第4話 夢破れて昇格せり
昇格するということは夢へ一歩近づいたということである。権限の増加、豊かになる懐、そして社会的な勲章がひとつ増えるのだ。しかし、同時に会社に染まってしまうのである。
その会社にとって価値のある人物とは何か、考えさせられる機会だ。
私が感じたところ、価値のある人物とは悪い言い方をすれば上司の考えに「イエス」という人間である。自分の意見をいかに殺して「イエス」に近づけさせるかを考えねばならない。
そんな事を考えながら深夜11時に誰もいなくなった港でタバコに火をつける。
タイムカードは定時で切ってある。
この5時間余りの修行は労働には加算されないのである。会社としては昇格を望むのは個人の意思であり、個人が勝手に残っているから労働ではないとの見解だ。2人の上司はその事実を致し方ないように私に伝えた。彼らも理解しているのである。そしてこの価値観をどうにかしないと真の改善に辿り着けないもの知っている。
昇格の課題は自分が思い描いていたこととは全く違うことについて考えなければならなかった。自分は理想からどんどん離れていく。そして理想が叶うまで少なくとも2回はこの苦行を体験しなければならない。
「お疲れっす。」と子会社のKさんが喫煙所へやってきた。
「お疲れ様です。もうお帰りですか。」
「いや、これから川崎まで行って朝一の出荷準備をしに書類を届けてきます。」さわやかながら目線を合わさずに彼は言った。作業員特有の話し方である。やってはまずいことと知りながらもやらなければならない時、職場の人間はみんなこんな話し方をする。
「今からですか。じゃあ明日は午前半休ですね。」
「朝一っす。8時出社っすね。」Kさんは煙を大きく吐いた。インターバルは考慮せず、これはサービス残業だという。
世間で話題になっている2024年問題について触れると。
「マシになるかどうかはわからないですねえ…。上が決める事なんでね。何も変わらないんじゃないかな。」
現状、紙ベースの作業がほとんどの現場では人が動いてこその仕事だという。その為、作業量が減ったり、効率化が図られない限りワークライフバランスの実現は難しいとのことだった。また、デバイスを使用してのデータ管理や作業の効率化は初期費用が大きいため下請け会社の分まで一括での導入が難しく、仮にできたとしても規格の統一などの問題が残る。世間では有識者などの話から明るい未来が語られるが現場ではそうはいかなかった。
問題が山積みな為、今後はKさんのような人に皺寄せがやってくるだろう。
現場を愛する会社なら現場のこのような声を聞いて改善するのが私たち若手の役目ではないだろうか。現場が変われば事務も変わる。チーム内の小さな改善よりもこちらの方がずっと意味がある。
それを叶える為にもまずは昇格しなければならない。その頃には現場から離れ、勘の鈍った頭で見当違いな事を言わないよう注意しなければならない。
どうか若いうちにやらせて欲しい。
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