第6話
おおい、とヴェインは手を振りながら俊敏にパーティーに合流した。
「退路は行きと同じ道で大丈夫そうだ。テレゼ、魔力補充できたか?」
と、テレゼに聞く。頷いた魔法使いは数種類の薬草で煎じられた魔力回復薬を飲み下し、
「まずーっ。あーあっ、もうやってらんない。残りの魔力、使わずに撤退できたらいいけど」
「待ち伏せやらつけられてることはなかったから、うまくいけばそうなるさ」
ルセは無言でユリウスたちの背後に回る。いつだってしんがりを買って出てくれるのが、このぶっきらぼうな男のいいところだった。
その視線に急かされたわけではないが、ようやく毛皮がとれた。大きな豹の斑点模様も美しい一枚毛皮だ。高く売れるに違いない。
魔物は豹のみならず、鹿だったり狼だったり、はたまた神話にしか名前を聞かないような怪物だったりの姿で冒険者の前に現れる。魔物と普通の動物を見分ける方法は、その金色の目だった。世界広しといえど、金色の目を持つのは神か魔物だけだ。
「荷物持ち、準備できたかあ?」
とヴェインが声をかける。ユリウスは毛皮を丸めて荒縄で縛り、担ぎ上げた。カインはそのぶんのユリウスの荷物を分け持ち、ついでに剥ぎ取った豹の犬歯と爪を布でくるんで背負う。
内蔵が見えるよう開いた豹の死体からは、すでに死臭が漂い始めていた。パーティーがヴェインの号令に従って一列になり、歩き始めると、すばしっこい栗鼠の形の魔物、動く苔、それからダンジョンに巣くう特殊な虫などが早くも群がりはじめている。
倒した魔物の血肉を残していくのは、それに毒があり食べられないという理由以上に、こうして他の魔物を引き付けてもらい、帰路を安全にするという意味もあるのだった。
どうにか地上に降りたときには、全員がはあっと安堵のため息をついた。
これから冒険者ギルドに行って、素材を買い取ってもらう。それからおのおのの成績を記録してもらい、ようやく解散である。
ダンジョンの入り口は巨大な神殿の拝殿そのものである。今、彼らがいるのは踊り場の部分だが、大がかりな演劇のひとつでも演じられそうなほど大きい。そこからゆるいカーブの白亜の階段が低く広い段を二十ほど続けて、ようやく地面にたどり着くのだった。
一行が階段を下りるうち、すれ違うのはこれから登るらしい重装備のエルフのパーティー、軽く植物性の素材回収だけして戻る予定に見えるノームだけのパーティー、なんと物見遊山気分の家族連れまでいる。幼児が二人、母親の腕と腰にまといついていた。
「おいおい、危ねェぞ」
とヴェインが通りすがりに声をかけると、家族のうち若い父親がへらっと笑った。
「だぁーいじょうぶ、子供に一層目を見せたらすぐ帰るってェ」
ユリウスもさすがに呆れるところである。命がかかっているというのを自覚しているのだろうか。確かに一層目、二層目あたりは規模も狭く、どういう理屈か光が差し込んで明るいし、魔物も滅多に出ないが。
首をすくめるテレゼの横を、弓矢を背負った人間の青年がたったか一人で駆け下りていった。
「だから入場料は取った方がいいのよね」
「フン。ああいう手合いは注意書きがあっても読まんし、金を取ろうが押し寄せてくるさ」
と、ルセの無表情は諦めゆえだろう。
まだ若いユリウスとカインとしては、顔を見合わせるしかないのだった。
さて、ギルドの素材引き取り受付は簡易的なテント張りで、今も強風にはためいていた。【大森林】から吹いてくる謎の風だ。ここは【大森林】のド真ん中、一番近いマーネセンまでも半刻は歩かなければならない。抜け目のない商人は不定期に荷馬車を出し、疲れ果てた冒険者から小金を巻き上げる。と、ふわりと降りてきた調教ドラゴンから金持ちエルフがひらりと降り立ち、森の一部を切り開いた馬用の預り所に引いていった。ゴブリンの一種らしい使用人にがとことこその後を追い、大事なドラゴンの番を仰せつかる。
ヴェインが受付とやり取りしている間、ユリウスは今回の報酬に思いをはせた。どうせなら来週の宿代まで支払えるくらい、稼げるといいのだが。
かたわらを通った金持ちエルフの金の鎧、金の髪、それから深い緑色の瞳をだらしなく見つめていると、
「こらっユリウス! 毛皮出せつってんだろうが」
「ハイ! すみません」
ルセにどやしつけられ、慌てて背中にしょった戦利品を台に広げた。
ギルド所属の魔法使いは年老いていた。こんな風の強い場所で、穴の開いたテントに硬い椅子で、身体を悪くしないだろうかと気を遣うほど。
「ふむゥ」
と目の前で鑑定されると、背筋がこそばゆい気持ちがするものだった。
「よろしいでしょう」
やがて魔法使いは結晶のついた短い杖を下し、眼鏡をずり上げて金額を告げた。と、それにヴェインが異議を唱え、テレゼが参戦し、宥め役のルセがつっかかり……と、大人たちの交渉はしばらくかかりそうである。
ユリウスはそろそろ輪の中から後ずさり、カインに合流した。彼らは肩を叩きあって健闘を称える。というのも、喧々諤々の議論の的はそれなりの値段で売れそうだったからだ。
周りではためくテントは十五ほど、そのうち十は冒険者パーティーで埋まっていた。あっちこっちで同じような光景が繰り広げられ、夜になれば夜行性種族に取って代わられる。まさにダンジョンは今、爛熟期に差し掛かろうとしていた。
「あ、騎士団だ」
と、そこでユリウスは白銀の鎧の集団に反応する。マーネセンの領主の私兵団だった。
「何? 騎士団に憧れてる?」
「ああ、かっこいいだろ?」
「まーあねー」
カインはちらっとおどけた表情を浮かべたが、口に出すまではしなかった。別にいいさ、ユリウスだって子供っぽい夢だということは自覚している。
「騎士様がこんなところに何の用だろう」
とユリウスが首を傾げると、カインはへへっと頭の後ろで手を組んだ。
「そりゃあアンタ、ご領主様ご下命のダンジョン内部調査だろ」
「という名の素材漁りかあ」
「ちげぇねえ。――しぃーっ」
少年ふたり、声を合わせてけらけら笑いあう。強い風によって声は千切れ、騎士の耳には入らない。
立派な一群だった。鹿毛や栗毛の馬の体躯の見事なこと。鎧も剣も陽光を反射してきらめき、凛々しい顔つきの若い騎士は女たちの歓声を浴びる。
しかしながら彼らの目的は、領主のためちまちまと魔物を駆って、素材を持ち帰り換金することなのだった。マーネセンはダンジョンによって栄えたが、それにしても急速に発展しすぎた。貨幣収入はあってもあっても困らない。
「知ってるか? 領主様は独自のツテを持ってらして、誰も知らない商人に素材を売っぱらうらしい」
とユリウスが声を低めれば、へええとカインも乗ってくる。
「ギルド、騎士団、国が別々に調査するんだもんなあ。そのたびにちょくちょく封鎖日があるんだから。冒険者はたまんないよ」
「やっぱり頭数を揃えられるところは有利だよな」
「俺たちも貴族だったらなあ。騎士になれたのに」
「魔力があれば魔法使いギルドだって」
というのは、冒険者ギルドは魔法使いたちが中心となって発足されたものだからである。
「じゃあアンタ、役人になれば?」
ユリウスたちは目くばせしあうと、揃って吹き出した。
「ぜーったいイヤだね!」
「俺もー!」
若い声がふたつ揃うと男でも姦しい。大げさに片耳を塞ぎながらヴェインがのそのそ近づいてくるのに、少年たちは気づかなかった。
「おう、報酬いらねえのか?」
「あっ、お疲れ様です! いります、いります」
「くださーいっ。あははっ。ありがとうございます!」
やれやれ。苦笑しながらヴェインはそれぞれの分け前を、まだ剣ダコの小さな手に乗せてやった。少年たちがそれらをしまい込むのを眺め、
「知り合いの商人がよ、マーネセンに戻るなら荷馬車の後ろに乗っけてくれるとよ。来るか?」
「ぜひお願いします」
「俺も乗りたいです」
それでそういうことになった。
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