第28話 あなたの愛、私の愛

『『----デハ"シャルマン"・サ・マ、ゴシ・ジ・ヲバ』』


 アトラク・ナクアは、そう主人に声をかける。

 【傾城傾国ファム・ファタル】によって、『悪役令嬢』的な思想へと転向コンバートされたヴェルベーヌ・シャルマンは、アトラク・ナクアに自信満々に指示を放つ。


「『悪役令嬢』ヴェルベーヌ・シャルマンが命じます。

 ----この学園に、恐怖と絶望をもたらしなさい」

『『ヨロコ・ン・デ!』』


 アトラク・ナクアはそう言って、窓を開け、背中からはねを生やす。

 シャルマン様の所に急いで駆けつける際は速さ重視の蜻蛉とんぼの翅にて馳せ参じたアトラク・ナクア、しかし今現在アトラク・ナクアの背中から生えようとしているのはそんな蜻蛉とんぼの翅とはまた別の形をした翅であった。


 それは、"蝶の翅"であった。


 蜻蛉とんぼよりも速度は明らかに遅く、しかし華やかさで言ったら明らかにこちらが軍配があがるだろう蝶の翅。


 この蝶の翅にした理由は、アトラク・ナクアの本能によるモノであった。


 蜻蛉とんぼの翅にして、一気に蜘蛛糸をばら撒いて殲滅よりも。

 蝶の翅で優雅に現れて、じわじわ蜘蛛糸をばら撒いて殲滅した方が。



 より、絶望感を与えられるという。



 そして、アトラク・ナクアはシャルマン様の指示を受け、学園に絶望をもたらすため、飛んでいくのであった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 華麗なる蝶の翅で、ゆらーりゆらーりと優雅に。


 アトラク・ナクアは王立エクラ女学院、そのちょうど中央のあたりの上空に陣取る。

 何故この位置に陣取ったからと言えば、この位置が一番目立つからだ。


 アトラク・ナクアがこの学院に絶望をもたらす様が、一番に。


『『サァソ・レ・デハ、"シャルマン"サマノ・シ・ジノモト、コノガクインニ・ゼ・ツボウヲ!

 ス・ベ・テハ、ワ・ガ・"アトラク・ナクア"ノ、チュ・ウ・ギノタメニ!』』


 アトラク・ナクアはそう言い、口から糸をスーッと伸ばす。

 人間の皮膚ニクも、建物も、空間も、一切の区別なく溶かす、アトラク・ナクア自慢の糸。


 それをまずはお試しにとばかりに、10メートルほどばかり伸ばしたアトラク・ナクアは、それを振るう先として近くの建物に目を向ける。


『『デハ"シャルマン"・サ・マ! ワ・ガ・アイ、トクトゴ・ラ・ンアレ!』』


 振り下ろされる、全てを溶解させるアトラク・ナクアの糸。


 

「----それがあなたの愛ですか?」



 すーっと、アトラク・ナクアの糸が、バラバラに引きちぎられていく。


『『----ッ?!』』


 アトラク・ナクアは驚いていた。

 糸が千切れた事ではない、所詮は糸だから千切れる事もある事はアトラク・ナクアも理解していた。


 驚いていた理由は、アトラク・ナクアの糸を断ち切った方法が、自分が使っている糸と全く同じ糸・・・・・にて、千切られたからだ。

 つまり、自分しか使えないはずの特製の蜘蛛糸を、その女は使っていたのである。

 

「全てを溶解する事が出来る糸をなんとか出来るのは、同じく全てを溶解することが出来る糸である。

 ヒノモトから来た勇者の一人は、『全てを防ぐ盾と全てを貫く矛の両方を持てば無双できる』なんて人もいましたが、そもそもそんな物騒なアイテムなんて必要ありません。ただ、相手と同じ武器があればそれで良い」


 「そうでしょう?」と、彼女はアトラク・ナクアの糸を空中に張って、宙に浮かびながら話しかけてきた。


「----蜘蛛の神アトラク・ナクアさん?」


 アイリス第三王女はそう、アトラク・ナクアに話しかけたのであった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



『『ナンダ・オ・マエハ?!』』

「ただ、あなたと同じ糸を持つ、第三王女のアイリスです」


 問答は無用とばかりに、アイリスはアトラク・ナクアに向かって、蜘蛛糸を放ってくる。

 アイリス王女が蜘蛛糸を放ち、アトラク・ナクアは先程の光景の逆----つまり今度は自分が糸を放って、糸を千切るという方法で対処する。


「あなたの愛、ヴェルベーヌ・シャルマンが黒と言えば、白いモノでも黒になる。つまりは相手の間違いをそのまま受け入れる、そういう従順な愛。

 それも1つの愛ではありますが、愛とは1つではない」


 蜘蛛糸の量を先程以上にまで増やし、アトラク・ナクアに言葉と共に放つアイリス王女。


「私には、血の繋がらない母と、その息子娘である兄弟姉妹が大勢います。しかし、私は彼ら彼女らから愛を感じたことがない。同じ城という家に住んでいても、彼らから感じるのは圧倒的な疎外感、つまりは他者としか思えない。

 私が愛を感じるのは、私と血の繋がってる母、そして国王たる父だけ」

『『ナンノ・ハナシダ?!』』

「単なる愛の話ですよ。健やかなる時も、病める時も、どんなときだろうと愛を誓うと宣言した1組の男女。私が愛を感じるのは、それだけ」


 だから、アイリス王女は姉妹制度よりも、家族制度を推した。

 愛を感じない姉妹ではなく、愛を感じる父母のような関係に、カリカ・パパヤ男爵令嬢と居たかった。

 だからこそ、完全なる私怨で、家族制度を作って、カリカ・パパヤ男爵令嬢を父親にしたかったのだ。


「そう、そんな関係性もまた、愛というだけの話ですよ」

『『アナ・タ・ト、ツキア・ウ・ヒマハナイ!』』


 良く分からない会話と、尋常じゃない量の蜘蛛糸。

 その2つにうんざりしたアトラク・ナクアは付き合ってられんとばかりに、一気に勝負を決めようとした。


 アトラク・ナクアの武器は、なにも全てを溶かす糸だけではない。

 それが昆虫類であれば自由に、身体の一部として再現できることだ。


 アトラク・ナクアは身体の一部として、鎌を再現させる。

 鎌で有名な虫、蟷螂かまきりの鎌を見事に再現させたのだ。



 問題は、その数。



 全部で合わせて、数億本・・・


『『クモイ・ト・デモキリサク、サイキョ・ウ・ノカマ! イトダケ・デ・フセゲルナラ、フセ・イ・デミロ!』』



「誰が、糸だけで勝負するって?」




 ----ざんっ!!


 アイリス王女の背後に、アトラク・ナクアが出した数億本の鎌。

 その数百倍はあろうかという、鎌の群れが、アイリス王女の指示を待っていた。


「あなたの愛は、シャルマン様の指示に従う愛。それも1つの愛でしょう」


 数百億にものぼる鎌を放ち、アトラク・ナクアが必死に捌く中、アイリス王女はそう語りかける。

 シャルマンの指示に従ってこの学院に絶望をもたらす、そんな愛の形しか持ち合わせてない巨大蜘蛛に。


「でもね、愛にも色々ある。それをあなたにも教えてあげましょう。

 もっとも、それを教えるのは、私ではありませんがね」

『『ダ・レ・ダ!!』』

「さぁ、それは待ってみてのお楽しみとのことで」



 ----今はこの戦いを楽しみましょう?



 アイリス王女はそう言うと、鎌の群れに、アトラク・ナクアを襲わせるように指示を出すのであった。




(※)アイリス・A・ロイヤル第三王女

 王国の第三王女たる、正真正銘のお姫様。腹違いの兄弟姉妹は数多くいるが、家族ではない他者としか思えず、それ故に父親と母親の2人しか愛を感じない。それ故に王立エクラ学院に伝わる姉妹制度ではなく、父親と母親という関係になりたいと思って家族制度を作った

 王族として望まれた結婚はできないと諦めており、それ故に学生であるうちは好き勝手に、好きな相手と一緒に楽しみたいと思っている


 所有魔法は、『アイテムボックスの中にあるモノを、無限に増やす魔法』。アイテムボックスの中に1つでも原物オリジナルがあれば、それを無限に増やすことが出来る、かなり強力な魔法

 原物オリジナルと、無限に増やした複製品コピーを全て消滅させれば、より高位の物体にすることが出来る。ただし成功確率は1%未満らしい

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