第5話 八つ裂き

『6B2、2C2、2D3、2F1』


 先程オレの机の中に入っていた暗号とそれは同じものだった。オレは慌ててポケットの中に仕舞っていた紙片を取り出し、早速その文字列の意味を解読する。


「も、ん、だ、い。」音だけを口にし、その意味が後から付いてくる。「問題、か、」

「ええ、そうですね、」

 どこか歯切れの悪い返答をし、彼女は眉を顰める。

「こんなことをするなんて、犯人は愉快犯だろうか?」

「そうですね、」

「でも、愉快犯なら、もっと大々的に事件を起こして、周りの反応を楽しむもんじゃあ、ないか?」

「そうですね、」


「おい、」あまりに気のない返事が繰り返されるので、オレは苛立ちを覚える。「目の前でこんなオレたちを挑発するようなことをされて、何とも思わないのか。謎を解いてやろうと思わないのか。どっちが先にこの『問題』を解いてやろうって思わないのかよ、」

「それは、思いますけれども、」


 俯き、彼女は胸の前で両の手をきつく握り、何かに耐えるように立ち尽くしている。

 先程の暗号に対してはあれだけ積極的に解き明かしにかかったというのに、何故ここに来て推理することを放棄するような態度を取るのだろうか。目の前に転がる謎も気になるが、隣に立ち尽くす謎も等しく気がかりだ。


「まあ、無理強いはしないよ。ただ、ちょっと詰まらないけれどもな、」

 オレは一人で床に屈みこみ、バラバラにされた人形のパーツを観察する。切断されたと思っていた部位たちは元々組立式らしく、切断面に金具が埋め込まれて、ただそれらを外されただけのようだ。これならばこの人形の扱いを知っていれば誰にでも時間をかけずに分解は出来る。


「でも、どうやって出入りするんですか?」

 隣にしゃがみ込みながら、天ヶ瀬が言う。薄い唇は固く結ばれ、その横顔はいつもよりやや強張っているように見えた。だが、あえてそんなことは指摘せず、彼女の言葉にオレは一つ頷く。


「そうだな。」

 体育倉庫は普段南京錠で施錠されているので、誰もが無闇に中に入ることは出来ない。鍵の保管場所も体育教官室で、教師の誰かが必ず常駐しているし、いない場合は鍵をかけられているので、倉庫の鍵を盗み出すことなんて出来ない。


「倉庫を開けたのは誰ですか?」

 外から中を覗いている人間に問うと、その中の女子がおずおずと一人手を上げた。

「開けた時には、もうこの状態だった?」

「ええ。暗くてよく見えなかったから、人間のバラバラ死体かと思っちゃって、悲鳴を上げたんだけれども、」

 すると、それ以前に誰かが倉庫の中に入り込み、人形を分解して壁に暗号を残したことになる。


「放課後の前は六時間目です。」

 あまりに当たり前の内容だったので、思わず天ヶ瀬の言葉を聞き流してしまうところだったが、六時間目に体育を行っていたのはオレたちのクラスと合同で授業をする隣のクラスだ。

「つまり、うちのクラスか隣のクラスに犯人がいるってことか?」


 確かに体育の授業中ならば体育倉庫の施錠は解かれているし、最後に錠を閉めて鍵を教官室に返せば、この悪戯自体は容易に出来る。でも、それでも何のためにこんな悪戯をする必要があったというのだろうか。


「これを見てください。」


 転がっていた人形の胴体の裏――背中部分を天ヶ瀬が指差す。そこには壁に書かれた暗号と同じサインペンと思われる筆致で『ぬすみ』とひらがなで書かれていた。


「どういう意味だ?」

「今までのパターンから、これも何かの暗号だとは思いますけれども、」

 屈みこんだまま天ヶ瀬は口許に手を当て、何かをぶつぶつと繰り返す。どうやらいつもの調子が戻ってきたようだ。


「ぬすみ、ぬすみ。バラバラの人形、破壊された人形、」

 おっと、オレも考えはじめないと、天ヶ瀬に先を越されてしまう。マジックで書かれた『ぬすみ』という文字を見ながら、色々と言葉を変え、『窃盗』、『泥棒』などと考えるが、どうにもピンとくるものがない。いや、言葉を変えるだけならばわざわざバラバラにした人形の背中に書いている意味がない。きっと、この人形がメッセージを読み取るための鍵になっているのだろう。


「八つ裂きにされた人形か、」

「え?」何気なしに呟いたオレの言葉に、天ヶ瀬が反応する。「八つ裂き、八つ裂き、八つ先、」

再びに口許で何かを繰り返し呟いているが、大きな瞳には強い光が煌き、向かう先をすでに捕らえた眼差しだ。


「そういうことですか。」

 屈んでいた身体を起こし、彼女は体育倉庫からゆっくりと出て行く。


「おい、どういうことだよ。分かったのか?」

「はい。」

「どういう意味だったんだ?」

「人の名前です。」

「人の?」

「ええ、歩きながら話します。」

 言いながら、天ヶ瀬は先程来た道を戻りはじめる。

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