Case6 姉妹(姉Side)

 正直、賭けだった。

 ただでさえ心臓が欠けているのに、加えて身体中が刺されて生命活動が困難な体なのだ。

 でも、成功した。私はこの体に入れた。


「……お姉ちゃん? 」

「そうだよ。AIじゃない、本物の千早お姉ちゃんだよ」

「本当に? 本当にお姉ちゃんなの? 」

「そうだよ。久しぶり……なのかな? 」

「久しぶりだよ! 六年間もどこに行ってたの⁉︎ 私、寂しかったよぉ……」

「えっ⁉︎ ろ、六年……」


 嘘でしょ⁉︎ 私の感覚では数ヶ月だったのに。もしかして来る世界を間違えた? でもここに来るまでの景色は大きくは変わっていなかった。間違ってはいないはず。……うん、信じよう。


「ひぐっ……うううううぅ……」

「ほらほら、泣かないの。最期くらい笑って」

「ひくっ……ぇ……最期って……? 」


 私は抱きしめていた巳錫を剥がして、顔を見る。先程まで泣いていた顔は、今は呆然としている。


「あのね、驚かないで聞いて欲しいんだけど……。巳錫は今夜、死んじゃうの」

「……はぇ? 」

「いろいろな世界を荒らしたから、なんだって。神様があなたの寿命をとり上げちゃうの。……まあ、そうしなくても元々数ヶ月の命だって言ってたけど」

「待って……待ってよ。じゃあお姉ちゃんは、神様に言われて私を殺すために来たの⁉︎ 私のところに帰ってきてくれたんじゃなくて」

「いや、殺しに来たわけじゃ……」

「ふざけないで! 」


 巳錫は私から離れる。その目には先程まではなかった殺意を感じる。向けられたことのない感情を向けられて動揺する。


「お前は誰⁉︎ お姉ちゃんのフリをするな! お姉ちゃんはそんなこと言うわけないんだ! 」

「落ち着いて、まだ話は終わってない」

「黙れ黙れ黙れ黙れ! 殺されるくらいならお前を殺してやる! 」


 そう言って彼女はそばにあった金槌を握り、私めがけて振り回して来る。その軌道は的確に急所を狙っている。常人なら避けれないであろう動きだ。でも……。


「ふっ……はっ……ほいっ」


 私なら避けれる。だって私はその動きを知っているから。

 小さい頃、私と巳錫は同じ格闘技を同じ師匠に学んだ。動きは熟知している。それに。


「忘れた? 私の方が実力は上だったこと」

「はぁ……はぁ……。避けられた……の」


 たった数回の攻撃で巳錫は息が上がっている。おそらく、最近は運動を満足にしていなかったのだろう。昔はもっと長く続いていたはず。

 ……と、余裕そうな振る舞いをしている私も実は限界が近い。私が入っている体は致命傷を負っている。下手な動きをすると全身に激痛が走るのだ。バランスを崩したら私は負けていたし、今も隙を見せれば殺される。


「分かったでしょ、私は本物の千早だよ」

「……じゃあ、私は、本当に」

「そう、死んじゃう。多分だけど地獄に行くことになるね」

「…………」


 巳錫が崩れ落ちる。気持ちは分かる。私だっていきなり『貴方は死んで地獄に行きます』と言われれば、同じ気持ちになると思うから。

 このまま大事なことを黙っておくのが死神のすることだろうけど、私はこの子のお姉ちゃんなのだ。話は最後までしっかりする。


「巳錫」


 私は下を向いている彼女の顔に両手を添え、こちらを向かせる。


「最後まで話は聞くものだよ」

「……もう分かっているよ。地獄に行くんでしょ、私は。お姉ちゃんは天国に行って、だからお別れなんでしょ。せっかく会えたのに酷いよ、神様は」

「なーに諦めてるの。そんな顔してたら可愛いお顔が台無しだぞ。笑えー」


 私は妹の可愛い顔をコネコネとする。


「……笑えないよ。せっかく大好きなお姉ちゃんに会えたのに、またお別れだなんて」

「ネガティブにならないの。お姉ちゃんには考えがあるのです」

「……考え? 」


 巳錫の顔に若干の希望が蘇る。


「簡単に言うと、私が巳錫を許して欲しいって神様に頼むの」

「…………」

「あーっ、できないと思ってるな」

「うん」


 即答かぁ……。私って実は嫌われている? まあ、でも。


「私もできるか分からないけど」

「やっぱり」


 やめて、そんな『頼りないなこいつ』みたいな目で見ないで……! お姉ちゃん悲しい。

 確かに神様は巳錫の行動に結構怒っていたから、無理かもしれない。でも、計画は一個だけじゃない。


「大丈夫。もしうまくいかなかったら、私が地獄に行くから」

「えっ……⁉︎ ダメだよ、そんなの。お姉ちゃんは天国に行かないとダメなの! 」


 妹の中の私は聖人か何かなのかな。美化されすぎでは。


「ううん、私だって出来るなら巳錫と一緒にいたいもん。巳錫が地獄に行かされるなら私だって行くよ。連帯責任だって言ってね」

「お姉ちゃん……」

「だから、ね。そんな悲しい顔をしなさんな」


 妹の頭を撫でる。最近はロクに手入れをできてない様な触り心地がする。


「えへへ」

「おっ、嬉しいか〜。それじゃあもう一つ嬉しくなることをしようか」

「なぁに? 」

「お姉ちゃんと二人で街をブラつこう! ……まあ、私は多分歩けないから車椅子だけどね」

「えっ……でも、お姉ちゃんの体は傷だらけだよ」

「こんなの長袖長ズボンでも着ていれば大丈夫! さあ準備しよう」


 巳錫に手伝ってもらいながら準備を進める。久しぶりの妹とのお出かけにワクワクが止まらない。

 数分後、私たちは夕日で赤く染まった街に繰り出した。


⭐︎      ⭐︎      ⭐︎      ⭐︎


「お姉ちゃん」

「どうしたの? 」


 街に出て数時間。私たちは街を歩いて、いい時間になったから夕食を食べている。いいレストランにでも行ければよかったが、生憎とそんなことは出来ない。普通のファミレスで食べている。


「私ね、嬉しいの。また二人で過ごせること、前は当たり前のことが。不思議な気分」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ! これあげる」

「……ピーマンまだ食べれないの、お姉ちゃん」

「食べれましぇん」


 こんな感じで私たちの残り時間は過ぎていく。

 ……こんな生活が続いて欲しいなって、そう思っても叶わないのだ。もうすぐ私たちは死んでしまう。

 妹をもっと可愛がってあげたかった。それが心残りなことだなぁ。

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