Case5 霊感強いっ子と謎の少女
ボクーー
だからこそ、私は目の前ーー正確にはすぐ目の前にある一個先の信号の所ーーの現象に驚いている。
「あのっ、すみません。人を探しているのですが」
必死に聞き込み調査をする幽霊を見つけたのだ。信号待ちで止まっている車の運転手、同乗者の一人ひとりに。
「なんだろう、このシュールな光景は」
勿論、幽霊の言葉に返事をする人はいない。誰も見向きもしない。無視されるたびに彼女は少し落ち込んで、後ろにいる車に行く。信号が青になったら律儀に歩道に戻って、赤になったら再び車道に行き尋ね始める。まるで自分が死んでいると分かっていない動きだ。
「これは……教えたほうがいいのかな」
次の信号でボクは一番前で止まり、彼女はボクの方に来る。……無視するのも気が引けるな。
「あの……すみ」
「後ろに乗って、信号が青になる前に」
「えっ、あっはい」
彼女は当然のように後部ドアをすり抜けて車内に入ってくる。
「あれ、自分のこと分かっているの? 」
「えっ、えと……何のことでしょうか」
「いや、自分が死んでいること」
「……はい」
「そっか。いや、生きた人間のような動きをしてたからさ」
「み、見えていたのですか」
「一つ後ろの信号待ちの時にね。あそこは信号の間隔と変わる間隔が短いからね」
「……その、私のことが見えている人が死んでいるって最初から分かっていたら、声をかけてくれないんじゃないかなって思いまして」
「なるほどね。確かにボクみたいに見慣れていないと怖いかも」
ボクは見慣れているから驚かなかったけど、幽霊に話しかけられるのは一般人には恐怖体験だろう。そういう系のテレビ番組に投稿されそう。
「み、見慣れているのです? 」
「うん、うちはそういう系の家系だからさ。珍しいでしょ」
「はぇ〜」
話が進まないな。私は自宅に引き返し始める。
「で、君はなんであそこにいたの? 何かが聞きたいみたいだったけど」
「はい、私は人を探しているんです。この辺りに住んでいる筈なんですが、見つからなくて」
「家も? 」
「そうなんです。誰かわからない老夫婦が住んでいて……」
ふーむ、これは大変そうだな。家族が亡くなった後に引っ越すのはよくあることだ。
「私はこの辺りにずっと住んでるからさ、もしかしたらどこに引っ越したか分かるかも。住所を教えて」
「あ、はい。えっと……」
自分で言っておいてなんだけど、教えるんだ。ちょっと天然なのかな。
あっ、彼女が教えてくれた住所には覚えがある。すぐ近所だ。
「そこは昔から柳さんが住んでいるけど」
「えっ⁉︎ そ、そんなはずありません! 私が死んだのはついこの間なのに」
「今の住所に間違いはない? 」
「間違いありません」
念の為に地図アプリで検索をかけてみるが、柳さんの家だ。
「うーん……やっぱり柳さんの家だよ」
「何で……」
この感じは嘘をついているとは思えない。つまり彼女は本当にあの場所に、この間まで住んでいたのだろう。
「うう……何でですかぁ。街も見覚えがない建物がいくつもあって、探すのにも一苦労したのに……」
……知らない建物が幾つも? その一言で私はある可能性を考えついた。
「突然だけど、君は自分がどういう風に見えてると思うかい? 」
「えっ? 」
彼女は必死にルームミラーを見る。
「見えません……」
彼女の天然ぶりに、ボクは笑ってしまう。
「そりゃそうだよ。死んだ人間は現世の鏡には映らない。予想だよ、予想」
「予想……ですか。足が透けてるのでは」
「そう、普通はね。でも君は違う。君の足はボクには見える。というか、透けている所はないよ。
ない部分はあるけどね」
「はぇ? 」
「口から上がないように見えるよ。具体的に言うと、耳の穴辺りから鼻の下までがバッサリと切られたみたいになってる」
「はぇええええええええ⁉︎ 」
素っ頓狂な叫び声をあげながら自分の頭部を触ろうとしているが、無いものは触れない。
「ほ、本当にないです! えっ、じゃあ私の髪の毛ってどう見えていますか? 」
「途中から見えてるね。伸ばしていたのかな」
「妹からのリクエストで、何年か切らずに……。浮いてる感じに見えるって、気持ち悪ぅ……」
「こらこら、自虐しないの。ほぉら、着いたんだぞ」
ボクは車を寺の駐車場に停めて、彼女と共に中に入る。
「ほら、座ってよ」
「あ、ありがとうございます」
ガチガチになっている彼女を座らせる。私はある本を取り出して、ページを捲る。
「実は心当たりがあってね。そんな感じの幽霊の話を読んだ覚えがあって」
「えっ、これ斬られたんじゃないんですか」
「斬られたら髪のもないよ……。おっと、見つけた」
彼女に見つけたページを見せる。その内容にざっと目を通して(?)、彼女は不思議そうにする。
「不思議なお話ですね。表情の分からない幽霊と人間ですか。そんな状態で意思疎通なんてできるんですかね」
「君がそれを言うかい……。まあいいや。この本は、ある古文書を少し大雑把に纏めた本でね。この本では分からないかもだけど、元の古文書には『口から上がない』ってはっきり書いてるんだ」
「確かに、私と同じですね」
「そう。それでね、その幽霊が何をしにきたかっていうと……想い人に言い忘れたことを言いに来たんだ」
「……! 」
「君もそうなんじゃないかい」
「……そうです」
彼女は(恐らく)下を向いて、喋る。
「私は妹に、伝えたい事があって……。そのことを死に際に後悔して、気付いたらあの山道に立っていたんです」
「ほう」
ならば、ボクが彼女に伝えないといけないことはもう一つある。
「なら、君はやって来る世界を間違えているかもしれない」
「へ? 」
「さっきの話に戻るけど、どうやら幽霊が言っていたことを想い人の方は理解できなかったらしい。言っている出来事が違うとか何とかでね」
彼女は話についていけずにポカーンとした顔をしている(と思う)。兎に角、完全に固まってしまっている。
「だから、私の仮説だと、君は想いを伝え忘れたからこの世界に来たけ。けれど、この本の幽霊のように世界を間違えてしまった。……いや、もしかしたら“そう”なるように仕組まれているのかもしれないね、神に」
「そんな……! どうすればいいんですか⁉︎ 」
「方法が一つだけある」
戸惑う彼女に、ボクは一つの鏡を指し示す。それは古ぼけた写し鏡。
「あれは別世界に繋がっているって言い伝えがあってね。怖いからボクは通ったことはないけど、一回だけ物を投げ込んだことがあったよ。吸い込まれて返ってこなかったけど」
「……この鏡に、ですか」
胡散臭そうに鏡を見つめる彼女の気持ちは分かる。ボクも最初はそう思った。でも、物を投げ入れてみてから考えが変わった。これは見せないと信じてもらえないけど、確かに特別な鏡だと確信した。
「信じれないのも無理はないよ。じゃあ試しにーー」
「私、行きます」
「これを……はへぇ? 」
今度はボクが完全に固まってしまう。
「可能性があるなら試します。妹に何としてでも会いたいので」
「……本気かい? 」
「ええ」
「そっか」
彼女の肝が据わった目を見れば分かる。
彼女は急いでいる。少しでも可能性があるなら実践し、妹に早く会いたいのだろう。
「分かった。もしも違う世界に出たなら、向こうの私を頼ればいいよ。このお札を見せれば、きっと力を貸してくれる」
「ありがとうございます」
私はこの家の者にしかわからない札を、彼女に渡す。一応、結界の役割を持つから、何かあれば彼女を守るだろう。
……向こうでも同じお札を使っていればいいけど。
「では、行きます。お礼の一つも出来ずにすみません」
「いいよいいよ、急いでるんだろう。妹さんに会えるといいね」
「ありがとうございます。では、失礼します」
彼女は鏡に飛び込む。すると彼女の姿は消えた。
「……本当に躊躇いなく行ったね」
私は苦笑いする。
「死んでなお会いたいなんて、幸せ者な妹さんだね。きっと、とってもいい子なんだろうね」
私は、もう二度と会うことのないであろう彼女の武運を祈りながらも、寂しさを感じた。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「暇だなー」
私ーー
「あー、何か面白いことでも……いっ⁉︎ 」
突然、我が家の家宝の鏡が光り出したかと思うと、そこから顔の上部がない人が出てきた。
「え……は……? 」
「……ん、ここは? さっきとは違う世界みたい。ってことは成功かな」
「あの……えーっと? 」
「あっ幽璃さん。一応、初めましてですね」
「はあ……? いや待って、何で私のこと知って」
「急いでいるので、失礼します! 」
そう言って謎の女性は去っていった。
「……嘘ぉ」
私は状況が理解できない。幽霊を初めて見たのもそうだし、何より。
「あの鏡って、霊界と繋がってるのか」
「急がないと……」
幽璃さんの神社を出て、私は妹を探して空を飛ぶ。
止めないといけない。あの子が暴走しているのは、私のせいだから。
「待ってて、巳錫。お姉ちゃんが貴方を目覚めさせてあげるから! 」
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