐子を殺そうと思っていた時に尋也の同級生と名乗る奴から電話があった。

 クソ共の関係者かと思って言ってしまった。


『尋也は死んだよ、お前も殺すから名前言え』


 すぐ電話を切られたな、悪い事をした。


「そ、そうっすか…それより桐子来ました?」


「いや、ずっと会ってない。興味も無いしな」


「まだ…やっぱり…コロ…」


「いや、もう殺そうなんて思ってないよ。何も思わない。そうだな、会ったら言っといてくれ。墓参り行けって」


 行ってるかも知れないけど、多分行ってないだろ。


「分かりました…その前にお姉さんに会うのは…」


 行ってねぇのか、まぁ別に良いけど…私に会う?


「別に良いよ、何にもしないから」


 それから桐子の話を聞いた。

 何やら整形した顔で芸能人になったらしい。

 元気にやっているようだ。

 まぁ、浮気するぐらいだしな。

 そこまで感傷も無いか。


 私と会って何をしたいのか知らないけど、私にはもう、どうでも良い。



 あぁそうだ、来るなら、見せてやろう。


 

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