第17話

襲撃の危険は去り、快晴。騎士団はいったん撤収し、冒険者たちも束の間に体を休める。


結局、安宿は文字通り潰れてしまい女将の行方も知れないというので、ユリウスはヴェインたちが定宿にしている宿の物置で仮眠させてもらった。カインは自分の定宿の様子が気になると言い、いったん別れた。


すっかり昼になってのそのそ起き出してみると、とっくに起きたヴェインが読み終わった新聞を投げてよこした。


「コヤの街の損害は軽微、だとよ」

「ええっ?」


ユリウスは寝ぼけまなこで文面を確かめるが、確かにそう書いてある。


「全体からみりゃそうなんだろうさ、お偉方が決めたことだからな」

「そんな……」


ユリウスの体感としては、ふざけた話である。


横合いから手が伸びてきて、知らない剣士の男がユリウスの手から新聞を取り上げる。


「っは。高級住宅街までは魔物がいかなかったもんなあ」


と、いきり立つ様子に、少しだけ胸がすく思いだった。


宿の中は行き場のない冒険者たちが思い思いに出入りしていた。あらゆる種族の老若男女がいたが、どことなくピリピリした雰囲気が漂っている。


「しょうがないよ、見舞い金が出るとよ。出るだけましさ」

「どうせ雀の涙だろう」


なんて、そっちの話をする者もいた。


「また魔物が人里を襲いに来る時代になるのかしら」

「そうなったらここでは生きていけないよ……ダンジョンに近すぎるもの。子供連れて逃げなきゃあ」

「そんな、いきなり二百年以上前に時代が逆戻りなんて、思いたくない」

と、難しい顔で考えこむ机もある。


魔物の死体の片づけ、および破壊された街の修復のため、今日から騎士団所属の兵士たちがやってくるらしい。目下のところ一般市民の感想としては、宿の主がぼやいたように、


「その兵隊さんは弁当を持ってくるのかね。それともうちで炊き出しをせにゃならんのか」

というところである。


「お触れ書きだよーお!」

と間延びした声でもって、天使族の少年がばさりと表通りに舞い降りた。


「お触れ書きだよー! じゃ、ここ置いておくからねーえ! ちゃんと見てねーえ!」


くるくる巻いた金髪の頭を誇らしげに見せびらかしながら、少年は領主印の押された羊皮紙を通りの掲示板に貼りつける。再び、翼をはためかせて飛び立っていくまで十秒とかからない。


見に行った者が大声で触れ回ることにはこうだった。冒険者たちは一時的に騎士団の配下につき、その指示の元作業を分担せよ、と。


ヴェインは大仰に舌打ちした。


「馬鹿にしくさりやがって。そうはいくかよ」


「だ、だめなんですか? みんなで協力するのはいいことじゃ……」


「あーのーなあっ、ユリウス。よく聞けよ。お役人ってのは狡猾なんだよ。いっぺんでも配下に入ってみろ、名前が登録されてみろ。次からは下っ端扱いだぜ」


そうだそうだ、と周りがヴェインに呼応する。


「坊主、やつらを甘く見ちゃいけねえ。俺たちは自由な冒険者だ、そうだろ?」


「そうだとも。本当なら冒険者ギルドだって必要ねえんだ、俺たちには」


「でもねえ、素材を売るなら仲買してくれるとこがないと。商人と直接交渉するんじゃ、買い叩かれる」


「昨日の晩は商人にも世話になったがなあ……」


わいわいと議論が活性化するが、ユリウスはその半分も理解できないのだった。


冒険者ギルドは冒険者たちの名前と職業を登録し、その日の実入りや怪我の有無などを管理する。名簿に登録のない者がダンジョンに潜ろうとするのは自由だが、その結果何があっても捜索や保証などはされない。


一方、登録さえされていれば実質的にその保護下に置かれる。万一行方不明になっても家族が願い出れば捜索してもらえるし、怪我をすれば薬と医者を斡旋してもらえる。登録料、会員費は正直見習いの身には痛いが、加入しているにこしたことはないからユリウスも立派に名簿に名前を載せている。


元々は魔法使いたちの相互協定である魔法審議会から分離した下位組織だった。ダンジョンが出現したとき、誰もが様子見のうちに魔法使いたちが名乗りを上げ、さっさとギルドを立ち上げてしまった。


一説では、王の膝元にいる予言者を名乗る魔法使いが音頭を取ったのだとか、いやいや王妃が王を惑わしたのだとかされている。


ダンジョンは実質的に冒険者ギルドの管理下にあり、それは国とも一線を画した権力だった。ギルド長を見たことがある者は誰もおらず、資金繰りや目的も不明。


マーネセンの領主にとってはいい迷惑だったろう。ダンジョンからザクザク取れる財宝や、魔物の毛皮や内臓でつくる薬で大儲けするつもりだったのだから。中間に入り込んできた冒険者ギルドは煙たいが、かといって冒険者一人ひとりの運命にまで一領主が責任を持っていられない、という本音もある。冒険者の多くは流れ者で、市民であってもしょせんは平民。いくら死のうが、それは貴族には関係ないことである。


……などといった事情は、まだ少年の身には遠い。ヴェインが眉に皺を寄せて考えこむ姿をただチラチラ見つめるばかり。


何もできない自分の無力をユリウスは恥じた。昨夜の奇妙な高揚、まるで世界が戦場に変わってしまった中で英雄のように駆け回っていた錯覚が、睡眠によってほどけたこともあった。何を興奮していたんだろう、俺は……人が大勢死んだのに。


姿を見ていないルセやテレゼのことを案じるも、ヴェインにはあいつらも大人だからで濁される。やるべきことはないかと宿の主に聞いても、素人が口出すな迷惑だと手で追い払われ、少年は内心途方に暮れた。空回りにしょんぼりすると、コヤの街のことを思い出してしまう。帰りたくないと言えば嘘になる、けれどあの街が嫌なのも事実なのだった。


そんな思いがいかに甘えていたことか、ユリウスはすぐに知る。


走り込んできた男はまだ若く、彼と同じように田舎から出てきた若者だった。


「――魔物、【大森林】の周りの街も襲ってたって!!」


と、汗をかきながら若者は宿の中に向かって叫んだ、おそらくは特定の友人かなにかに向けて言ったのだろうが、老若男女の動きを止めるだけの効果があった。


「ニムヘの村もドトルの栽培所も、キュエゼもミィヅも全部ダメだぁ……っ! 避難してきた人たちが押し寄せてる! 怪我人ばっかりだ」


立ち上がったドワーフに目を合わせ、若者は引き攣れた声で叫ぶ。


「家族や知り合いがいるんだったらすぐ円形公園に集まれ! あそこに荷馬車や歩きでみんな、続々と集まってるんだ、怪我人で診療所はいっぱいだあ!」


ユリウスは弾かれたように若者に詰め寄った、同じような少年少女たちと一緒に。


「コヤは!? コヤも襲われたのか!?」


「コヤもきっとだめだ! 【大森林】の周りの、森の恵みを受ける街は全部だめだった!!」


彼は半分空気のかたまりの悲鳴を上げた。信じられなかった、この目で見るまでは。

一気に混乱する宿の中、まっすぐヴェインに駆け寄った。


「ヴェインさん、俺、行きます!」

「おう、街の修復は俺らに任せろ。姉さん、無事だといいな」

「はい!」


そうして身を翻し、外に飛び出した。

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