第14話


一人のリザードマンが、数人の人間の男たちに追い詰められていた。大きくはない橋の真ん中に。まるでリンチだ――いや、これはリンチだ。


「違う、違う、違う!」


と彼は大きな口を開け、ずらっと並ぶ白い鋭い歯がユリウスからも見えた。それがいくつか折れているのも。


「違うってぇ!? 何が違うんだ!」

「ダンジョンの魔物と、人の世で暮らす魔物は違うとでも言うつもりか!? しらばっくれるな!」


身かけはごく平凡な男たちが、パン種を伸ばす綿棒や肉切り包丁を手にして迫るさまは尋常ではない。


「俺は魔物じゃない!! リザードマンだ! 魔物じゃない!」

とリザードマンは繰り返した。


「やめろ!!」


とヴェインが割って入らなければ、彼は殴られ、切り刻まれていただろう。


「なんで止める⁉ お前も魔物の仲間か!」


男の拳をヴェインは受け止めた。ユリウスはこんなにかっこいいヴェインを見たことがない。ダンジョンで戦うときだって、技量は素晴らしいが吞み助なんだよなあ、くらいに思っていたのに。


「落ち着け、やめろ。武器をおろせ! そんなモン物騒に構えちまって、奥さんにあとで怒られないのかい?」


「ふっざけんな!! 手ェ放せ!!」

と、男とヴェインはもみ合う。


「ヴェインさん!」

とユリウスは叫んだ。加勢しようと足を踏み出しかけたが、


「待ちな。子供が出張っていいことなんか何もないわよ」


テレゼがざっと足を出し、手を伸ばしてユリウスの行く手を阻む。背中ごしに化粧の落ちた目と目があい、思わずかっとなった少年の顔色を見て、魔法使いの女はふんっと鼻で笑った。


「いいから見てなさい。ヴェインは揉め事の仲裁が上手いんだ」


つんのめった姿勢のままのユリウスの腕を、カインがけっこうな力で掴んだ。同年代にゆるく首を振られ、彼はしぶしぶ姿勢を正す。手は腰に下げた安物の剣にかかったままで、今はヴェインたちに注目しているテレゼも何も言わない。


「つまりよう、お前さんたちは何に怒ってるってんだ? え? この人が何かやらかしたのかい」


「お、俺はなんもしてねェよ!」


とリザードマンは、ヴェインの背中に庇われながら必死に言い募る。緑色の鱗の生えた尻尾がぶおんぶおん揺れ、土を巻き上げる。


「ただ、魔物が去ったようだから隠れ家から出てきただけだ、そしたらこいつらが追っかけてきやがったんだ!」


男たちはいきり立った。


「なんで魔物が去ったってわかったんだ!? あァ!? なあ、なんで隠れてたのにそれがわかったんだよ!」


「仲間の魔物と連絡を取り合ってたんだろう! お前たちは俺たちには聞こえない声で呼び合うからな」


「前々からおかしいと思ってたんだ、貴様らが俺らの街に入ってきたときから――」


ヴェインはリザードマンを背中に、梃子でも動かぬ構えである。テレゼは手にした杖をいつでも前に出せるよう、構えている。少年ふたり、それからちらほらと集まってきた野次馬、それぞれの家の二階や三階、あるいは屋根裏から顔を出す人々は緊迫した面持ちで事の成り行きを見守っていた。


「お前らが魔物を呼び寄せたんだろう!! そうに決まってる!!」


と、大上段に男の一人が宣言したときだった。ヴェインは唐突に大声で笑いだした。なんとも闊達な声に当事者たちは度肝を抜かれ、テレゼもくすっと小さく吹き出す。


「っはっははははぁ!! ああ、おかしっくて聞いてらんねえや。いいかい旦那さん方よ、耳の穴かっぽじってよく聞きな。魔物の目はな、黄色いんだ。金色と言われるがありゃあそんな色じゃない、からっぽの、濁り切った沼地の淵に溜まってるヨゴレみたいな色だぜ――見な!! こいつの目が黄色く光って見えるのかい?」


思わず全員が、そのリザードマンの目を見た。彼の目は鱗と同じ、緑色をしていた。夏の晴れた日の森のように深い、それはすっきりした色だった。


「そ、れは――」

と男たちは言いよどんだが、さっきの威勢の良かった一人が癇癪を起したように喚くのだった。


「姿形は同じじゃねえか!! こいつが手引きしたんじゃないと、何故言える!」

「したもしてないも、」


ヴェインは背後を振り返る。

「アンタ、魔物に知り合いがいるのかい?」

「いない、いない!!」


リザードマンはぶんぶん首を振るのだった。

「ダンジョンに入ったことだってない!! 俺はただの商人だあ!」


「だとさ」

ヴェインは大股開きで立ちはだかり、宣言した。


「こいつは敵じゃねえよ!! 戦うべき相手を間違えるな! 認めないってんなら、このヴェインさんが相手になってやるよ。だがな、いっぺんでも斬りあったら俺はアンタを敵とみなすからな。ええ? いくら住まわせてもらっている街の人間だからって手加減はしねえぜ。剣士と対等に渡り合えるってんならかかってきな」


一発触発の雰囲気が生まれ、やがて霧散した。男たちの方に怒りを継続させるだけの元気がなくなったのだった。


数人がぽん、と一番いきり立っていた男の肩に手を置き、彼らはしぶしぶと言った様子で解散していった。


「……すげぇ」


とカインが漏らし、ユリウスもこくこく頷いて同意する。


テレゼがひらりと片手をあげると、トンッと軽い足音とともに上から何かが降ってきた。盗賊のルセだった。背の高い建物の梁にでも隠れていたのだろう、いつからそうしていたのだろう。


「やりましたね、ヴェインさん」


とユリウスが喜びを隠さず話しかけると、おうと返してもらえたものの渋い顔である。ヴェインたちだけではなく、周りの大人たち、顔に皺の浮いた年代から上の者たちはみんなそうだった。ユリウスにはわけがわからない。


ヴェインは無精髭の生えた、だが真剣な顔でユリウスの前に立った。


「……ユリウス、カインも。宿があったな。そこは無傷か?」


「えっ? いいえ、まだわかりません。でも魔物が入ってきてたら吹っ飛んでると思います。ボロボロだったんで」


「俺んとこも似たようなものです」


と口々に応えるふたりに、彼らは顔を見合わせる。


「じゃあ、着いてこい。俺たちの手伝いをしてもらう」


それでそういうことになった。何故、そうなったのかはそのときはわからなかったし、疑問にも持たなかった。なんだ、いつもと同じことかと納得した。


あんまりにも若すぎたので。

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