Case4 元恋人と妹ちゃん 後編
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
食事を終えたみかげちゃんは、食器を片付けようと立ち上がる。私はそれを、腕を掴んで止める。
「どうしました? 」
「一つ、報告したいことがあって」
私の真剣さを感じたのだろう、椅子に再び座った。
「私、この家を出ようと思っているの」
「……は? 」
「いつまでも私がここに居るのも嫌でしょ。それに私だってこの家を出れば、彼のことを忘れられるかなって思って」
「本気で言ってるんですか」
「……そうだよ」
その返事を聞いた彼女の目が、スッと細められる。何度も見た、気に食わない時の目。
「私は反対ですね。出ていく理由が理解できません」
「何で? みかげちゃん何時も言ってるよね。私は天人くんから離れないとって。それを実践しているだけだよ」
「私と縁を切ることが、ですか」
「そんなことしない」
「はぁ……」
彼女は席を立って、私の方へ歩いてくる。
「それは逃げてるだけですよ。兄さんを感じるものを全て遠ざけて、忘れようとしている。ケジメの付け方として最悪です。私が求めているものは、そんな終わらせ方じゃなくて……」
「あのさぁ、みかげちゃん」
私も立ち上がって、彼女をしっかりと見据えて反論する。私だって考えた上でこの提案を出したのだ。
「何で私のやり方に一々文句を言うわけ? お人好しのつもりかな。私がいいって言ってるんだから、もういいじゃん」
「……ふざけないでください」
「それにさ、こんなに毎日喧嘩するなら私とは縁を切りたいでしょ。いても邪魔なストレスな存在でしょ? だから……」
「ふざけるなって言ってるのが聞こえないんですか⁉︎ 」
私の顔に衝撃が加わる。私の体は後方に勢いよく飛ばされる。
彼女に殴られたのだと理解するのに、時間がかかった。
いつもの彼女がしないような行動に、衝撃を受ける。
「私だって出来ることなら説教したくないですよ! でも、このままだと……貴方が生きていけないと思って、色々と言ってたんです。それを文句? 邪魔? これがふざけている以外の言葉で表せませんよ! 」
「……みかげちゃん」
「そんな風に思われていたのなら、もういいです。私の目の前から消えてください! 一刻も早く! 」
「……分かった」
私は立ち上がり、玄関へ向かう。
背後から泣き声が聞こえた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「何かあったのー? 」
公園のベンチで座って考え事をしていると、見知らぬ小学生に話しかけられた。空色のランドセルを背負った可愛い子だ。
「……誰」
「私はツユヒ。おねーさんは? 」
「……破流音っていうの」
「そっか〜、ハルネおねーさん!それで、どーして怖い顔をしてるの? 」
……どうして、ね。
きっとこの子は、まだ私ほどの苦しみを味わったことがない。そんな子に何を話しても無駄だろう。
そう分かっていた筈なのに、私の口は勝手に動いていた。
「ねえ、ツユヒちゃん」
「んー」
「もしも、もしもね。大切な人が死んじゃったら、生き返らせようと思う? 」
「うん」
即答だった。
「それはアタリマエのことだよ。むしろそうしないのはオカシイと思うな〜」
「……ツユヒちゃん? 」
「ジュミョウがどうとかウンメイがどうとか、大人って勝手だよね。そんなの確かめないと分からないよね。それを死んだらもう終わりだって、魂を呼び戻すことだってできるかもしれないのに。……あっ」
歳に合わない難しいことを喋っていたツユヒちゃんは、慌てたように口を押さえる。
「……ツユヒちゃん? 」
「あはは……。えっと……私ってね、他の人よりも賢いらしいんだよね。だから何時もは子供っぽく喋ってるんだけど。……気持ち悪いよね」
「そんなことないよ。お姉ちゃんは羨ましいなぁ。私もそれだけ賢かったら、今の気持ちをどうにかする事ができたのかな」
「お姉ちゃん……」
「……あっ。ごめんね、変な雰囲気を出して。何となくだけど、どうすれば良いか分かった気がするんだ。ツユヒちゃんのおかげで、ね」
「なら良かったのー」
先ほどと違って、年相応な笑顔を浮かべるツユヒちゃん。
無邪気な笑顔だ。その顔からは彼女が悩みを持っているとは思えない、完璧に造られた笑顔。
「それではっ、ツユヒはニンムをタッセイしたので、失礼しますです! 」
「ふふ。気をつけて帰るんだよ」
「はーい」
パタパタと駆けていく彼女を見送る。彼女と喋って、とても気が楽になった。
彼女に言った通りで、私は今の状態の解決策を見つけた。それはあまりに単純な事だ。何で今まで思いつかなかったのだろう。
「さて、私も帰りますか」
私が帰ろうと立ち上がったら、ツユヒちゃんが去っていった方から、みかげちゃんがやって来た。すごく気まずそうな雰囲気だ。
「あの……破流音さん。その、私、消えろとか言ってしまって。……その、本当は、破流音さんと……」
戸惑っている彼女にニッコリと笑いながら喋りかける。
「大丈夫だよ」
「えっ……? 」
「もう大丈夫。ごめんね、逃げたりしたら怒られちゃう。彼はそういうのが嫌いな人だったもんね。だから、出て行かないよ」
私がツユヒちゃんから得た答え。それは。
他人に合わせること。
きっと私とみかげちゃんの意見はずっと平行線になる。ならば、私が折れた風にする。それが最善だろう。
「…………」
「みかげちゃん? 」
「……いえ、そうですね。兄さんはそういう人でした。分かって頂けたのであれば何よりです。破流音さん、今までキツく言いすぎてすみません」
「ううん、みかげちゃんは私の心配をしてくれたんだって分かって嬉しいよ。ありがとう。それに、今まで気づかなくてごめんね」
どこか不満そうな彼女に手を差し出す。
「さ、帰ろうか」
「……ええ」
私とみかげちゃんは、手を繋いで公園を後にした。
「そういえば、一体公園で誰と話したのですか? 」
帰り道、みかげちゃんが尋ねてくる。
「ツユヒちゃんっていう子だよ。公園に来る寸前に見かけなかったかな、空色のランドセルを背負った、長い金髪に赤いリボンをつけて、ちょっと袖のところが広がった服を着た」
「……ランドセル、ですか。私も同じような格好の人を見ましたが、ランドセルは背負っていませんでしたし、何より……」
「その人は明らかに高校生くらいの背丈でしたよ」
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