Case2 自由っ子ちゃんとお姉ちゃん 中編

「……お姉ちゃん」

「巳錫……」


 あの後色々とあって、私と巳錫は帰宅した。私もショックだが、クラスメイトがあんな事になってしまった巳錫の気持ちは、私を超えているはずだ。


「巳錫……その……クラスメイトが」

「恋人が死んじゃって悲しいね、お姉ちゃん」

「……えっ? 」


 恋人?


「巳錫、何を言って……」

「でも、その悲しみは私が癒してあげる。ねっ、ほら」

「何を言っているのかわからないわ! 私とあの子は恋人じゃ……」

「図書室」


 私の言葉を遮る巳錫の言葉は、核心を的確についた言葉で、私の反論をする隙を消した。


「私、知ってるんだよ。告白されてたじゃん。お姉ちゃんも、満更でもない感じだったよね」

「巳錫、もしかして見ていて……」

「もちろんだよ」


 巳錫の手が私の両肩に乗る。全く力を込めていない手に私の体はフリーズさせられている。


「ねえ、お姉ちゃん。私はすごく悲しかったな。お姉ちゃんが浮気して」

「うわ……き? 」

「そうだよ。あの女のことを拒まなかったじゃん」


 逃げないと。今目の前にいる巳錫はよく知っている彼女ではない。早く逃げないと、取り返しのつかない事に……。


 グシュ!


「えっ?」


 何かが潰れた音がした。下をみると、そこには鉄板。脚ではなく、鉄板


「あっ……あぁああああああああああああ! 」

「悪い足は、さよならだよ」


 巳錫は手元にあったスイッチを投げ捨てて、もがき苦しむ私の元に来る。


「あーあ。お姉ちゃんの脚、綺麗だったのに。残念だなぁ」

「巳錫……! どうしたの……⁉︎ 正気に……! 」

「私は正気だよ」


 彼女は私の上に乗って、私の手を取る。それを自分の頬に当てる。


「私、この手も好きだよ。だから、もう二度と壊させないでね。今度こそ良い子でいてね」

「何を言って……」


 壊させない? 良い子? まるで前回があったかのような言い回しに疑問を覚える。私は彼女に今回のようなことをされた覚えは……。


「あっ……そうかそうか。お姉ちゃんは覚えてないよね。見せてあげるね。大丈夫、壊れないギリギリの痛め方をしたから、止血はいらないよ」


 そう言って巳錫は私を抱えてとある部屋の中に入る。そこには。


「これって……」


 そこにはカプセルに入った私ーー結城千早がたくさん居た。どれも同じ顔をしていて、不気味さを感じる。


「これはお姉ちゃんだよ、全員」


 私を抱えた巳錫は一つのカプセルに近寄り、それを開ける。そして中にいた私について自慢げに話し出す。


「ほら、見てよ! これはお姉ちゃんから取った細胞を培養して作った皮膚だよ。この眼もお姉ちゃんの眼を使ったし、髪の毛もお姉ちゃんのを使ったんだよ。他にもね……」


 目眩がする。自分の妹がまさかこんなことをしているなんて、信じられない。一体何でこんなことを……。そもそも彼女はこんなことをしている子だっただろうか。


「ねえ、お姉ちゃんはどう思うの? こんな私を見て、気持ち悪いって思った? 」

「そ、そんなこと……うがっ⁉︎ 」

「あのね、お姉ちゃん。私はお姉ちゃんに気味悪がられるのよも、お姉ちゃんに嘘を吐かれるのが嫌いなの。そんなことされたらついついね……壊しちゃいたくなっちゃうの」

「う……お、思いました」


 そう素直に答えた私を、巳錫はジッと見つめて、それから。


「何でこんな事を、って顔してるね。わかるよ。だって今までだってお姉ちゃんはそう言ってきたんだもん。教えてあげるよ」


 そう言って彼女は奥に進む。そこにあったのは。


「……心臓? 」

「そう、心臓。お姉ちゃんの、ね」


 私の……心臓……。

「多分分かってるよね。お姉ちゃんは自分が後ろのクローンの一人だって。だって、普通は両足を潰された人間は生きられないもんね」

「いや、それ以外にもあるけど……まあ、うん。気づいてる」


 これまでの巳錫の言葉から普通に推測できた。

 ……それにしても、何だか自分が異常に落ち着いているな、と思う。まるで恐怖という感情が抜け落ちているみたいに。今まで怖かった記憶はあるのに。


「……今から二年前だよ。お姉ちゃんは死んじゃったの。私を庇って、轢かれて。私はすごくショックだった。だって大切な人が死んじゃったんだもん。だから、勉強したの。いっぱい勉強して、色々な技術を学んで、私は一つの方法を見つけた。

 ここはお姉ちゃんを生き返らせる研究所だよ。お姉ちゃんの肌を使って人工皮膚を作って、お姉ちゃんの内臓を使って人工内臓を作って、お姉ちゃんの血液を使って人工血液を作って……。でもね、一個だけ出来なかったのがあったの」


 そう言って彼女は心臓の入ったガラスの入れ物を撫でるように触る。


「それが心臓。何回やっても失敗した。お姉ちゃんの心臓から作った心臓は動かなかった。だから今は、お姉ちゃんの記憶を覚えさせたAIを使っているの。でも……いつかはお姉ちゃんの心臓を入れたい。そうすればお姉ちゃんの意識は帰ってくるはずなの。脳が動いて、心臓が動けば……帰ってくるはずなの」


 そっか、AIなのか。今、これを考えているのは結城千早という人間じゃなくて……。

 だからなのかな、こんなに落ち着いているのは。AIは人間の感情を完全には再現できてないっていうし。


「……何だか落ち着いているね、お姉ちゃん。今までのお姉ちゃんは、これを見せると動揺していたのに。バグかなぁ」

「……これまで?」


 そこで私は思い出す。『もう二度と』『今度こそ』という言葉をかけられた事を。あの時は分からなかったけど、今はどういうことかわかる。


「そうだよ。お姉ちゃんをここに連れてくるのは、これで二十三回目。どの時もお姉ちゃんは自分が人間じゃないって分かった瞬間に自殺したり、殺して欲しいってしか言わなくなったり……。ここまで話すのは初めてだよ」

「そっか……。なら私が正気のうちに教えて。何でこんなことをしたのか」

「そんなの簡単だよ」


 ガラスに映った巳錫の顔は、自信に満ちたというか、私を納得させるだけの理由があるかのような、そんな表情だった。


「お姉ちゃんのこと、好きだったもん」

「女の子同士だし、血が繋がっているしダメだって思った時もあった。でも無理だった。私にはお姉ちゃんしかいないの」

「でもお姉ちゃんも、お姉ちゃんのクローンもすぐに他の人に目移りしちゃう。私がいるのにさ」

「同じクラスの男、同じ学年の男、部活の先輩、お姉ちゃんの友達を名乗る女……私のクラスメイト」

「だから今までも壊して、私に壊される記憶を消してデータを移して、壊して、移して……今のお姉ちゃんクローン二十三号がいるの」


 ……確かにクラスの男子に告白されたことはあるけど、全部断ったはず。それに友達の女って、多分一緒に帰りにジュースを飲んだ優音ゆうねちゃんのことだと思う。目移りじゃなくて友達付き合いなんだけどな……。

 そんなことを考えていると、巳錫が腕の中の私をクルリと回して目線を合わせる。


「ねえ、お姉ちゃん。今すぐに誓って。もう二度と浮気しないって、私以外の人間と愛を育まないって。さもないと……わかるよね?」


 正直、助かりたいか否かと言われたら助かりたい。ここで誓わなかったら彼女は私を殺すだろう。だって彼女からみる私は、ただのクローンの一つだから。

 それでも、私の返事は決まっている。


「私は巳錫の想いには応えれない。私はあなたのことが好きじゃないから」

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