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 ふざけるな。いつも、そう思いながら壁に向き合う。

 この壁は、壊せない。仕組みの解明も、どういう壁なのかも。わからない。というより、組成と壁の構造は理解できる。それが、ここにあって、彼女と自分を隔てているというのが。理解できなかった。


『だめだったか』


 その通信で、目が醒めた。


「何回目のアテンプトだ?」


『8762回目だな』


「8年か」


 1日、最大3回。眠って、その空間に。彼女を救いに行く。そして、壁を壊せずに起きる。それが、8760回。


 彼女と初めて会ったのは、12年前か。

 お互いに、ひとりだった。自分は彼女のことを知っていて、彼女は自分のことを知らない。そういう出会いだった。

 彼女はその感情の大きさで、人ではないものから狙われていた。血縁はすべて喪失し、彼女はひとりで生きている。そういう能力が彼女にはあった。切ない能力だった。ひとりで生きて。他の何物も寄せつけない。


 自分にも同じ能力があって。たまたまこの街に流れ着いて、先に、人を守る任を受けていた。組織は自分を子供扱いせず、死地に赴かせた。それが心地よかったし、自分も同僚のように戦って、化物と殺し合って、いつか感情を食われるのだと思っていて。

 その任務として、彼女の防御を請け負った。


 砂場で、毎日遊ぶ。

 夕方になると、彼女は公園のベンチで眠る。雨の日は、屋根のあるジャングルジムで。その彼女の感情を食いに来る人ではないものを。殺す。とにかく殺し続ける。


 彼女は、いつも。初めて会ったときからずっと。自分のことを、好きだと言っていた。おそらく、自分が感じているものと同質のものを、彼女も感じていたのだと思う。

 相手にさわったり、見つめたりして。相手の感覚を理解する。相手の感情を共有する。恋愛と呼ばれる、心の動き。お互いに特殊な身体なので、わざわざデートしたり喧嘩したりする必要もなかった。相手に出会う。手を繋ぐ。相手の頬にふれる。それぐらいで、じゅうぶんに。分かる。


 そして。

 会ってから。4年目。

 彼女は、目覚めなくなった。


 組織で彼女を解析して。

 駅前の大きなホスピスで、横たえて。

 そこからは、夢の中の彼女にダイブする任務だった。


 自分の存在が、彼女を。変容させてしまった。

 自分が彼女を守ることで、起きている間の彼女の感情を食えないと理解した化物が、彼女の夢を食おうとした。

 それを予め予期した彼女が、自分の心に鍵をかけて。眠りから覚めないようにした。そして、化物がいなくなった今も。それは続いている。


 眠る。

 そうすると、彼女が、目の前にいる。

 そして、彼女と自分の前には、薄い、ノートに挟む下敷きのようなものがあって。遮られている。その向こう側の彼女には、ふれることができない。


 こちらの声は届かないけど。

 あちらの声は、聴こえる。

 だから、いつも。彼女の雑談を、聞いている。


 夢の中の彼女は。

 学校に通っていた。

 学校ではほんのすこしだけ特別扱いされて、先生もクラスメイトもやさしくて。授業中はいつも太陽の光を浴びて昼寝をしている。ときどき先生が問題を彼女に当てて、クラスメイトは彼女が問題を正当するかどうかを当てる。そして、彼女が起きるのを待つ。正答しても間違えても、クラスはほんのすこしだけ爽やかに湧く。そして彼女は、また眠りにつく。


 そういう、雑談だった。


 彼女だけの世界ではない。解析の結果は、ここではないどこかを差していた。つまり、ここではないどこか別の場所に彼女はいる。その学校も、先生もクラスメイトも。本当に存在している。


 そして、その世界に彼女は生きていける。


 それでも。彼女は、眠りのなかに。自分を求めていた。


 常に、夢の最後は。


 自分に対する、好きだという言葉だった。


『起きたか?』


「二度寝してた」


 8763回目。

 彼女は、まだ。そこにいる。

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