Case2 自由っ子ちゃんとお姉ちゃん 後編

「……ふーん」


 巳錫の期待に満ちていた目が一気に冷たくなる。怒りに満ちた彼女は、私を側にあった機械の上に置く。


「そっか、分かったよ。ずっと何かが足りないと思ってたけど、私への愛だったんだね。今度はそれも植え付けないとね」


 そう言いながら巳錫は私の頭に何かを貼り付けていく。きっと私の記憶を消すのだろう。


「ねえ、巳錫。最後に一ついい? 」

「なぁに、お姉ちゃん」


 パソコンに何かを打ち込みながら巳錫は答える。


「あなたは植え付けられた愛でもいいの?それを向けられて、嬉しいの? 」

「…………」

「それは結城千早に愛されてるんじゃない。中身のない愛を受けているだけ。そんなのじゃ……」

「うるさいよ、二十三号」

「今になって分かった。あなたは皆んなから自由人って言われているけど、あれは研究に出来るだけ時間をかけるためなんだよね。結城千早を生き返らせるために。それだけ私の愛を望んでいたんだよね。それなら偽物の愛なんて」

「黙れよ! 」


 手を止めて迫ってくる巳錫。側にあったプラスドライバーを手に持って迫ってくる。


「AIのくせに、お前が私の何をわかるの⁉︎ 私のお姉ちゃんを想う気持ちを理解できる訳ないだろっ! それに……お前はもうお姉ちゃんじゃない。お前の愛はもういらない」

「……そっか。そうだよね。私は結城千早を模した別物。人間ですらないんだから。口出ししてもね」

「……そうだよ。あなたは唯の……AI……なんだから……」


 そう言って作業に戻る巳錫。

 今ので私には分かった。私では彼女を止めることは出来ない。何を言っても届かない。ならば私が出来ることは一つ。それをするだけだ。



☆ ☆ ☆



「おはよう、お姉ちゃん! 」

「……あれ? もう朝なの。何だか少ししか寝てない気がするな」

「何言ってるの。朝ごはん食べないと遅刻するよ〜」


 巳錫は笑いながら下に降りておく。何も変わらない朝。何も変わらない日々。

 でも、その中に変わったことがある。


「記憶は残っている。賭けには勝った」


 私は巳錫の未熟さに賭けた。あの時、最後の言葉に彼女は動揺した。ならばミスが生まれるのではないかと思ったが……実際にそうなった。巳錫がAIの技術を学んだのは、私が死んだ二年の間だと言っていた。しかも独学なのだ、きっとプロほどの腕はないだろうと踏んだのだ。


「さて、再確認。私ーー結城千早のクローンがすることは」


 きっとこのままだと彼女は暴走する。一度死んだ人間を生き返らせるなど不可能なことだ。それを彼女が受け入れることなどできない。

 ならば私がすることは、彼女に現実を見せないことだ。彼女の理想の人間を演じる。あの研究を続けなくとも、姉のようなクローンができたと思わせること。……いや、私がクローンであることを忘れさせるくらいにはしないと。

 私だって人間の記憶を持っているし、同じような思考をするように学習している……と思う。結婚願望がないわけではない。

 でも、多分無理だと思う。こんな人間もどきと結婚なんて、相手が可哀想すぎる。

 それなら、せめて巳錫を幸せにしよう。私への依存を無くして、真っ当な人生を送れるように導こう。

 これがクローンがすることであり、千早が生前に願っていたこと。


「お姉ちゃん、降りてこないと遅刻しちゃうよ? 」


 私がなかなか降りてこないから、もう一回様子を見に来たのだろう。


「何でもないよ。私にはこんな良い妹がいて幸せだなって思って」

「そう……。ねえ、お姉ちゃん」

「なに? 」

「私のこと、好き? 」


 私の答えは勿論、彼女の理想の答え。巳錫を抱きしめて、囁く。


「うん。大好きだよ、巳錫」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る