Case4 元恋人と妹ちゃん 前編

 好きな相手がいなくなるという事ほど、辛いことはないと思う。その不幸が今、私ーー三河みかわ 破流音はるねに降りかかっていた。


「……またここに居たんですか、破流音さん」


 私が立っているのは、ある事件の慰霊碑の前。そんな私に声を掛けてきたのは。


「……みかげちゃん」


 新宮あらみや みかげちゃんーー私の大切な人の妹。


「もしかして、まだを気にしているのですか」

「…………」


 あの事……事件の時のことだ。

 私と彼女の兄ーー天人あまとくんは、あの日に偶然、工場の前を通った。本当に偶然だった。前を通ったことも、その時にガス爆発が起こったことも、工場の近くの方を歩いていたのが天人くんだったことも。

 爆発にいち早く気づいた天人くんは私を抱えて守ってくれた。当時の私は唐突すぎて何が起こったか分からなかった。背中に激痛を感じて体の隙間から見ると、そこは車道の反対側だった。やけに体が重いと感じ、上に乗っていたものをどかしたら……それは背中に大量の何かの破片が刺さった、彼だった。

 有名な祭り会場への通り道だったため、多くの人が亡くなった。だからこうして慰霊碑があるのだ。


「いつまでも兄さんのことを想ってくださるのは嬉しいのですが……それも長く続くと不快なんです」

「……何が嫌なの」

「いい加減に自分の人生を歩んで欲しいんです。停滞をし続けても何も変わりませんよ」


 私はこの言葉を幾度となく聞いた。それも彼女から。

 何時迄も過去に縛られるのはよくない、前に進まないと行けない、と。

 でも、それは私には出来ない。

 私にとっては彼が全てだった。私はこの人と一生を添い遂げると想っていた。そんな人が居なくなって、簡単に割り切れるわけがない。それは人間としておかしいのかな。


「そんなの私の勝手でしょ。放っておいてよ」

「っ! そんな生き方……」

「なに」

「兄さんも絶対に喜びませんよ。あの人が貴方の不幸をどんな気持ちで見ると思いますか? 折角助けてもらった命なんですから、大切に使ってくださいよ」

「自分の意見を彼の意見にすり替えないで。彼という存在に隠れる弱虫さん」

「……そうですか。貴方がそう言うのなら、もういいです。貴方みたいなのは、ずっと死者に囚われて生きていけばいいんですよ! 」

 そう言って彼女は去っていった。


 何で責められないといけないの。

 何で忘れないといけないの。

 今でも私にとっては、彼が全てなのに。


 ☆    ☆    ☆    ☆   ☆


「…………」


 無言で玄関のドアを開く。鍵がかかっていないということは、みかげちゃんが帰ってきているということだ。気まずい。


「誰かと思えば、破流音さんでしたか」

「……ただいま」

「お帰りなさい」


 それだけを言って、スタスタと戻っていく。……と思ったが、こちらを向いて。


「昼食ができてます。食べましょう」


 私は洗面所に向かった。鏡に自分の顔が映る。彼が居なくなってから、一度も笑っていない顔。

 きっと表情筋が笑みを忘れてしまったのだろう。彼が私の笑顔を持っていってしまったのだろう。


「……そんなわけ無いでしょ」


 意味のわからないことを考えだした頭を冷やすために、顔に水をかける。

 その冷たさは、あの時の彼の体の様で……。

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