第17話 ニートになる 終
最終出社日を迎えた。引き継ぎなど色々とごった返していたが、私はあくまでされたことをそのまま返すつもりだ。それでも私は真面目なのでマニュアルは可能な限り作成した。時刻は夕刻、つまり作業会社では通例の夕礼が行われる時間だ。本来ならば係長に呼ばれてみんなの前で退職者は最後の挨拶をするが、私は呼ばれなかった。後に係長から「ごめん。忘れてた。」と軽く謝られたが、まあ、ずいぶん失礼な態度だと思った。
あってはならないことではあるがそれが今まで数々の問題を起こした人物の実力なのだ。それにいうこともないので少し助かったのが本音である。早々に姿を消した上司と先輩たちは個々に挨拶をすることもなく帰路についた。
人徳などないのもうなづける。対して見てみろ。ノンキャリアと他部署の人たちを。
残業中に休んでいると事務員の女性(名前は忘れた)が話しかけてきた。
「やめるんだって?知ってたけど今日が最後なのは知らなかったよ。」
定年間近の彼女はプロなのに再雇用の話をけるつもりらしい。以前半年ほどお世話になった。タバコとコーヒーが好きな昭和人だ。
「この支店は支店長が変わってからもどんどん悪くなっているよ。誰も残らないんだ。」
彼女は多くを語らなかったが、父のことを知っているらしい。
別部署の先輩と上司はわざわざ電話をかけてきた。
「今までありがとう。頑張ってね。大丈夫、君ならできるよ。」と2人して言ってくれた。多分30分くらい話していたと思う。この時、時計は午後9時を指していた。
派遣社員の運転手は手紙とちょっといいお菓子を置いて行ってくれた。いわく、コロナにかかった時心配してくれたのは君だけだったよ、らしい。そりゃデスクに子供の写真を飾る優しい人物には家族もろとも心配するのが人情だろう。
前の部署でお世話になった課長は少し前に会いにきてくれた。こちらから会いに行きますと言っておきながら最後までいけなかったのが心残り。
心温まる一時だったがそうはいかなかった。最後にはYという人物が全てを台無しにした。Yという人物は地方採用、ノンキャリアみたいなものであり、彼らは昇進できたとしても係長が限界なのである。利点としては現場歴が長く、経験が豊富でしかも人件費が抑えられる。安く高品質なサービスを提供できるのである。そして代償は人格の破綻だ。
彼は私の引き継ぎ先であった。その指示も直前で伝えられたものであるからこちらも準備が満足にできない。入念に引き継がれた仕事は自分なりに色をつけて次の人へ渡したが、そうでないものに関しては残念ながらそのままの形で引き継がなければならなかった。その出来にYはご立腹だった。
「適当なことしてんじゃねーよ。お前明日から来ないんだろ?」
キーボードを叩く音が一層大きくなる。
「今までもそうやって適当にしてきたんだろ。もういいじゃない。そのままの適当さでいけば。お疲れさんでした!」
空気が壊れた感覚がした。ああ、もう終わりだな、と直感した。
その後、我に帰ったのかこちらをチラチラ伺っていたが、私は見向きもしなかった。代わりYは若手の女子に甘えた声で世間話をしている。
十時ごろ、奴は帰った。社名を公表したいくらいである。
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