第4話 『こうていでじけんがおきる』

 五月も終わりになると放課後になってもまだまだ陽射しにかげる様子はなく、照りつける太陽の下に校舎から飛び出すと、オレは後ろを付いてくる天ヶ瀬のことを待つのももどかしく、校庭へと足を向ける。


『こうていでじけんがおきる』


 メッセージが頭の中でリフレインして、何度も何度も警鐘のように響いている。その文章が繰り返されるたびに、不安が染みのようにじわじわと心の中で広がり、色彩を強める。足は抑えることを知らず、気付けば歩調は早足となっていた。


 体育館の角を曲がり、グラウンドに出ると俄かにざわついた雰囲気が伝わってくる。幾人かの運動部員が校庭端にある体育倉庫の前に集まり、何かをしきりに話し合っていた。

「そんな、」

 追い付いた天ヶ瀬がオレの横に並ぶと、体育倉庫に屯している生徒たちの姿を見て息を呑む。


「何が、『そんな、』だよ。お前が推理したんだろう。」

「え、ええ。そうなんですけれども、」


『こうていでじけんがおきる』とは、彼女自身が導き出した推理だ。なのに、今グラウンドの隅で何かが起きている様子を見て、困惑の色を浮かべている。一体どうしたことかと訝しがるも、内心の疑問はさて置いて、オレは俄かに色めく体育倉庫へと足を向ける。


「何があったんだ?」

 集まっている生徒たちの中の見知った顔に声をかけた。

「いや、よく分からないんだけれども、バラバラになっているとか、」運動部の男子生徒も現状をよく理解していないらしく、首を傾げながら答えてくれた。


 バラバラ。


 推理小説が好きな人間にとってその言葉は魅力的なものだ。形あった人間がバラバラに切断され、理論と論理が失われていた秩序とともに遺体の形を甦らせるそれは、推理小説の構造をよく理解した設定だ。しかし、中には意味もなく人を殺し、その身体を傷付ける作品がある。これらは推理小説の名に値しない。推理小説ならば、被害者の小さな傷一つにまで意味を与えなければならない。そうでなければ、死体に生の光を当てることが出来ない。そんな中、バラバラ殺人は多くが切断されたその意味を汲み取る。意味ある死が被害者に与えられるのだ。だから、魅力的な言葉なのだ、バラバラというのは。


 しかし、これは現実の出来事だ。自らを戒め、人垣を分け入って体育倉庫の入口に立つ。まだまだ西の空に傾く様子のない午後の陽射しが薄暗い倉庫の内に入り、薄闇のベールを剥いでいく。目に映るのは、埃の舞う狭苦しい倉庫の床に、首、肩、胴、股関節、膝、を切り裂かれ、八つ裂きにされた人の形。


「人形、ですか?」


 続いて人垣を割ってきた天ヶ瀬結が倉庫の中を見て、そう言葉を零す。

「ああ、」頷き、オレは倉庫の中へと足を踏み入れる。ひんやりとした空気が袖を捲った腕に触れ、粟立つ。


 倉庫の中には体育の授業や部活で使用する道具が詰め込まれ、埃と土の匂いが充満している。その真ん中で、一体の人形が身体をバラバラに分解されて床に投げ捨てられていた。

 人形は元々サッカー部やバスケ部などが仮想の敵として使用するもので、他にも数体が奥に仕舞われている。


 顔のない、練習時に壁として利用される人形たちはただでさえ不気味な存在だというのに、薄暗い倉庫の中で、しかもバラバラに分解されている姿は中々恐ろしいものがあった。


「これが、事件なのか?」

 確かに不気味ではあるが、事件と呼ぶには規模が小さく、ただの悪戯としか感じられない。わざわざ人の机の中にメッセージを残してまで呼び寄せる必要があったのだろうか?


 疑問を抱きながらも周囲をぐるりと見回していると、隣の天ヶ瀬が細い指を突き刺し、汚れた壁を示す。暗くて見つらいが、マジックペンで英数字の組み合わせた文字が四組、書かれていた。

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