天ヶ瀬結の事件簿② 暗号文事件

乃木口正

第1話 謎の紙切れ

 六時間目の体育の時間が終わった。


 杜亜高校に入学してもうじき二ヵ月となる五月の終わり。夏日を越える日も増え、今日は三十度を越える真夏日。額に浮き上がった汗に張り付く髪を掻き上げ、肌に張り付くシャツに不快感を覚えつつ教室へと戻る。中にはすでに廊下で上着を脱ぎ、上半身を露出して我が物顔で廊下を歩く奴もいるが、オレにはそんな恥ずかしい真似は出来ないので、我慢するしかない。


 カーテンを締めなかった教室は西日が射し込み、五月とは思えぬ熱量を抱え込み、扉を開けるとそのむっとした空気が押し寄せてきた。

「ったく、これから部活だって言うのに、なんで最後の時間に体育なんだよ。」

「んじゃあ、ムキになって走らなければいいだろう、」

「うっせ、負けるのは嫌なんだよ。」

 クラスメイトの会話を耳にしながら、さっさと制服へと着替え、帰宅の準備に取り掛かる。


「ん?」


 机の中から取り出したノートや教科書を、必要なものと不必要なものとに選り分けて鞄に詰め込んでいると、見覚えのない紙切れが一枚出てきた。

「何だ、これ?」


 A4サイズの紙が四つ折りに閉ざされているが、内側に何か文字が印刷されているのは見て取れた。今日の授業ではプリント類は一切配られていないから、以前のものか、はたまた――


 期待に胸を躍らせながら、オレは畳まれた紙片を開いた。

 果たしてそこに書かれていたのは、期待とは裏腹にクラス名簿と数字とアルファベットが陳列した摩訶不思議な内容だった。こんな奇怪なメモを自身で書いた記憶はない。すると、誰か第三者がオレの気付かぬうちに机の中に入れたのだろう。

 では、誰だろうか?


 オレは手許の紙に書かれた『乃木口』という自分の名前を認め、その前後左右の名前へ視線を走らせ、そして名簿の先頭に記された『天ヶ瀬』という名を見詰める。

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