第2話 暗号文
天ヶ瀬結――
クラスメイトとであり、同世代で唯一趣味の合う友人でもある彼女ならば、怪文書を寄こしても不思議ではない。なぜならば、オレと彼女の共通の趣味というのが、推理小説だからだ。
もしもこれが天ヶ瀬の寄こしたもので間違いなければ、きっとこれは何かの暗号だろう。そして、挑戦状でもあるはずだ。どちらがより推理小説愛好家として、優れた推理力を持っているのかの。
しかし、残念ながらこの勝負はオレに有利だ。
天ヶ瀬も多くの推理小説を読み、オレが未読の本も読破している。しかしだが、彼女は自作をするまでは及んでいない。推理小説を執筆したことがあるか、ないのかの差は実際の事件は別として、小説内の事件を考えるのに大きな力の開きがある。これは所謂推理力とは別の話で、創作をする人間は当然物語の構成を考えるから、何処にどのようにヒントを散りばめておくか凡その類推が利く。登場人物たちの何気ない会話や描写など、作者が細心の注意を払った言葉たちでも気付いてしまうのだ。何がヒントで、何がミスリードなのか。
もちろん、そうした読みを上回る作品もある。そうしたものには、手放しで称賛を送る。だが、素人が考えた暗号が、傑作に並ぶわけがない。つまり、普段から推理小説を書いているオレには御茶の子さいさいというわけだ。
「ん、んん?」
再び紙片へと視線を落とし、書かれている英数字を頭の中で読み上げていくが、どうやら中々手の込んだものらしい。
「3F2、4B2、1C3、2F3、5C2、4A3、6E3、2C2、3D2、5F2、2E3、4D1」
十二セットに区分けされた文字の組み合わせを見る限り、ふたつの数字とアルファベットの組み合わせで一文字か一単語を表していると考えて間違いないだろう。では、どんな文字乃至単語に符合するのか。
暗号には当然解読するための鍵が必要だ。鍵なく開く扉に意味がないように、鍵なく解読できてしまう暗号に意味がない。では、その鍵は何か?
これは一目瞭然だ。
暗号も大別するとふたつに分けられる。一つは誰かに読み取られるための暗号。もう一つは、内容を隠すための暗号。今回の暗号はオレの机の中にわざわざ仕込まれていたのだから、製作者は読み取ってもらうことを前提にこの手紙を用意している。ならば、鍵はあからさまに記された、クラス名簿というわけだ。
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(※作者注※ 暗号文の詳細は、近況ノート『暗号文事件図①』で画像として見ることが出来ます。)
そこまでは分かった。だが、そこから先へが進まない。
「んん、」
頭を捻り、首を捻って考えるが、どうにも答えが分からない。
「どうしましたか?」
突きつけられた挑戦に悩まされていると、横手から声を掛けられた。見上げると、更衣室で着替えを終えた天ヶ瀬が立っていた。
「お前が机に入れた暗号を解いているんだよ。」
「私が、ですか?」
首を捻り、彼女はオレの手許の紙片を覗き込む。結った髪の脇から覗くうなじに、先程までの運動を物語る汗が浮き、わずかに鼻先を制汗剤の香りがくすぐる。
「私、こんなメモ知りませんよ。」
「じゃあ、誰がこんな悪戯するんだよ。」
「いえ、そう言われましても、」眉根を寄せ、困惑した様子で天ヶ瀬は首を傾げた。
どうやら本当に彼女がこの紙切れを用意したわけではないようだ。では、一体誰がこんな妙なものを用意したのだろうか?
「ホームルームはじめるぞ、」
二人で首を傾げていると、担任教師が低い声を張り上げて教室へと入ってきた。
「ちょっと、ホームルームが終わるまで貸してください。」
「ちょっ、」
抗議の声を上げる間もなく、天ヶ瀬はオレの手からA4のコピー用紙を奪い取ると、席へと颯爽と戻っていった。
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