第16話 ニートになる3
私が本社を訪れたのは最後の面談を行うためだった。1週間前にオンラインで面談を行った際は通信不良で真意が伝わらなかったらしい。私も働いている人たちを尻目に本音を大声で伝えられなかった。個室を用意しろ。
オンラインでは本社の人事を含めた4人が画面に映った。そのうちの1人は私の昇格試験で面接官を担当した人物である。堅物で厳しく、理想が高い人物だ。月給が5000円上がるだけなのにそこまで人材に求めるのかと面接中に心の中で突っ込んだ。おそらく私を落とした人物だろう。そんな彼は終始ずっと下を向いていた。言葉数が1番少なかったかもしれない。それが印象的だった。
本社ではまず、母と親交のあるM部長と個人的に対面した。「何もやめるなんて言わなくてもいいじゃないか。」と電話口で言っていたらしい。そのM部長は私が辞めることに対して消極的な様子だった。
「今じゃなくていい。せめてもう一年、今度は本社で勉強していかないか。」
そのオファーは受けられない。このような情けはあってはいけないのだ。
成果ではなく同情でやりたいことをさせてもらうなど、心が弱ければ弱いほど有利ではないか。そもそもの話、現場の環境を改善させればいいだけの話だ。原因である現場の人間を罰すれば、そこからしか事は始まらないのだ。
彼は生前の父と親交があり、今でも事故現場を通るたびに手を合わせているという。願いというのはなかなか叶わないらしい。
K部長とG課長も同じスタンスだった。千葉への転勤は以前から決めていたこと、そして支店の環境はあと数ヶ月で改善される予定ということを改めて伝えられる。
そして同じく、もう一年か二年、本社で、今度は法令関係の部署で働かないかという話を持ってきた。次が見つかっていないなら尚更である。
本当に心配しているのかもしれないが、その背景には本社は支店とは働き方が違うから勉強になるぞ、と伝えたかったのかもしれない。もう少し成長してから辞めても遅くはないぞ、という親心だったのかもしれない。
翌日再度考えた上で答えを出して欲しい、と彼らは言った。
K部長は他の部署から質問ヅメにされたそうだ。「何故やめるんだ。やめるくらいならうちで引き取る。」と様々な方面から声がかかったらしい。ほとんどの方は父を交友があった人たちだ。
少し気が楽になった気がする。本社と現場では大きく温度差があることを再認識できた。本社での面談は数少ない在籍してよかったことの一つだ。自分のルーツを知れたし、一部上場企業の力を目の当たりにできた。別れの挨拶をした後私はどうやって答えを伝えるのか考えた。
日は傾き空は夕焼けに染まっている。その情景に暖かさと寂しさを感じた。
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