第2話 旅立ち

 時に、皆さんは『ハンドガン』と言う単語が示す銃をご存じだろうか?


 ハンドガン、日本では拳銃や短銃などと訳される事の多い小型の銃火器だ。他にもピストルと呼ばれる事がある人間が片手で扱う事も可能な、銃器の中では一番小さいジャンルの武器だ。


 しかし銃と言ってもハンドガンの有効射程は100メートルも無い。そこから更に、相手を止めるマンストッピングパワーが期待できるは50メートル以内。確実に当てるとなると、10メートル程度でなければならない。

銃火器とは、弾薬に封入されている火薬が爆発した際に発生する燃焼ガスに押されて加速する。そして銃弾の性能が同じであった場合、その射程距離はバレル、銃身の長さによって左右される。銃身が長ければそれだけ燃焼ガスによる加速を受ける。銃身が長ければそれだけ加速し射程と初速がのびる。


 が、逆に言えばバレルが短ければ満足な加速が出来ずに射程と初速が落ちる。つまり銃火器の中でバレルが短い拳銃や他の銃と比べて射程も速度も劣っていると言う事になる。


 本来拳銃が持つメリット。それは小型で取り回しが良く、目立たない事。そしてそれ故に自衛用の銃に適しているという事だ。実戦でも、兵士がメインアーム、つまりアサルトライフルなどを戦闘で紛失した時、心理的な不安感を払拭するためにサイドアームとしてハンドガンを携帯する場合は多い。アメリカなどでは、夜中に侵入者を撃退するために寝室のちょっとした引き出しに拳銃が入ってるなんて事もザラだ。


 つまり拳銃オンリーで実戦なんて、ほぼありえない。大体の場合の拳銃は自衛目的に使われるか、メインに何かあった時の予備、サイドアームと言った所。


 射程距離は短い、威力は弾種によって差はあるが、一般的な弾はARクラスのそれに威力で劣る。戦場でハンドガンを使い暴れられるのはゲームの中だけである。



 ……しかし、そんな中で俺は授かってしまったのだ。『ハンドガンチート』という個人的には『外れなチート』をっ!




 そして、俺はそんな外れチートを手に、異世界へと転生していた。


~~~どこともしれぬ田舎の村、の近くの森林~~~

『パァンッ!パァンッ!!』


 森林に響き渡る銃声。その銃声の元は、一人の少年だった。少年は耳栓と目を守るゴーグルを装備し、手にした拳銃、『M1911A1』を撃っていた。


 狙っているのは約8メートル先にある小岩の上に置かれたペットボトルサイズの小岩だ。銃弾が当ると小岩は砕け散る。


 時折狙いを外しながらも、少年は岩の上に並んだ五個の小岩を弾き飛ばした。すべての弾を打ち切ったM1911A1はホールドオープンと呼ばれるスライドが下がり切った状態で停止する。

「ふぅ」


 少年は息をつくと、構えを解き手にしていたM1911A1のマガジンリリースボタンを押し、空になったマガジンを取り出し、弾が入っていない事を確認すると、空のマガジンを改めてセット。ホールドオープン状態を解除するためにスライドストップを操作した。スライドが音を立てて戻るのを確認すると、少年はM1911A1を右足のレッグホルスターに収めた。

「よし。帰るか」


 少年は家族にも秘密の、日課のトレーニングを終えると笑みを浮かべながら村へと戻るために歩き出した。


 少年の名は『バレット』。元日本人のミリオタであり、転生者の少年だった。



~~~~~

 あの不運な事故をきっかけとした転生から、早いもので10年以上が経過した。あの日ダウナー女神からハンドガンチートを授かった俺は、この世界へと転生する事になった。


 俺が転生する事になった世界。それは俺のいた前世風に言えば中世ヨーロッパに似ていた。俺が第2の生を得た故郷は名もなき農村だ。人口は100人と少し。世帯数は20程度。殆どの家が農家をやってて、俺を育ててくれた第2の両親たちも農家だ。俺はそんな2人の子供、三男として生まれた。

 農家って言うのは重労働だ。だから少しでも人手を確保するために一つの家庭に子供が3人なんて当たり前。多いところじゃ5人以上いる。


 で、そうなってくると誰が家の畑を継ぐか、って問題だ。これは基本的に長男が継ぐ。次男や三男の場合は、家に残って兄貴を手伝うか。あるいは別の仕事を求めて村を出て町へ行く。


 そして、俺の場合は色々あって後者を選ぶ事にした。そんな事の始まりは、俺が16歳の誕生月を迎えた時だった。

「バレット」

「ん?何、親父」

 夜に家族5人で食事をしていた時、不意に親父が俺に声をかけてきた。料理から親父の方へと俺が視線を向けると、真剣そのものの表情で俺を見つめる親父と目が合った。


「お前、これからの事とか考えてるのか?」

「……これからの事、って?家に残るかどうか、って事?」

 親父の目は今まさに真剣そのもの。将来の事について聞かれたけど、正直な所予想は出来ていた。何しろ俺はこの世界に生まれてから、散々冒険者になるんだ、って両親や兄貴たちに言ってきたからな。だから俺も、静かに親父を真っすぐ見据えながら問い返した。

「そうだ。バレット、お前は昔から散々冒険者になるって言ってただろ?」


 親父は静かに俺を見つめながら語る。 親父の言う通り、この世界の冒険者には年齢制限がある。冒険者に登録できるのは、16歳からだ。そして今俺は16歳の誕生月を迎えた。つまり冒険者登録が出来る歳になったって事だ。


「それで、どうするんだ?お前ももう大人だ。だから俺はお前の選択を止めない。母さんとも既に話し合ってる。俺と同じように、お前の選択を止めないとな」

 そう言って親父は視線を母さんに向け、俺もそれに続いた。母さんは、親父とは違った。どこか悲しそうな、息子である俺を止めたそうな、悩むような表情のまま俺を見つめている。


「バレット。あなたは、どうしたいの?」

「俺は……」

 母さんの悲しそうな表情に、一瞬俺は揺らいだ。俺の選択は、俺の望んでいる道は、きっと家族を悲しませるかもしれない。そう思うと、言葉が詰まる。けれど……。


 俺には俺のやりたい事があって、それを今更諦める事、捨てる事なんて出来ない。俺には力があって、夢見た世界が広がっている。憧れた世界が目の前にあるのだから、今更引き返す事なんて出来ない。 俺は数回深呼吸をして気持ちを整えてから、真っすぐ母さんを見つめる。


「俺、冒険者になるよ」

「……そう。そうなのね」

 母さんは、気丈にも笑みを浮かべながら頷いていた。けれどやっぱり俺が家を離れる悲しみは、隠しきれていない。その目尻にたまった、涙だけは。


 それに気づいてか母さんは指先で涙を払い、親父は無言で母さんの傍に歩み寄り、その肩に手を置いた。

「本気、なのか?バレット」

「冒険者になるんだな?」

 そして俺の2人の兄貴たちも真剣な表情で、俺に問いかけてくる。


「あぁ。俺は、冒険者になるよ。それが俺の夢だから。夢を、夢のままで終わらせたくないんだ」

「……そうか」

「それが、お前の夢なら俺たちは何も言わねぇよ」

 兄貴たちは、静かに頷くとそれ以外の事は何も言わなかった。


「バレット」

 今度は、母さんが少し落ち着いた様子で声をかけてきた。俺は真っすぐ母さんと向かい合う。

「それが、あなたの夢なら母さんは応援するわ。でも、これだけは約束して。何が何でも、絶対に生きて帰ってくるって。たまにで良いから、家に戻ってきて元気な顔を見せて。お願いよ」

 縋るような、願うような母さんの表情を前に、嫌だなんて言える訳もない。それに俺自身も、死ぬ気なんて無い。


「分かってるよ、母さん。俺は必ず生きて戻って来るし、機会があったら村に戻ってきて顔を出すよ」

「えぇ、お願いよ。バレット」

 母さんと約束した。必ず生きて帰ってくるって。 



 両親や兄貴たちと話し合った数日後。俺は家を出る準備をしていた。着替えなどの荷物をリュックに詰め込み背負う。

「さて、後は……」


 荷物の準備は出来た。後は武器だ。俺は近くにあったテーブルに向かう。そこに置かれていたM1911A1を手に取り、スライドを引いてチャンバー、つまり薬室をチェック。弾は入ってない。マガジンを取り出し、弾を確認。うん、ちゃんと7発入ってるな。


 弾を確認した俺は、マガジンを戻し、スライドは引かずにセイフティだけを掛けた。もしマガジンを装填した状態でスライドを引くと初弾が薬室内部に入った状態になってしまう。薬室に弾が入った状態だと、まぁ無いとは思うが暴発の危険があるので念のためにな。


 俺はM1911A1を右足のレッグホルスターに収める。その時に独特な音が響くが、やっぱり良いなぁ。この独特な音。ガンマニアだったら実銃持ってるってだけで嬉しいんだけどさ。


 ……って感傷に浸ってる場合じゃないな。更に俺はレッグホルスターとは反対側。ベルトの左側に着けているマガジンポーチに目を向ける。ベルトの左側にはマガジンポーチを二つつけてあり、これ一つにM1911A1のマガジンを二つ入れらる。それを2つ付けてるので、予備マガジンは合計で4つ。今M1911A1に装備しているのも併せてマガジンは合計5つ。一つに7発入るから、今装備しているのは合計で35発。


 さて、必要な物はリュックに入れた。これまで地道に貯めた金もある。銃も弾も準備OK。

「よしっ、いよいよだな」


 覚悟は決まった。ここからが俺の夢の始まりだ。転生したこの世界で冒険者として旅をする。この先、どんな困難が待ってるかも分からない。が、一つだけ言える事があった。

「こんなにワクワクしたのは、いつ以来だろうなぁ」

 どんな危険があるかも分からないのに、俺は一人笑みを浮かべていた。それは、恐怖さえも凌駕する程の興奮のなせる業だった。

「さぁ、出発だ」


 背中のリュックを背負いなおし、俺は自分の部屋を出た。向かった先は、家の玄関。そこで両親と兄貴たちが待っていた。

「バレット。行くのね?」

「うん、行ってきます」

「そう。……あぁバレット。どうか、どうか無事に帰ってきてね」

「うん」

 心配そうに目じりに涙をためる母さんと抱擁を交わす。

「良いかバレット。絶対母さんとの約束守れよ」

「寂しくなるよ」

「あぁ。兄貴たちも、元気でな」

 少し切なそうな表情を浮かべる兄貴たちとも握手と抱擁を交わす。そして最後は……。

「親父」

「バレット。……生きて帰ってこい。それ以外、俺から何も言う事は無い」

「うん」

真っすぐ俺を見つめる親父からの言葉を聞き、兄貴たちと同じように握手と抱擁を交わす。これで、皆との挨拶は済ませた。いよいよだ。


「それじゃあ親父、母さん。兄貴たちも。『行ってきます』」

「「「「いってらっしゃい」」」」

 最後は家族4人の言葉を受け、見送られながら家を出た。 これが、俺の旅の始まりとなった。


      第2話 END

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