第3話 初仕事

 元日本人の転生者である俺、『バレット』。色々あってこの世界へと転生した俺は家族にも恵まれ、片田舎の農村で育った。そして16歳を迎えた俺は、家族に見送られながら、冒険者となるために育った村を出た。



 今、俺は村を出て隣町に向かうための街道を一人歩いていた。隣町に向かう理由はただ一る。冒険者ギルドに用があるからだ。


 この世界における『冒険者』という職業は、聞く限りでは俺がよく読んでいたライトノベルに登場する冒険者と特に変わりはない。ギルドに登録し、そこから依頼を受注。それをこなして報酬を貰う。至って普通の、俺がよく知る通りの冒険者だ。


 で、育った村から最も近い冒険者ギルドがある場所、それが隣町って訳だ。幸い親父が野菜を売りに馬車で隣町に行くのに何度か付いていったから道は分かる。隣町までは馬車で2時間程度。徒歩なら、まぁ今日の夕方とかには遅くとも着けるだろう。問題は、宿だなぁ。夕方には町についたとして、それから宿探しか。今日はギルドで登録してる暇、無さそうだなぁ。


 何てことを考えながらも歩き続けた。時折休憩を挟みながら、歩き続ける事数時間。

「ふぅっ、よ~やく見えて来たぜぇ」


 散々歩いてきた疲れを足に感じながらも、どうにか日が暮れる前に俺は隣町『ティレット』までたどり着く事が出来た。町を囲う城門の一部に作られた城門から中へと入る。ティレットの町には親父の仕事の手伝いで何度か来た事があるので、別に珍しくもないが。

 しかし一人である事と、これまでとは違う目的でこの町に来ているんだと思うと、不思議とワクワクしている自分が居た。


 とはいえ、だからと言って宿なしのままじゃ不味い。幸い宿がある場所は以前来た時に事前に下見してある。とはいえ時間も時間だし殆ど歩き通しで疲れた。明日はギルドに行って冒険者登録をして、依頼もこなさないといけない。そう考えると早く休みたかった。


 なので俺はすぐさま宿がある通りへと向かい。何軒か空き部屋があるか確認したのだが、その多くは冒険者が定宿として使っていて満室だったり、商人が部屋を取ったりしているなどしてダメだった。そんなこんなで訪れた5件目の少し古い宿。


「すみませ~ん」

「はいは~い。何だい?」

 ドアを開けて中に入り、カウンターにいる恰幅の良いおばちゃんに声を掛けた。

「部屋を一つ取りたいんですけど、空きってありますかね?とりあえず一週間くらい」

「あぁ、それならあるよ。一人部屋で良いかい?」

 おばちゃんはどこからか台帳らしき物を取り出し頷いた。

「はい、それでお願いしますっ」

 よかった。ようやく宿を確保できたぞ。正直ちょっと宿取れるか心配だったが、何とかなったな。

「それじゃあ、とりあえず一週間の契約ね。料金は小銅貨8枚ね。料金は後払いでも前払いでも良いけど、どうする?」

「じゃあ先に払うよ。幸い手持ちがあるし」

 リュックを下ろし、中からお金の入った袋を取り出してちょうど小銅貨8枚を渡す。


 ちなみにこの世界では、金貨、銀貨、銅貨がそれぞれ大と小に分けられており、合計6種類の硬貨が存在している。カウンターで恰幅の良い女将のおばちゃんに金を払い、部屋の鍵を受け取った。


 その後、教えられた番号の部屋へと行き、鍵を使って中へ。

「お~~。これが今日から俺の部屋か~」

 部屋の作りはかなり簡素だった。ベッドが一つにテーブルと椅子が一組ずつ。窓が一つに服とかを入れられるクローゼットが一つ。まぁこの世界の安宿ならこんなもんか、と思いつつ俺はリュックをクローゼットの中にしまい、ホルスターとベルトを外してテーブルの上に置くと、ベッドの上に寝っ転がった。


「今日から一人暮らしスタート、か。はは、やっべぇ緊張するわ~~」

 分かっていたはずだった。それでも部屋に一人きり。周囲には頼れる家族や友人もいない。いや、正確に言うのなら1日歩けば家族がいる場所には帰る事は出来る。


 出来るのに、育ち慣れ親しんだ場所を離れたためか。或いは新しい日常が始まる事への不安からか。別にこぼす意味のない独り言が口から漏れ出る。

「……この寂しさにも、早く慣れないとなぁ」

 再び口からこぼれる独り言。ってダメダメ。辛気臭いのは無しだ。折角夢をかなえる為に育った村を出てきたんだ。開始初日でホームシックにかかってどうするんだ俺、って話だろ。


 は~~、腹も減ってるからネガティブな事考えちまうのかなぁ?確か、朝飯と夕飯は宿の方で用意してくれるって話だったし。夕飯食ってとっとと寝るかぁ。


 頭の中で考えてても仕方ない、と割り切った俺は簡単な夕食を済ませると部屋に戻り、速攻で眠りについたのだった。



~~~~翌朝~~~~

「ふ、あ~~~~」

 朝。俺は窓から差し込む光で目を覚まし、欠伸を一つしながら上半身を起こした。が……。

「………。ここどこ?」

 寝起きの寝ぼけた頭が覚めるまで、俺は昨日村を出た事などをすぐには思い出せず、数秒してようやく思い出したのだった。


 その後、俺は一度部屋を出て宿の食堂で朝食を取ると、一旦部屋に戻って、ホルスターからM1911A1を取り出し、セイフティを外して、マガジンを抜いて、チャンバー内部に弾が残っていない事を確認すると、スライドの動作確認をしてから、またマガジンを戻してセイフティを掛けなおす。


 銃って言うのは存外デリケートな物だからな。最近じゃこれは俺の朝のルーティンワークみたいになってる。

「さぁて。お決まりのルーティンも終わったし、いよいよ行きますかぁ」


 M1911A1をホルスターに収め、弾用ポーチもベルトにセット。リュックの中から弾用とは別のポーチを腰の後ろにセットする。流石に依頼を受けるのにあのリュックを背負ったままじゃ動きずらいからな。……って言うか、今思うとゲームやアニメの主人公たちって結構軽装で依頼受けたりしてるよな。今考えるとあれって回復薬とかそういうのどうしてるんだ?と考えてしまう。


 ま、まぁその辺りは考えても仕方ないしな。とりあえず今日はギルドに登録して依頼をこなさないとなっ!


 俺は部屋を出てカウンターのおかみさんに鍵を預けると、宿を出てギルドへと向かった。幸いギルドの場所も前にティレットの町に来た時に事前に調べてあるので、迷うことなくたどり着く事が出来た。


「いよいよ、かぁ」

 最初に町に来て、初めてギルドを見た時は興奮したもんだが、2回目ともなると流石にあの時程は興奮しないな。それに今は興奮するよりも、緊張していた。何しろこれから冒険者になるんだからな。

「よしっ、行くぞ」


 緊張する自分を鼓舞するように小さく声を漏らすと、俺はギルドの中に足を踏み入れた。


 ギルドの中に広がっていたのは、正直に言えば予想通りの光景だった。様々な男たち、時折女性たちが武器や防具を纏い、依頼が張り出されている掲示板の前にたむろしている姿もあれば、依頼書を片手に受付に並ぶ者たちや、奥に見える食堂らしきところで食事ている人たちもいる。 多くの人が行きかい、皆依頼を受けては出ていき、また戻って来る人もいる。 漫画やアニメだけでは伝わらない『生の活気』が今まさに俺の目の前に広がっていた。


「ふふっ」

 そう思うと自然と笑みがこぼれた。今日から俺もこの活気の仲間入りをするんだと思うと、興奮してしまう自分がいた。けれどまだだ。まずはちゃんと登録を済ませないとな。


「さて、と」

 事前に冒険者登録について、故郷の農村で元冒険者だった知り合いのおじさんから話は聞いてた。確か登録を行う専用の窓口があるって聞いてて、お?あったあった。


 俺は『冒険者登録用窓口』という看板を掲げた窓口に並ぶ列の、最後尾に並んだ。それからしばらくは列が進むのを待っていた。そんな時間が退屈だったので、とりあえず周囲を見回してみる。


 周囲には相変わらず無数の冒険者が依頼を受けたり、依頼を吟味したりしているが、よく見ると様々な年齢の冒険者が居た。50代と思われるベテランらしき男性をリーダーとしたパーティーと思われる集団。全員が20代くらいの、新進気鋭と言う言葉が合いそうなパーティー。更にそれよりも下、16歳前後の男女で構成された駆け出し感のあるパーティーの姿もある。


 更に視線を俺も並ぶ列に向ければ、並んでいるのは殆どが俺と同程度の年齢の子たちばかりだ。正直ティレットの町はそこまで大きな町、ではないはずだけど。やっぱり俺みたいに冒険者になるために農村などから出てくる子たちが一定数居るって事なのかなぁ。


 などと考えていると。

「次の方、どうぞ~」

「あ、は~い」

 っといかんいかん。俺の番になった事だし今は登録に集中しないと。窓口に向かうと、眼鏡を掛けた知的なお姉さんが対応してくれた。まさにギルドの受付嬢って感じだな。


「ようこそ、冒険者ギルド、ティレット支部へ。本日は冒険者登録をご希望ですか?」

「は、はいっ、そうですっ」

 い、いかん。初めての事だからどうにも緊張してしまう。

「そうですか。では冒険者登録に当たっていくつかの質問と、説明をさせていただきます。よろしいですか?」

「はいっ」


 その後、俺は色々質問を受けたり、説明を聞いていた。説明の殆どは冒険者が守るべきルールと、『ランク』についてだった。


 この世界の冒険者にはSSSから始まり、S、A、B、C、D、E、F、Gと9段階に分けられる強さのランク付けがされている。お姉さんの説明によれば、Eランクで1人前。CかBで中堅。Aランクで一流。S以上は未だ数えるほどしか到達した者が居ない、まさしく伝説的な冒険者らしい。


 更に説明の中で冒険者が受ける依頼についての説明もあった。依頼もまた、冒険者のランク分けと同じくSSSからGまでの9つにランク分けがされている。そして冒険者は自分のランクより上のランクの依頼は基本的に受けられないそうだ。一応例外もあるらしいが。


「さて、説明などはこれで一通り終わりですが、何かご質問は?」

「いえ。知りたい事は一通り分かったので、今の所は無いですね」

「そうですか。では、こちらを」


 お姉さんが俺の前に置いたそれは、前世の知識がある俺からすると、軍隊の認識票、ドッグタグに似ていた。そこに記されているのは、俺の名前と冒険者ランクだけだった。

「これ、って?」

「それは『ギルドプレート』。すなわち、冒険者である証です」

「ッ」

 冒険者の証、と聞いて俺の心臓が一瞬跳ねた。これを受け取れば、今日から俺は冒険者になれるのか。そう思うと、興奮と喜びで心臓が早鐘を打つ。


「さぁ、どうぞ?」 

 そんな俺を知ってか知らずか、お姉さんは優しい笑みを浮かべながら促す。俺はゴクリと固唾を飲み込むと、震える手でギルドプレートを手にした。

「おめでとうございます。今日からあなたは冒険者です」

「ッ、ありがとうございます」


 お姉さんの言葉に反射的にお礼を言うと、俺は窓口を離れた。壁際まで行き、マジマジとギルドプレートを見つめる。これが冒険者の証。今日から冒険者の仲間入り、かぁ。


 それからしばらくプレートを見つめていたが、しばらくしてハッとなってポーチの中にしまい込んだ。いかんいかん。今日中に依頼を受けて収入を得ておかないと。お金が無ければ宿を追い出されるし、食事もままならなくなる。


 とにかく、冒険者に慣れるためにも少しでも依頼を受けておかないとな。こういうのは数をこなして慣れていく、って感じだろうし。俺はすぐさま依頼が掲載されている掲示板の所へと向かった。今はある程度、人がはけていたので助かっていた。


 Gランクの依頼が集まっている所の前に立つが……。

「う~ん」

 正直、良いと思える依頼は殆ど無かった。Gランクの依頼の多くは、薬草採取や指定された場所への手紙や物を運ぶ事など。後は農家の臨時の手伝いとかが多い。はっきり言ってアルバイトの求人でも見てる気分だった。 まぁ、正真正銘駆け出しのGランクじゃこんなもんか、と思っていると。


「ん?」

 ふと気づいた。なんのき無しに依頼書を見ていたのだが、なぜかゴブリン系の依頼書が複数張り出されていた。

「同じ、だよな?」

 なんで似たような依頼が複数も?と疑問に思った俺は念のため依頼書を見比べた。しかしどれも内容は同じだった。


 依頼内容はゴブリンの討伐。数の制限は特になく、ゴブリンを討伐してその証である耳を切り落とすなりして持ち帰り、ギルドに提出すれば討伐数に応じた金額を報酬として払う、という物だった。なんで依頼がこんなに?とは思ったが、考えても始まらないし、今の拳銃を持つ俺が最大限力を発揮できるのはこういった討伐系の仕事だ。となれば、これを受ける他ない。


 俺はゴブリン討伐依頼の紙を1枚とり、受付に向かった。列に並び、自分の順番がやってくるとそれを受付のお姉さんに出す。


「この依頼を受けたいんですけど」

「はい。ゴブリンの討伐依頼ですね。では確認のためにプレートの提示をお願いします」

「分かりました」

 俺はポーチからプレートを取り出してお姉さんに見せる。


「はい。確認しました。バレットさん、ですね。では確認が出来ましたので依頼は受注されました。何か質問などはございますか?」

「あ。じゃあ関係あるか分からないんですけど、一つだけ。なんで掲示板のゴブリンの討伐依頼があんなにあるんですか?」

「あぁ。そのことですか。バレットさん、ゴブリンが魔物の中で最も数が多いのは、ご存じですか?」

「えぇまぁ。知ってます」


 お姉さんの話の通り、この世界においてゴブリンとは、最も数の多い魔物と言う認識だ。そして俺みたいな農村育ちだと、農村での一番の脅威は農作物を荒らすイノシシやシカ、家畜を襲う狼、そしてその両方を襲いかねないゴブリンだと教わる。それほどまでのゴブリンとはどこにでもいる存在なのだ。


「ゴブリンは数が多いですからね。数を減らしておかないと、群れを作って農村を襲ったりすることもあるので。なので間引き目的にゴブリン討伐依頼は複数張り出される事が多いんです。群れなどを作らないように」

「へ~~。そうだったんですか」

 あの複数の依頼書にはそんな意味があったのか。それが分かってちょっとすっきりした。


「他に何か、ご質問は?」

「あ、大丈夫です。聞きたいことは聞けたので」

「そうですか。では、気を付けて行ってらっしゃい」

「はいっ」


 俺は受付嬢のお姉さんに頷くと、窓口を離れ、更にギルドを出てまずは近くにある道具屋に向かった。そこで野営や動物の解体などに使うという安いナイフを鞘付きで購入。それをポーチに入れ、俺はティレットを出て森へと向かった。



 やがて森の入り口に到着する頃には、太陽はすっかり真上だ。となると、日暮れ前には森を出たいから森に居られる時間はせいぜい3時間って所か。

「ふぅ。……いよいよ初仕事か」


 俺のほかには誰も居ない。俺が動けなくなれば助け何て無いからそこでゲームオーバー。ノーコンティニューのデッドエンドだ。そう考えると冷や汗が背筋を伝う。まぁそれでも、ここまで来たらやるしかないんだけどなっ!


恐怖を弾き飛ばそうと、俺はニヤリと笑みを浮かべ、拳をぶつけ合う。

「やってやるぜっ!」

 恐怖に飲まれて動けなくなればそれこそ死ぬ。だからこそ、恐怖で怯えてなんていられない。だから声を出して、自分自身を少しでも鼓舞しないとなっ!ここからがスタートなんだっ!こんなところで死んでたまるかよっ!


「っしっ」

 初仕事の覚悟は決まった。俺は右手をホルスターに伸ばし、M1911A1を手に取る。セイフティを外し、スライドを左手で引いてコッキング。念のためにチャンバーチェックも行い、弾を確認。これで準備はOK。


 俺はM1911A1を片手に森の中へと足を踏み入れた。



 森の中に足を踏み入れて、既に数十分が経過した。森の中は人の手が入った様子など無く、乱立した木々や茂みと言った死角が多い。幸い山や森の中を歩くのは農村育ちである事や近場の山やら川辺を射撃練習場にしていたから問題ないが、こうも死角が多いと奇襲が怖いな。


 時折、木の陰に隠れ周囲をしっかり索敵。五感の全てで敵を探しながら、目的のゴブリンも探す。そして、そこからさらに10分が経過した時だった。


「ん?」

 木の影から索敵を行い、一旦は敵の影を見つけられず出ようとしたその時、不意に何か聞こえた気がして俺は木の陰に戻った。周囲を警戒しつつ、耳を澄ませる。風で揺れる枝の音、鳥のさえずり。……それに交じって聞こえた、微かな音。それは鳥のさえずりほど綺麗ではなく、揺れる枝の音ほど安らかな音ではない。薄汚い、濁ったような声だった。


 そしてその声を俺は何度か聞いた事がある。ゴブリンの声だ。

「方向は、あっちか」

 俺はM1911A1を構え、音がした方へとゆっくり歩みを進める。枝などを踏んで音を出さないように慎重に進む。周囲を警戒しつつ音のした方へ進む。


 次第にゴブリンたちの声が大きくなっていく。近づいている証拠だろう。そして、見つけた。ゴブリンどもだ。今の俺から10メートル以上離れているが、ついにゴブリンの姿を捉えた。しかし声の数からして、最低でも2匹は居るな。幸いなのは、連中は動いていない事。逃げられても事だし、今の内に距離を詰める。


 木や茂みなどを利用して連中からの視線を遮りつつ、距離を詰める。遠距離では命中精度が期待できないハンドガンだからこそ、前に出て距離を詰めるしかない。そして距離を詰める間に見えたが、ゴブリンは3匹。どうやら狩りか何かをした後のようだ。奴らの傍に鹿らしき骸が転がっていた。3匹はその骸を割いて死肉を漁っている。だが、その方が好都合だ。食事中はそっちに集中するからな。


 俺は静かに歩みを進め、ゴブリンどもの背後に回り込んだ。彼我の距離は、8メートルと言った所。俺に背を向け、食事に夢中のゴブリンども。その数は3匹。……1匹2発で仕留めるしかないって事か。へ、やってやろうじゃねぇかっ!


 こんな状況だというのに、不思議と高揚している自分がいた。緊張でアドレナリンが過剰に分泌されてるのか何のかは知らないが、やれるだけの事をやる。生き残るために。


 俺は木の影から狙いを定める。両手でしっかりグリップを保持し、サイトを3匹の内の1匹に重ねる。ゆっくりと指をトリガーへ。

「すぅ、はぁ、すぅ」

 呼吸を整え、そして。

「ッ!!」

 トリガーを引いたっ。直後、響き渡り鼓膜を震わす銃声と手を通して体全体に響く反動。視界の端で後退したスライドが空薬莢を弾き飛ばす。そして。


『ギィアァァァァァァッ!?!?』

 放たれた45ACP弾に腹部を貫かれたゴブリンが絶叫を上げながら倒れこんだ。

『ギッ!?』

『ギギャァッ!?』

 仲間が倒れた事でそばに居た2匹が声を上げて驚いているっ!だがチャンスッ!もう1匹に狙いを定め、引き金を引いた。放たれた銃弾は、ゴブリンの足を撃ちぬいた。


『ギィィギャァァァァァッ!?!?』

 左足を撃ちぬかれた2匹目がその場に倒れこんだ。

『ギッ!?ギギィッ!?』

 3匹目はようやくこれを攻撃と理解したのか周囲を見回している。そして、不意に俺と最後のゴブリンの目が合った。奴の表情は驚愕に染まり、そしてそこから動かない。それは、俺にとってのチャンスだ。


「終わりだっ!」

 俺は笑みを浮かべながら、引き金を引いた。放たれた銃弾は、運よく奴の頭を撃ちぬいた。

頭を撃ちぬかれた最後の1匹が、力なく後ろに倒れこみ、動かなくなった。


 だが、それでもまだ油断は出来ない。俺は立ち上がって3匹の元に近づくと、まだ生きていた2匹目が俺を見て逃げようとする。完全に戦意を喪失しているな。今も動けない足を引きずって逃げようとするが、悪いな。こっちも仕事なんだ。俺は逃げる2匹目の背中に狙いを定めて、1発ぶち込んだ。


 2発目を撃ち込まれたゴブリンはそこで事切れ、地面に倒れた。そして最初に撃った個体に目を向ける。近づいたが襲ってこない所を見る限り、死んでいるのかもしれないが。念のためだ。


 そいつに銃口を向けて1発、撃ってみた。しかし撃たれた事に反応はしない。やっぱり死んでたか。……まぁ、どれだけ撃っても弾代は気にしなくて良いから、死亡確認に使えるのはありがたい。


 って、そんなことを考えてる場合じゃないな。ここは森の中。しかも他にもゴブリンが居る可能性がある。俺は素早く周囲を見回して敵が居ない事を確認すると、マガジンを抜いて、また新しいマガジンを差し込んだ。最初に使っていたマガジンは捨てずにポーチへと戻す。


 これは『タクティカルリロード』と呼ばれる行為だ。まだ1本目のマガジンには1発弾が残っているし、何ならM1911A1本体の薬室にも弾が1発残っている。マガジンが空になる前に新しいマガジンと取り換える。こうする事で常に最大限の射撃回数を維持できる。


 敵と遭遇した時、マガジン内部の残弾が2発と7発+1発じゃ全然違うからな。ちなみにこれは拳銃やらライフルにも言える事だが、薬室に弾が入った状態だとマガジンの装弾数に+1発追加出来る。ともかく、これで今のM1911A1は最大8回射撃が出来る状態という訳だ。


 さて、もう一度周囲を見回すが敵影らしき気配や影、物音は無い。俺は右手にM1911A1を握りつつ、ゴブリンの前に屈んだ。そして左手でポーチの中からナイフを取り出す。M1911A1をホルスターに戻すと、ナイフを鞘から取り出すゴブリンの耳を手早く切り落としていく。


 そして切り落とした耳3つを布で包んでポーチの中へ。更にナイフに着いた血も軽く振って拭うと鞘に仕舞って同じくポーチへ。

「はぁ~~~~」

 そしてそこまでして、俺は深く息をついた。やっべぇ。今更ながらに心臓がうるさい。それはもうフルボリュームでドクドク言ってるわ。あれかな?戦闘が終わったからアドレナリンの効果切れた?なんかメッチャドッと疲れたんだけど?


「って言っても、このままここにいても仕方ない、か」

 正直何かに座って休みたいが、ここはどんなモンスターが居るかも分からない森の中。加えて近くにはゴブリンと鹿の死体。血の臭いにつられて何が来るか分からないし、個々は早く退散しよう。



 その後俺は重い脚と体に何とかむち打ち、周囲を警戒しながらも森を出た。行きと違って帰りは足も重かったせいか、思ったより時間が掛かってしまった。日が傾き始める前には町に戻りたかったが、森を出た段階で既に空は夕日でオレンジ色に染まっていた。


 こりゃまずい、と俺は疲れた体を何とか言い聞かせながら急ぎ足でティレットの町へと戻って行った。その後、何とかギルドにたどり着いた俺は窓口で討伐の証である耳を三つ提出。報酬である小銅貨6枚をゲットした。


 報酬を貰い、ギルドを出た俺はそのまま真っすぐ宿へ。正直夕飯は食べてなかったが、今はベッドで休みたかった。それほどまでに疲れた。まぁ初仕事ならこんなもんか、なんて考えながら、着替えるのも億劫になり俺はベッドの上で横になった。


 初めての冒険者仕事に体は疲れ切っていた。それでも……。

「ふ、ふふっ」

 『自分の力で依頼をやり遂げた』という達成感は、そんな疲労に勝る程の喜びだった。ただのゴブリン討伐依頼だけど、それでも仕事をやり遂げた嬉しさを感じながら、その日は眠りについた俺だった。


     第3話 END

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