第8話 トレーニング

 ミーヤと自分自身の生活のお金を稼ぐため、ゴブリン討伐を続けていた俺。危ない目にあいながらも戦っていたある日、ミーヤが自らの思いを口にし、一緒に冒険者をしたいと言い出した。彼女の覚悟や決意に押される形で、俺はそれを承諾。仲間の証として銃、S&WのM34を贈ったのだった。



 ミーヤが冒険者をやると決めた日の翌日。今日俺は冒険者稼業を休んでミーヤと共に森へ来ていた。理由は簡単。ミーヤがM34の扱い方を教えてほしいと頼んできたからだ。

「あの~、バレットさん。今日はその、この武器のトレーニングをするんですよね?」

「そうだよ」

「じゃあその練習のために森に来たって事ですよね?でも、わざわざ森まで足を運ぶ必要、あるんですか?町の中でなくても、郊外の平原とか練習できそうな所はありましたけど?」

 森の中を歩きながら、ミーヤは右手で右腰の、ベルト一体型のホルスター、そこに収められたM34を指さしている。


「銃って言うのは使う時に大きな音がするからさ。町中や町の近くじゃ銃の練習は出来ないし、だから森に来たんだ」

「成程。そうなんですね」


 そうやって歩いていると、俺たちは森の中の少し開けた場所に出た。

「よし。ここなら良いかな」

 周囲を見回し、ゴブリンや狼などが居ない事を確認すると、俺は背負っていたリュックを下ろした。今日は依頼で来ている訳ではないので、色々物を持ってきた。


「さて。それじゃあ早速。今から銃の扱い方。より正確に言えば、ミーヤの持っている銃、M34の解説と操作の練習、射撃の練習をしていくからね」

「は、はいっ!よろしくお願いしますっ!」

 彼女は真剣な様子で頷き、じ~っと俺を見つめている。ちょっと恥ずかしいがまぁやる気十分なのは良い事だからな。


「それじゃあまず、銃と銃弾の関係から説明していこうか」

 俺はリュックの中から事前に召喚しておいたもう1丁のM34とその使用弾薬である『22LR弾』の入ったパックを取り出し、更に中から1発の22LR弾を取り出す。


「まず、この小さな筒状の物。これが銃弾だ。銃って言うのは、この銃弾を発射するための道具なんだ。ミーヤに分かりやすく言うと、そうだなぁ。弓と弓矢で例えよう。こっちの銃が弓本体。こっちの銃弾が弓矢って感じだね」

「弓。……じゃあこれも、やっぱり遠くから敵を倒す道具なんですか?」

「あぁ。とりあえずまずはそういう認識で構わないよ。ただし、扱い方は弓とかとは全然違うから気を付けてね?」

「は、はいっ」


「うん。じゃあまずは、弾を入れない状態でM34を触ってみようか。自分のを手に取って」

「はいっ!」

 彼女は、ホルスターから自分のM34を取り出す。


「あ、改めて持ってみると、結構重いんですね、銃って」

「まぁ最初はね。けどM34はまぁまぁ軽量小型の方だし、そのうち慣れるよ。じゃあまず、一番重要な操作からね」

「あっ、はいっ!」


 その後、俺は実際に自分のM34を操作して見せながら、扱い方を教えた。弾を入れる手順や、射撃の手順。狙いの定め方や構え方。銃、特にリボルバーを扱う上での注意点などなどを教える。そして最後に。


「それじゃあ、これまで色んな事を教えたけど、最後にこれだけは絶対に守らなきゃいけないルールを教えるから。他の何かは間違っても仕方ないとしても、これだけは絶対にやっちゃダメなんだ。良い?」

「は、はいっ!そ、それでそれは、一体っ?」

「それは……」

 彼女は緊張した様子で、ゴクリと固唾をのみ俺の言葉を待っている。


「『絶対に仲間に銃口を向けない』って事だ」

「銃口を、向けない?それが何よりも守るべきルールなのですか?」

「そうだ」

 彼女は少し、そんなことなの?と言わんばかりの表情をしている。まぁ銃なんて知らなかったら無理もない。……しっかり教えておかないと。


「よく聞いてよ?ミーヤ。銃と銃弾はね、例え1発でも当たり所が悪ければ死ぬんだ。頭、つまり脳みそもそうだし、胸、心臓もそう。銃は相手を1発で殺す事も出来る武器だけど、それはつまり『間違って1発仲間に撃っただけで仲間を殺してしまうかもしれない』って事なんだ」

「ッ!!」


 どうやら彼女も俺の言葉で危険性を理解したようだ。息を飲み、顔を青くしている。

「その様子だと、分かったみたいだね。銃を味方に向ける事が、どれだけ危険かって事が」

「は、はいっ」

 彼女は少し震えながら頷くと、自分の手の中にあるM34へ視線を落とした。

「少し、信じられません。こんな小さな物で、簡単に誰かの命を奪えてしまうなんて」

「確かにね。でもそれは事実だ。たった1発の銃弾だって、致命傷になる事もある。だからこそ味方への誤射なんて絶対に避けなきゃいけないんだ。そこは、絶対に覚えなきゃいけない。良い?」

「は、はいっ!!」

「よし。じゃあ銃、リボルバーの扱い方は一通り教えたけど、まずは何よりも実践しないとね。って事で今から実際にM34を撃ってみよう」

「わ、分かりましたっ!」


 ミーヤは緊張した面持ちで頷く。それを確認すると、俺はリュックの中からゴーグルと耳栓を取り出した。

「それじゃあまず準備って事でこれを眼鏡みたいに目に。こっちを耳に入れて」

「これ、は?」

「それは目を保護するゴーグルと耳を守る耳栓。ミーヤはまだ銃の扱いに慣れてないからね。使って」

「わ、分かりました」

 彼女は慣れない様子でゴーグルと耳栓を装着する。

「で、出来ました」

「OK。じゃあ次は弾を装填する所までやってみよう。俺も一緒にやるから、俺をまねして」

「はいっ」


 という事で、まずは俺がM34に弾を装填する動作を見せ、彼女が少しもたつきながらもそれを真似する。ラッチを操作してシリンダーを真横にスイングアウトさせ、そこに22LR弾を6発装填し、シリンダーを戻す。

「で、出来ましたっ!」

「よし。じゃあ次、今度は俺が実際に撃ってみるから、それを後ろからよく見ててね」

「はいっ!」


 彼女が俺から数歩離れたのを確認すると、俺はM34を両手で構え、親指で撃鉄を起こす。狙いは、とりあえずここから数メートルの木の幹に付ける。しっかり両手でグリップを抑え、そして引き金を引いた。


 M1911A1とも異なる銃声が響き渡る。

「きゃっ!」

 直後、後ろから聞こえる悲鳴。一旦M34を下ろして振り返ると、ミーヤがびっくりした表情のまま目を見開いた姿で放心し、地面にへたり込んでいた。

「あ~。大丈夫?」

 俺が声を掛けるが、しまった耳栓をしたままだ。俺は一旦M34を左手に持ち替え、右手で彼女の肩を優しく叩き、ついで人差し指で耳を指し示す。するとすぐさまハッとなってミーヤは耳栓を外した。


「大丈夫?銃声にびっくりしてたけど?」

「あ、ご、ごめんなさい。耳栓をしていたのに、思ったり大きな音だったので、びっくりしちゃって。すみません、せっかく教わっている所なのに」

 ミーヤはどこか申し訳なさそうに言葉を漏らす。

「そっか。まぁでも仕方ないよ。俺だって初めて本物を撃った時、そりゃ銃声の大きさに驚いたもん。しょうがないよ」


 彼女の驚きっぷりは俺も分かる。何しろ本物を始めてぶっ放した時の俺なんかまさに今の彼女と同じだ。驚き、放心してしまったあの時の記憶がよみがえってくる。


「とにかく。こういうのは慣れだからね。まずは耳栓をしたまま射撃が出来るように、練習を繰り返して慣れていこう」

「わ、分かりました」

 地面にへたり込む彼女に手を差し出し、彼女もそれを取って立ち上がった。


 それから、彼女の射撃練習が始まった。最初はおっかなびっくり、って感じだった。銃を撃つ事自体に怯えている様子だった。けれど少しすれば何とかそれも克服した様子。少しは銃に慣れた所で、今は狙って当てる事の練習をしている。


 が、流石に森の中で何十発とぶっ放していると他の冒険者に気づかれそうだし、何を呼び寄せるか分からないので、練習は数回で終わり。幸い、ある程度狙った所に当てる、という所までは出来たので今日の練習は終わりにして、俺たちはティレットの町へと戻るため歩き出した。


 そんな帰り道での事。

「あの、バレットさん」

「ん?どうしたの?」

「一つ、気になったんですけど。私とバレットさんの持ってる銃って、根本的に異なるんですよね?確か、おーとまちっくと、りぼるばー、でしたっけ?」

「そうだよ。俺のM1911A1がオートマチック拳銃。ミーヤのM34がリボルバー拳銃だ。けど、それがどうかしたの?」

「どうして、私とバレットさんの銃は違うのかな~ってふと思ってしまって。それで気になって聞いてみたんですけど、聞いたらダメでしたか?」

「いやいや。全然そんなこと無いよ」


 少し不安げに俺の顔を覗き込む彼女を安心させようと、俺は笑みを浮かべる。

「けどそうだな。じゃあトレーニングの一環、になるかは分からないけど。ここで少しM34とその銃弾、22LR弾の話をしておこうか」

「話、ですか?」

「そっ。まぁ参考程度に聞いてもらえると助かるかな」


 そう前置きをしてから、俺は話し始めた。

「まず、なぜミーヤにあげた銃が俺のM1911A1と同じオートマチック式じゃないのか。その理由は簡単。その1。『リボルバーは操作が簡単だから』」

「え?そうなんですか?」

「そうだよ。何しろ大体のリボルバーなら、シリンダーに弾が入っている状況なら撃鉄起こして引き金を引くだけで弾が出るからね。それに理由その2。『弾詰まりの対処がオートチックより簡単である』事。さっき、ごくまれに不発弾とかがあるって話したでしょ?」

「はい。でも、リボルバーならその対処が簡単なんですか?」

「そりゃね。例えばの話、M34で射撃をしていて、3発目が不発で発射できなかったとする。でもすぐに撃鉄を起こせば、その時シリンダーが回転して移動するから、4発目を撃つことが出来るって訳」

「あ、そっか」

 説明を聞いて、ミーヤはM34を見つめながら納得したように頷いた。


「ミーヤはさ、銃に関してはほぼ素人だからさ。オートマチックよりも不発弾に対処しやすいリボルバーにしたんだ。万が一戦闘中に不発弾とかが出ても、対処法がシンプルならその分パニックにならずに済むでしょ?」

「そうですね。確かに私はまだまだ初心者ですから、その方が良いですよね」

「そっ。とはリボルバーである理由は大きくまとめてこの二つ。操作がシンプルである事と、装弾不良などをオートマチックより起こしにくい事、という訳」

「そういうことなんですね。……でもすごいですね。銃と一括りに言っても、皆それぞれ違いがあるんですねぇ」

 関心するようにそう言いながら、彼女はホルスターのM34を見つめつつ撫でている。


「まぁね。でも、違いがあるのは銃だけじゃない。銃弾も同じなんだ。って事でお次は22LR弾を選んだ理由を説明するから」

「あ、はいっ!」

 俺が声を掛けると、M34から視線を俺に戻すミーヤ。

「まず22LR弾の最大のメリット。それは反動が小さい事なんだ。撃ったミーヤ本人なら分かると思うけど、銃の反動、感じたでしょ?」

「はい。正直、思っていたよりも強い反動でした。こんな小さな武器からあんなに強い反動を感じるなんて、ホントに驚きました」


 初めて銃を撃った瞬間を思い出しているのか、彼女は自分の右手を見つめている。

「そっか。でも正直に言うと、22LR弾の反動は結構小さい方だよ?」

「えっ!?あ、あれでですかっ!?」

「うん。俺もさっき撃ったけど、やっぱりいつも使ってるM1911A1より反動を軽く感じたよ」

「そ、そうなんですね。あれよりも強い反動ってちょっと、想像できないですね」

「まぁミーヤは銃の初心者だからね。無理もないよ」


 少し不安そうな彼女を宥めるために、俺は彼女の頭を優しくなでた。

「あっ」

 すると何やら彼女は頬を赤くしながら俺を見上げている。……あれこれ不味いかな?なんか流れで頭撫でちゃったけど。ま、まぁいいや。

「で、説明に戻るけど……」

 そう言いながら出来るだけ自然に手を放す俺。

「あ……」

 が、なぜかミーヤの残念そうな声が聞こえる。うんっ、聞かなかった事にしようっ!説明に戻ろうっ!


「22LR弾は反動が小さいから、もっぱら銃の初心者の訓練に使われる弾なんだ」

「初心者の、訓練。じゃあ今の私にぴったりの銃弾、って事ですね」

「そうだね。そして、そんな初心者向けの弾を使えて、オートマチックよりは操作が難しくないリボルバー、という条件に合致するのが今ミーヤの持ってる『S&W   

M34』なんだ。だから、そんなM34だからこそミーヤの最初の相棒にちょうどいいんじゃないかと思ってさ」

「そうなんですね」


 彼女は頷くと立ち止り、ホルスターからM34を抜いた。それを両手で持ち、見つめている。俺も足を止め、そんな彼女の様子を伺う。


 今の彼女は、M34を見つめながら何かを強く決心したような、覚悟を決めたような表情をしていた。やがて。

「バレットさん」

「ん?何?」

「私は、何度でも言います。バレットさんのおかげで、今の私があるんだって思ってます。とても感謝しています。でも、もう少しだけ私の我儘を聞いてくれませんか?」

「我儘?」


 俺が問い返すと、彼女は静かに頷き、数回深呼吸を繰り返してから口を開いた。

「今までの私は、弱かったです。逃げる事や祈る事しか出来ませんでした。だからお父さんやお母さんたちを助けられなかった。でも、もう失うのは嫌です。だからこそっ、『強くなりたい』んですっ!」

「ッ」

 彼女の、覚悟を決めたような表情と俺を真っすぐ見据えるその瞳に俺は思わず息を飲んだ。


「もう、大切な人を失わないために。私は強くなりたい。バレットさんがくれたこの銃が、このM34が、そんな私の強くなるための第一歩だと思ってます。でもまだ私は弱いです。自分に何が出来るのかも分かりません。……それでもバレットさんの傍に居たい。そんな私の我儘を、聞いてくれませんか?」

 そう問いかける彼女に、俺の答えは決まっていた。


「あぁ、良いぜ。付き合ってやるさ。何しろ、今の俺たちは同じパーティーのメンバー。仲間なんだからなっ」

「ッ!はいっ!」

 俺が満面の笑みを浮かべながら答えると、彼女は息を飲み、涙を浮かべながらも力強く頷いた。


「さぁ、町に戻って飯食って休もっか。明日から本格的に冒険者として仕事をするからさ」

「はいっ!バレットさんっ!」

 俺たちはお互い、笑みを浮かべながら町へと戻って行った。


 こうして、ミーヤのための短いトレーニングが終わった。いよいよ、明日からが本番だ。


     第8話 END

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