第3話 辞めてしまった後輩の話
日本企業の作業内容は定型化していないという話を聞いたことがある。この定型化には企業によって様々な定義があり、解釈はまちまちだ。
私が勤めていた物流企業は典型的に作業が見える化されておらず、その皺寄せは現場の人員である、係長、リーダー、として新人社員に来ていた。
一年後輩のK君は倉庫作業の専門職としてそのキャリアを築いていた。出身は内陸だろうか、フットワークが軽そうなアウトドア派な青年だ。非常に勉強ができたであろうその対応力と柔軟性は目を見るものがあり、くわえて余程のことがない限り癇癪を起こさないよくできた人物だった。
しかし彼が担当した作業内容は支店でも随意一の忙しさを誇り、仕事で人間らしい側面をなくした先輩社員や上司からのパワハラで休職、退職を選択する人間が多い部署だった。
作業内容はシンプルである。貨物の搬入、搬出の確認、荷詰め作業の手配、請求書の作成などいかにもAIに取って代わられるような代物だ。ここまでは物流業界を調べれば出てくる情報であろう。事実、研修の時でも習ったことのある項目である。そしてここで姿の見えないマニュアル化が難しい箇所が出てくる。
顧客の出荷状況を優先した結果、貨物の在庫がちまちま蓄積していき、過去数年分の情報が共有されないまま同じような要望を出す客先だけが増えていった。その結果コンプライアンスが重要視されてきた昨今、搬入日不明の貨物をどのように対処するか責任は担当者のK君にうつった。それだけではなく、料金が担当者を変えるごとに変更されていく。その都度過去の事例がいかに正しくて、はたまた間違えであったかを調べ直し、上司に確認をとり関連部署に共有していく。客優先のサービスを謳っている会社の方針に従いつつ、片手間に情報を整理していくのは不可能だった。
電話越しのK君は滑舌良くスラスラと用件を述べるのだが、月末になると時折感情が昂った声色になる。作業を依頼するこちら側の手順の悪さにもあるが、落ち着いて職場環境改善に挑めないこの状況に陥っていた。明日の自分のためであり、次の作業にあたる後輩に同じような苦行を味合わさせないための行動であるにもかかわらずだ。
「係長が怒るんですよ!」と何度か愚痴をこぼされた。例のコンプライアンス関連である。
私は申し訳ないと思いながら「前任者から何も残されていないから調べようがない。」と答えた。
この回答は給料をもらう者としてバツだ。しかしそれ以外に応える方法がない。私もまた、過去情報のない姿の見えない作業と闘い、何も知らない上司に指摘され、神経をすり減らしていたからである。
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