第13話
一晩中、戦闘は続いた。
夜の街に繰り出していた不運な人々は、悲しい結果を受け入れなければならなかった。冒険者たちもなんとか助けようとしたのだ。古い家の上にさらに家を重ねて建てるようなマーネセンの発展が、このときばかりは悪い方に転がった。小型の魔物どもは影に潜み、無防備な人間や無力な亜人を狙った。そこへ大型の魔物が駆け寄り、小型の魔物ともども犠牲者を喰らった。
家に立てこもる一家にゴブリンの群れが迫り、通気口から煙突から押し入ろうとする。巨大なオークは愚鈍なりに腕力にまかせ、雨戸をこじ開けようとする。
魔法使い、弓使いは屋根に上り、珍しい銃使いまで加わって道をいく魔物をそれぞれの方法で討つが、それだけでとどめを刺すには至らない。
大暴れするサイクロプス、群れをなすワーウルフ。
亜人たちが間違って討たれかけたのも一度や二度ではなく、そのたび彼らはこぞって叫ぶのだった、
「ちゃんと目を見ろ! 月の光に照らして見てみろ! 金は悪の色だが俺の目は金ではないぞ!!」
危うい同士討ちだけではなく、兵士もまた危険だった。騎士団直属ではない、流れ者の傭兵やマーネセンに愛着のない者は、剣を持つ者の風上にもおけない行為を平気で働こうとする。それを発見した冒険者は大声で仲間を呼び、そいつを捕まえようとする、逃げる、魔物が迫る。
いちいち寄り集まっては別れていてはきりがないので、いつの間にか冒険者のうち名だたる者が仮設の指揮系統をこしらえ、ユリウスたち下っ端はその指示に従って動いた。
「ちくしょーっ」
と叫んだのがカインだったか自分だったかさえ、ユリウスはまともに覚えていない。そのくらい我を忘れて駆けずり回った。
「城に避難させるなり、せめて少しくらい庶民のことも考えろよな、領主は!!」
結局のところ、まだ剣を持ち始めて日が浅すぎる少年たちにできることは少なかった。
安全が確保された井戸から水を汲み、ボヤを消したり治療師のところに届けたり。武器商人がしぶしぶ売り物を放出してくれ、それを獲物をなくした冒険者に配り歩いたり。大砲が直撃したドラゴンが落ちてきたので、ベテランがトドメを刺す間その背後を警戒したり。
十分よくやったわ、と姉なら言うのかもしれない。それでもユリウスは己の手の小ささが恨めしい。
普段のいざこざを忘れて一時的とはいえ手を組んだ、上位の冒険者たちの勇ましかったこと。見習いたちとは対照的だった。あの動き。あの掛け声。あの背中。
一方城壁の方はといえば、そちらも壮絶な戦闘があったようだった。夜明け前まで大砲は火を噴き続け、城壁は妨害にあいつつもゆるゆると再建された。急ごしらえの城壁に阻まれた魔物を騎士がメッタ討ちに殺し尽くし、そうしてようやく、彼らは町中に引き換えしてきた。
複雑の一言に尽きた……それでもやはり、組織というのは寄せ集めとは違うのだった。
騎士団所属の魔法使いが薬草を焚くと、地下水道に隠れ潜んだゴブリンがいぶり出されてくる。それを従士たち、兵士たちが鎖と布で縛り上げ、あっという間に殺してしまう。
魔物殺しなどコツさえ掴めばどうということもない、などと、吹聴する兵士をこれからは揶揄えない。
――夜明けが来た。
魔物たちの動きが一気に鈍くなった。ダンジョンの魔物は日の光を極端に嫌うのだ。戦闘中だというのに目を覆い、倒れ込む個体までいる始末である。理性も知性もへったくれもない、奴らはしょせん、ケダモノに堕ちた神の祝福を受けない存在だ。
「領主が国王に救援を要請していたらしいぞ」
「はあ!? そんなもん見てねえぞ」
「そりゃ、見捨てられたんだろう。マーネセンは新興の街だから……」
「前々からたっぷり税を納めてる港町なんかとは違うさ」
と、毒づく噂話に生気はない。みんな疲れ果てていた。
それでも、若さゆえだろうか、ユリウスとカインをはじめ若い世代はかえって元気づくようである。怪我をした者は自慢げにそれを見せびらかすし、少しでも魔物に直接対峙し、手傷を負わせた者などちょっとした英雄扱いである。
ダンジョンという白い魔の塔に魅せられたはしくれとして、あるいはその反応は正常だったのかもしれない。
友達が死んだ者もいたし、兄弟が行方不明の者もいた。喪失を直接経験した者たちは建物の影に隠れてうずくまる。ごく親しい者だけが彼らに気づいて、どうしたの、そういえばいつも一緒のあの子は? そこから話がさざ波のように広がり、けれど全体を覆うまでは至らない。
やがて奇妙な熱狂が、ひたひたと街じゅうに充満していくことに誰も気づかなかった。
そのときユリウスとカインは円形公園に出て、魔物の死体の片づけを手伝っていた。近隣からかき集めた荷馬車にとりあえず積めるだけ積んで、【大森林】に捨てに行くのだそうだ。
「おい、ガキども。一眠りした方がいいぞ。根を詰め過ぎても続かん」
と、親切に忠告してくれたおっさん魔法使いがいたのだが、
「いや、ぜんぜん眠くないんですよねえ」
とカインはきらきらした目で返す。おっさんは肩をすくめて遠ざかっていった。手にした杖に埋め込まれた宝玉が、一晩中魔法を打ち続けた弊害か黒ずんでいた。
「ああー、すごかったなあ。名のある冒険者は。本当にすげえや。なあ!」
まるきり恋話に夢中の少女のようだった。
ユリウスもぜんぜん眠くないのだが、頭は冴えて身体は疲れ切っているときに寡黙になるたちだった。喉がうまいこと開かないのである。よって静かに、カインのぺらぺら回る口を眺める。
「見たか? あの人たちの戦い方。普段滅多に拝めるもんじゃねえ」
「あんまり見えなかったな。屋根に上ったわけじゃないし。雷が落ちてたのは見たが」
「それは雷撃のイーサンだな。雷魔法の天才なんだ。元は都の魔法学園の教師だったらしいぜ」
「へえー」
豚の顔をしたオークの死体の足をひっぱると、ゆらゆらしていた頭がぼろっと落ちた。うへえ。恐怖ないものの、いい気持ちがするものではない。顔を歪めるユリウスの隣で、カインはいっそ死体が目に入っていないようである。オークと同じような有様の、鱗の生えた猫としかいいようない死体を引きずりつつ、歌うように、
「雷撃のイーサン・ダークモア、神秘の女マリア・ミスティカ、天使未満シャドウフォックス、深紅のスターロレッタ、変態博士ヴィクトル・トルマリン」
「なんか最後の人だけ他と違うな」
「ああ……死体を弄んだ研究をして、【小さな大陸】から逃げてきたって話だ。軍事帝国の陸軍顧問官だったって」
「カインおまえ、やけに詳しいな」
「予習は怠らない人なの、俺」
カインはにやっと笑い、ユリウスもようやく喉がひきつらず声を出せるようになった矢先だった。
悲鳴が響いた。痛みを訴える声だがこれまでとは違う、魔物に襲われる人間の声ではないと直感で分かった。
どうしたのだろう、と少年たちが立ちすくむ横を、疲れ切って座り込んでいた大人たちが数人、立ち上がりばらばらと悲鳴がした方向に向かった。後ろ姿を見れば、ヴェインとテレゼの二人組である。
(生きてたんだ)
と、まずはほっとした。カインと顔を見合わせ、ユリウスもそのあとに続いた。
騒ぎが起こっていたのは、街中に流れる小川にかかる橋のたもとだった。古いボロ橋で、石組みの隙間から枯れた蔓が伸びている。
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